"消えた五輪候補" 第10話
取調には、健の荒い息だけが響いた。
「保険のことをいついたんだ。子がねば500万円が入る。それで俺もやり直せるとった」
刑事の表は変わらなかった。
「318、何をしましたか」
健は目を閉じた。
「あの、訓練センターにった。午2半頃、ロッカールームのくで子を待っていた」
彼の声は震えていた。
「子が来た、俺は話しかけた。のにお守りを渡していたから、子は俺を疑っていなかった」
健は唇を噛んだ。
「眠薬を入れたみ物を渡した。子は、疑わずにんだ。しばらくして、ふらつき始めた」
刑事が問い返した。
「それから」
「俺は、子を支えるふりをして、ロッカールームの奥へ連れていった。そこに換気があった」
健のが震えた。
「殴った。ろから、鉄パイプで……発で子は倒れた」
声が途切れた。
「それから、換気のに押し込んだ。荷物も全部」
刑事は静かに尋ねた。
「なぜ、そこまでしたのですか」
健は首を横に振った。
「分からない。今となっては分からない」
そして、泣き始めた。
「子を殺しても、何も変わらなかった。保険はまだりていない。父さんは毎、子を探していた。俺は何も言えなかった」
自は、すべて記録された。
証拠と自が揃い、健は起訴された。
昭606、裁判が始まった。
法廷には、父の正司も来ていた。
広告
正司は傍聴席に座り、被告席の息子をじっと見つめていた。健は顔をげることができなかった。
検察官が起訴状を読みげた。
「被告、健は、昭59318、妹である子を殺害し、遺体を遺棄した」
法廷に、い空気が流れた。
弁護士は状酌量を求めた。
「被告は庭環境ので常に劣等を抱いていました。父親のを妹に奪われたといういが、犯に至った原因です」
しかし裁判は厳しい表で言った。
「が何であれ、許される為ではありません」
証として、斎藤コーチも呼ばれた。
「子さんは、どんな選でしたか」
検察官の問いに、斎藤はしばらく目を伏せた。
「真面目で、努力でした。才能もありました。あとしで、をつかめるところだったんです」
その声は震えていた。
正司も証言台にった。
「娘さんを、どうっていましたか」
検察官が尋ねた。
正司は涙を流しながら答えた。
「子は、私の誇りでした。貧しくても頑張って、オリンピックを目指していました。私は子を、から応援していました」
「息子さんのことは」
正司は被告席の健を見た。
健は顔をげられなかった。
「健のことも、していました。でも、私は健の気持ちに気づいてやれなかった」
正司の声が途切れた。
「2とも、事な子どもだったんです。
広告
それなのに、私は……」
それ以、言葉は続かなかった。
昭608、判決がされた。
「被告、健を、殺罪及び体遺棄罪により、懲役15に処する」
裁判の声が法廷に響いた。
健はうなだれたままだった。
正司は傍聴席で顔を覆った。
「2とも失った……」
さく、そうつぶやいた。
娘はに、息子は刑務所へ。
正司には、もう何も残っていなかった。
裁判が終わった、正司は子の遺骨を抱いてに帰った。
アパートの角にさな仏壇を作り、毎をわせた。
「あき子、すまなかった。おを守ってやれなくて」
その謝罪は、毎続いた。
子の部は、事件とほとんど変わらないままだった。布団、教科、古いユニフォーム、練習に使っていた物。正司はそれらを片付けることができなかった。
父として、娘のを応援してきたつもりだった。
だがその方で、息子のに積もっていたに気づけなかった。
正司は何度も同じことを考えた。
もし、もっと健の話を聞いていたら。
もし、子だけでなく健にも目を向けていたら。
もし、あの、何かに気づいていたら。
答えはどこにもなかった。
ただ、過ぎっただけが残っていた。
平成7、正司は70歳でくなった。
因は全だった。
しかし、本当の原因はの痛みだったのかもしれない。
娘を失い、息子を失い、正司はきる力をしずつ失っていった。
葬儀には、の仲たちが集まった。
そのの1が、静かに言った。
「さんは、最まで娘さんのことを話していたよ。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
ただいまの裏にあった10年
1985年8月15日、新潟県長岡市で、23歳の佐藤健一はいつものように工場を出たまま姿を消した。 自転車も、持ち物も、行き先も分からない。両親の誠とかず子は必死に息子を捜し続けたが、手掛かりは何ひとつ見つからなかった。 それから2年後、痩せ細った1人の男が佐藤家の玄関に立つ。 「ただいま」 失われた息子が帰ってきた――そう信じた両親は、彼を再び家族として迎え入れる。記憶を失っていても、生きて戻ってくれたならそれでいい。そう思いながら、佐藤家は少しずつ穏やかな日々を取り戻していった。 しかし10年後、差出人不明の小包が届く。 中に入っていたのは、小さな遺骨と、父が本物の健一に贈ったはずの腕時計。そして一枚の紙には、こう書かれていた。 「本物の息子さんをお返しします」 8年間、家族として暮らしてきた男は誰だったのか。 そして本物の健一は、あの日どこで何を奪われたのか。 失踪、偽りの帰還、そして名前を越えて残った家族の形を描く物語。ミステリー|行方不明1.7万字5 208 -
完結第8話
サービスエリアで消えた三人
大型サービスエリアで、36歳の母親と9歳の息子、6歳の娘が突然姿を消した。残された夫・修一はテレビに出演し続け、「妻と子供たちを見かけた人は連絡してください」と14年間訴え続けた。世間は彼を、家族の帰りを信じて待つ父親として記憶していた。ところが事件から14年後、100キロ近く離れた古い貸倉庫の床下から黒い旅行鞄が発見される。中に入っていたのは、失踪した妻の財布と、息子が旅行当日に履いていた片方のスニーカー。そして、その倉庫の過去を調べると、夫がかつて関係を持っていた女性の名前が浮かび上がる。14年間誰も疑わなかった「3人はサービスエリアで消えた」という前提が、そこから静かに崩れ始める。ミステリー|真相|遺體発見|行方不明1.1万字5 165 -
完結第13話
変な家
住宅情報サイトの編集者・森川直人のもとに、ある中古住宅の間取り図が届いた。埼玉県にある築28年の4LDK。一見ごく普通の家だが、洗面室と書斎の間には、どこからも入れない幅1メートルほどの「空白」がある。さらに、家族の生活動線から切り離された第二玄関、外からしか入れない物置、道路から見えない窓。現地を訪れた森川は、誰かを閉じ込めるための家ではないかと疑う。だが調査を進めると、別々の県に建つ2軒の家にも、まったく同じ奇妙な構造が見つかった。なぜ3人の男は、同じ「空白」を家の中に作ったのか。そして物置の奥から現れた金属扉の先には、28年間隠されてきたものが残されていた。ミステリー|真相|遺體発見|行方不明1.9万字5 210 -
完結第11話
1億8400万円の夜逃げ
2016年、8000万円の借金を抱えていた28歳の高橋健人は、ロト1等・1億8400万円を受け取った直後、忽然と姿を消した。 部屋からはパスポートと衣類の一部がなくなり、本人名義でフィリピンへ出国した記録も残っていた。警察も家族も、彼は借金から逃れるため海外へ消えたのだと考えた。 しかし9年後、麻布の再開発工事中、かつて健人が暮らしていたアパートの地下から、コンクリートに埋められた旅行鞄が見つかる。 中にあったのは、ひとりの男性の骨と、黒縁眼鏡。 さらに、当時見過ごされていたノートパソコンから、不審な検索履歴が浮かび上がる。 本当にロト1等に当たったのは誰だったのか。 そして、9年前に海外へ消えたはずの男は、何を隠していたのか。 1枚の宝くじが、親友同士の運命を大きく狂わせていく――。ミステリー|行方不明1.6万字5 342 -
完結第13話
7年目に開いた薬袋
昭和48年、広島県北部の小さな町で、誰からも慕われていた薬剤師・中村幸子が突然姿を消した。 彼女は「銀行へ行く」と言って薬局を出たまま戻らなかった。手には200万円の入った黒い鞄。けれど銀行には行っておらず、町の誰もその後の姿を見ていなかった。 真面目で優しく、患者一人ひとりに寄り添ってきた幸子。夫の哲夫は涙ながらに妻の帰りを待ち、町の人々も彼女の無事を信じ続けた。 しかし7年後、ある高齢女性の家から見つかった大量の薬が、止まっていた事件を再び動かす。 信頼されていた医師。閉ざされたままの薬局。消えた200万円。 幸子はなぜ、あの日すべてを終わらせようとしていたのか。 町の誰も疑わなかった“優しい人たち”の裏側に、7年間隠され続けた真実が眠っていた――。ミステリー|行方不明1.9万字5 836