"白い車の義兄" 第1話
1996の。
田原の空は、いつもよりくじられるほど澄み渡っていた。
10の田原は、田んぼの稲穂が黄に染まり、宅の細いにはののりが漂う季節だった。
そんな穏やかな朝、23歳の糸うまゆは、いつものように静かに目を覚ました。
その、彼女には切な予定があった。
就職面接のだった。
まゆは神奈川県田原にある姉・あき子ので暮らしていた。
もともとは静岡県のさな町で族と暮らしていたが、そのの、就職活のために田原へやって来た。
姉夫婦のにを寄せながら、しい活を始めたばかりだった。
しかし、まゆは決して周囲に迷惑をかけるようなではなかった。
むしろ、いつも相のことを先に考える女性だった。
姉のあき子はに警察へこう話している。
「まゆは本当に慮い子でした」
事の準備をしても、誰かが座るまで自分から席につこうとはしなかった。
器を運ぶも、頼まれるに自然とを伸ばした。
さな気遣いができる、優しい妹だった。
だからこそ、あき子にとってそのの朝の景は、7経っても忘れられないものになった。
午7。
あき子は台所にち、妹のためにゆで卵を2つ用した。
包丁の音。器が触れる音。朝の静かなのに、いつも通りの常が流れていた。
広告
「面接のだから、ちゃんとべてきなさいね」
あき子がそう言いながらテーブルに置くと、まゆはさく笑った。
「ありがとう、お姉ちゃん」
まゆはゆで卵をべながら、鏡のにった。
装を何度も確認する。
茶の着。
茶の革靴。
そして黒い肩掛けバッグ。
特別派なではなかった。
しかし、23歳の女性らしい希望と緊張がそこにはあった。
今、面接に格すればしいが始まるかもしれない。
そんな期待を胸に、まゆは鏡のの自分を見つめていた。
あき子は、その黒いバッグの姿をになって何度もいすことになる。
妹が最に持っていたものだったからだ。
玄関で靴を履くまゆを見ながら、あき子は声をかけた。
「気をつけてってきなさいね」
まゆは振り返った。
そしていつもの優しい笑顔を見せた。
「うん。お姉ちゃん、面接が終わったらすぐ帰るね」
それが、2の最の会話になった。
午840分頃。
まゆはをた。
面接先は田原内にあるさな貿易会社だった。
規模はきくなかったが、事務職として働けることが、まゆの希望にっていた。
から面接会までは乗りい自で約20分。
には分余裕があった。
誰も、このに起こる来事を像していなかった。
まゆ本も。
姉のあき子も。
そして、族として彼女を支えていた義兄・佐藤孝志も。
広告
この点では、誰もらなかった。
その、まゆが向かった先は面接会ではなかったことを。
そして彼女のを止めた物が、最もくにいただったことを。
午に終わる予定だった面接。
あき子は昼には妹が帰ってくるとっていた。
計が午2を回った頃。
あき子はしだけをじ始めた。
「し遅いかな……」
しかし、その点ではまだ刻には考えていなかった。
就職活の記に、で事でもしているのかもしれない。
そうった。
まゆは控えめな性格だったが、しい活を始めたばかりだった。
たまにはのを楽しんでいても議ではない。
そう考えていた。
しかし、夕方になっても帰宅しなかった。
夜になっても、玄関の扉はかなかった。
携帯話など、今のような連絡段が分ではなかった代。
待つしかなかった。
午8。
あき子は夫の志に相談した。
「まゆがまだ帰ってこないの」
志はし考えた、落ち着いた声で答えた。
「どこかで友達と会っているんじゃないか」
その言葉を聞いて、あき子も度は頷いた。
だが、付が変わっても妹は戻らなかった。
その瞬、あき子のにあったさなが、恐怖へと変わった。
「まゆ……」
名を呼びながら、あき子は泣き始めた。
翌朝。
連絡を受けて静岡から駆けつけたのは、まゆの実兄だった。
兄は到着すると、すぐに状況を確認した。
「最に見たのはいつだ?」
あき子は震える声で答えた。
広告
おすすめ作品
-
完結第9話
スズメバチ事故の遺言
1997年、長野県の山あいにある蜂蜜の町で、72歳の養蜂家・松吉が蜂場で倒れているのが見つかった。 首にはいくつもの刺し跡。そばには倒れた巣箱。長年蜂を扱ってきた男が、スズメバチに刺されて命を落とした――誰もがそう信じ、事件は不幸な事故として閉じられた。 しかし8年後、取り壊し前の作業小屋の床下から、古びた缶が見つかる。 中に入っていたのは、封のされた手紙、1本の注射器、そして「7月10日 松」とだけ書かれた謎のメモ。 父の死は本当に事故だったのか。 なぜ松吉は、防護網も薬も持たずに蜂場へ向かったのか。そして、彼の体に残されていた“蜂毒ではない反応”とは何だったのか。 閉じられたはずの夏の日が、1本の注射器によって再び動き出す。 これは、正直に生きた養蜂家と、彼の最後を知る友、そして8年後に父の本当の思いを知る娘の物語。ミステリー|遺體発見1.3萬字5 0 -
完結第7話
神戸の熊と33人の組
幼くして両親を失い、神戸へ渡った少年・田岡一雄。 貧しさと孤独の中で育った彼は、やがて港町の荒々しい世界へ足を踏み入れる。喧嘩に明け暮れ、恐れられ、「熊」と呼ばれるようになった若き田岡。その激しい気性は、何度も彼の人生を危うい道へ導いていく。 しかし、ただ腕っぷしの強い男で終わることはなかった。 山口組との出会い、仲間の死、刑務所での日々、そして支えとなる女性との結婚。激動の時代をくぐり抜ける中で、田岡は次第に「人をまとめる力」を身につけていく。 33歳で三代目山口組組長となった田岡一雄。 わずか33人の組織は、なぜ全国に名を知られる巨大組織へ変わっていったのか。若き日の怒りと孤独は、どのようにして一人の男を“親分”へと変えたのか。 これは、戦前・戦中・戦後を生き抜き、日本裏社会の歴史に名を残した男の、波乱に満ちた生涯をたどる物語。ミステリー|真相1.1萬字5 16 -
完結第7話
地図にない赤札の家
山奥にぽつんと建つ一軒家を訪ねる、テレビ番組の取材企画。 ディレクターの上田とカメラマンの山辺は、衛星写真に映った信越地方の山中の一軒家へ向かう。だが、近くの集落でその場所を尋ねると、住人たちは一様に顔を曇らせた。 「そこには行かない方がいい」 それでも2人は、地図にも載らない細い山道を進んでしまう。 長い山道の先に現れた古い母屋。窓の奥からこちらを見つめる無表情な男。壁一面に貼られた赤い札。そして、朽ちた畜舎の中から響き始める、無数の獣の鳴き声。 慌てて逃げ出した2人だったが、帰り道の集落には一軒の明かりも灯っていなかった。 あの家には、いったい何があったのか。 そして、窓からこちらを見ていた男は、本当に“住人”だったのか――。ミステリー1.1萬字5 9 -
完結第12話
母を捨てた凍夜
1996年、兵庫県北部の山間にある小さな介護施設で、78歳の中村はる子が忽然と姿を消した。 家族のために働き続け、厳しい姑に仕え、息子の学費のために娘の人生まで犠牲にしてきたはる子。だが夫の死後、財産はすべて長男夫婦のものとなり、認知症が始まった彼女は、やがて山奥の施設へ送られる。 面会に来ない息子夫婦。滞納される施設費。寂しさの中で、はる子が待ち続けていたのは、たった一人、娘の由紀子だけだった。 そして12月15日の夜。 「娘さんが迎えに来ていますよ」 職員のその一言を信じ、はる子は真冬の闇の中へ歩き出す。 翌朝、彼女の姿は施設から消えていた。警察の捜索もむなしく、事件は未解決のまま時だけが過ぎていく。 しかし1年後、施設の古い倉庫から見つかった“白いもの”が、家族と職員たちが隠していた真実を暴き始める。 はる子は本当に自分で出て行ったのか。 そして、最後の夜に何が起きていたのか――。ミステリー|真実|行方不明|介護1.9萬字5 170 -
完結第15話
7年目の地下貯蔵庫
2004年、仙台の古い路地にあるラーメン屋で、24歳の女性アルバイト・伊藤葵が突然姿を消した。 弟の学費を支え、母のために懸命に働いていた葵。荷物も通帳も残したまま消えた彼女を、周囲は「東京へ行ったのだろう」と噂した。警察も家出として処理し、母だけが「葵はそんな子じゃない」と信じ続けた。 それから7年後。 再開発で取り壊されることになったラーメン屋の地下から、白骨化した若い女性の遺体が見つかる。そこは、長年、濃厚なスープの匂いに覆われていた店の奥深く――釜の裏に隠された地下貯蔵庫だった。 葵は本当に自分の意思で消えたのか。 あの夜、閉店後の店で何が起きたのか。 7年間、湯気と匂いの下に隠され続けた真実が、ついに動き出す。ミステリー|真相|行方不明2.2萬字5 233 -
完結第13話
消えた退院前夜
1991年5月、静岡県の総合病院で、退院を3日後に控えた43歳の女性・田中道子が忽然と姿を消した。 手術は無事に終わり、回復も順調。財布も保険証も病室に残されたまま、彼女だけが夜の病院から消えていた。 最後に確認されたのは、消灯時間の午後9時。翌朝、看護師がカーテンを開けた時、そこに道子の姿はなかった。 自ら出て行ったのか。誰かに連れ去られたのか。それとも、病院の中で何かが起きていたのか。 家族は必死に行方を探し続けるが、手がかりは見つからないまま季節だけが過ぎていく。 そして8か月後、病院の監査で見つかった小さな異変が、すべてを変える。 消えた投薬記録。数の合わない睡眠導入剤。修正されたカルテ。 信じていた病院の奥で、道子に何が起きていたのか――。ミステリー|真相|行方不明1.9萬字5 463 -
完結第11話
消えた五輪候補
昭和59年、ロサンゼルスオリンピックの代表候補だった21歳の体操選手・高橋明子は、最終選考を目前に控えていた。 貧しい家庭に生まれ、父の期待を一身に背負い、痛む足首を隠しながら練習を続けていた明子。彼女にとってオリンピックは、自分だけの夢ではなく、家族の人生を変える最後の希望でもあった。 しかし、最終選考の日。 結果発表の直前、明子は訓練センターの中で忽然と姿を消す。ロッカーは空になり、荷物も見つからず、防犯カメラにも外へ出た姿は映っていなかった。 厳しすぎるコーチ、勝利を争うライバル、そして妹の成功を複雑な思いで見つめていた兄。 誰が明子を消したのか。なぜ、建物の中から出ていないはずの少女は見つからなかったのか。 1年後、改装工事中のロッカールームで、壁の奥に隠されていた“あるもの”が発見される。 その瞬間、父が待ち続けた1年と、明子が背負っていた夢の本当の悲劇が明らかになる――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 185