"7年目の地下貯蔵庫" 第1話
2004の、仙台の業帯にある古いには、夜けからかりがともるラーメンがありました。
の名は「満作ラーメン」。
あせたの板には、昔ながらの太い文字でそうかれていました。板の端はで黒ずみ、簾もの油と湯気を吸って、どこかたげに垂れがっていました。
朝5になると、まだ町が眠っているにもかかわらず、の奥からい湯気がもくもくとがり始めます。の背丈ほどもあるきな釜が厨の奥に据えられ、そのでは豚の骨が昼夜を問わず煮込まれていました。
ぐつぐつ、ぐつぐつ。
たい音が、まだ通りのないにく響きました。濃な豚骨スープの匂いは、のだけではなく、の奥、古いアパートの階段、へ向かう々の作業にまで染み込むように漂っていました。
この界隈で働く々は、その匂いを嗅ぐだけで分かりました。
「ああ、満作ラーメンのくだな」
そうにするもなくありませんでした。
このは、へき来するたちの通りでした。始発に乗る労働者たちが、まだ眠気の残る顔での扉をけ、いラーメンを1杯すすってから職へ向かっていきます。寒い朝には、湯気のつどんぶりを両で包むように持ち、背を丸めながらスープをみ干す客の姿がありました。
広告
の主は、佐々満作という男でした。2004当、57歳。体格のいい、無な男でした。朝くから夜遅くまで厨にち、釜の加減を見ながら黙々と麺を茹でるでした。仕事に関しては誰よりも真面目で、客にす1杯には妥協しませんでした。
ただし、仕事以ではほとんどをきませんでした。
客が冗談を言っても、軽くで笑うだけ。妻に何かを頼むも、い言葉で済ませます。嫌が悪いわけではありません。ただ、言葉が極端にないだったのです。
そのそばにいたのが、妻の清子でした。その54歳。客の相をしたり、漬物を仕込んだり、会計をしたりするのは、ほとんど清子の役目でした。
「いらっしゃい。今は寒いですね」
「ご飯、盛りにしておきますね」
清子はそう言って、常連客に気さくに声をかけました。働き者で、のい女将さんとして、所ではられていました。声はきく、笑うは内がしるくなるほどでした。
佐々夫婦には、息子が1いました。
佐々拓也。29歳でした。
拓也はこれといった定職には就かず、両親のを伝いながら暮らしていました。朝くには卸売へ肉を仕入れにき、昼にはにる。夜は片付けを伝うこともありました。
悪いではないと、周囲は言っていました。
けれど、どこか本の読めない青でもありました。
広告
客によく笑うこともあれば、急に黙り込んで厨の隅にっていることもある。と目をわせるのが苦で、話していても線が落ち着かないところがありました。
そして、そのには1の若い女性アルバイトがいました。
名は伊藤葵。
その24歳でした。
葵は背があまりくなく、いつも髪をろで1つに結んでいました。派な化粧はせず、いエプロンの紐をきちんと結び、内をりでき回る女性でした。
仕事はく、際もよく、客が度に押し寄せる昼でも滅に慌てませんでした。ラーメンのどんぶりを両いっぱいに持ち、狭い内の子と子のをすり抜けるように歩きます。それでもスープをこぼすことはほとんどありませんでした。
「おじさん、今はチャーシューしめにしておきますね」
「いつも朝いですね。無理しないでくださいね」
そんな言を、葵は自然ににしました。
疲れた顔でに入ってきたのたちも、葵に声をかけられると、ふっと表を緩めました。
「葵ちゃんに言われると、今も頑張らないとな」
そう笑う客もいました。
葵は貧しいの女でした。父親はくにこの世をり、母親の佳子がで野菜を売りながら、葵と弟を育ててきました。佳子はその50歳。細い体で朝くからにち、のものも働き続けていました。
葵には5歳の弟がいました。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 461 -
完結第10話
出張先で娘が「物置で寝てる」と泣いた夜
札幌へ出張中の宮崎亮平に、深夜十一時、八歳の娘・美和から一本の電話がかかってきた。 「パパ、ママと物置で寝かされてるの。寒いよ……」 半年前から同居を始めた母の貴子は、妻の早苗と娘を冷遇していた。しかし亮平は、妻の訴えを「母さんに悪気はない」と聞き流し続けていた。 翌朝、急いで帰宅した亮平が見つけたのは、外から扉を固定された物置で震える妻と娘。そして早苗が隠し持っていた一枚の契約書だった。 そこには、妻の不動産持分を妹へ無償譲渡するという信じがたい内容が記されていた。 家族を守るはずの家で、母と妹はいったい何を企んでいたのか――。祖父母と孫|真実|裡の顔|真相|親子関係1.5万字5 498 -
完結第20話
妻の事故と、五歳の娘が見抜いた嘘
事故で下半身不随になった妻を前に、夫・大介は「僕が君の足になる」と誓う。ところが五歳の娘・春だけは冷たく「帰る」と言い、父に病室の毛布の下を見るよう促した。 そこに隠れていたのは、事故当時に妻と一緒にいた浮気相手。家族を置いて密会していた妻は、事故の賠償や介護まで夫に押しつけようとする。 幼い娘の一言で裏切りを知った父が、離婚と親権確保を決断し、娘と二人で新しい生活を始める物語。夫婦|真実|真相|親子関係2.0万字5 1531 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 185 -
完結第16話
雪の空港で消えた四人と第七格納庫
1989年のクリスマスイブ、北海道の空港から四人の客室乗務員が姿を消した。車には荷物と靴だけが残され、手掛かりのないまま35年が過ぎる。 2024年、解体中の旧格納庫で隠し部屋が発見され、事件は再び動き始めた。浮かび上がったのは、空港内部を熟知し、彼女たちを密かに監視していた元整備士だった。ミステリー|真実|真相1.9万字5 266 -
完結第20話
妻の予定表に書かれた「最終日」
妻の予定表に記された、結婚記念日の「最終日」。夫は離婚を疑うが、その言葉には、十四年間積み重なった妻の孤独が隠されていた。 毎年同じレストランに二人分の席を予約し、来ない夫を一人で待ち続けていた妻。彼女は今年を最後に、待つことをやめようとしていた。夫婦|真相|第二の人生2.8万字5 376 -
完結第14話
七年後、屋上で見つかった妻の秘密
1993年、鹿児島。自治会の帳簿を整理していた主婦・ミキは、過去の火災復旧費に不自然な水増しを見つける。調査を始めた直後、彼女は遺書とバッグだけを残して姿を消した。 投身とされた事件から七年後、マンション屋上の封鎖された旧貯水槽から、ミキと一致する人骨が発見される。ミステリー|真相|行方不明2.1万字5 264