"消えた花嫁の名札" 第6話
訪問護や介護の現では、患者や利用者の寝言は珍しいものではない。だがこの言葉だけは、どうしても普通の寝言にはえなかった。
2006、その訪問介護者は、たまたま渋のさな教のを通りかかった。窓に飾られた作品にを止めた。
額のの漢字は、次のようなものだった。
「真実はいつか来るを待つ」
彼女は何となく、その教の扉をいた。
そこで会ったのが、阪千鶴だった。
そのの夕方、2の女性はいこと向かいって座った。訪問介護者が寝言の話を取りした、千鶴はにしていた湯呑みをろすことができなかった。
「おば様、これをどこに話すべきか分からず、いこと抱えておりました」
千鶴は震える声で言った。
「ありがとう。本当にありがとう」
その夜、千鶴は引きしの奥から古い名刺を1枚取りした。
1999、美緒が失踪した当、初捜査を担当した刑事の名刺だった。
加茂慎之助。
2006の、千鶴は加茂を尋ね当てた。
彼はすでに退職してから2目だった。今は京の世田にあるさなので暮らしていることが分かった。
ある曜の午、千鶴と加茂はそのの隣の古い喫茶で向かいった。
「おばさん、いことお待たせしました」
加茂はそう言って、黒いコートの内ポケットから古い黒革の帳を取りした。
広告
8、引きしの1番奥にしまっておいた帳だった。
「このに、私があの、事件として区切りをつけられなかったものがすべて入っています。1999614の午947分の届けの話から、623の3回目の取り調べでの供述のずれまで、全部です」
千鶴は古い帳をそっと受け取り、いた。
インクのかすれたページの端に、赤いボールペンの丸が今でもくっきり残っていた。
「本だけがるはずの装」
千鶴の指が震えた。
「これを8もの、このようにお持ちだったのですか」
「はい。私の個な負い目です」
喫茶の窓のでは、のが静かにっていた。
加茂はい声で言った。
「最のニュースをご覧になりましたか」
「どのようなニュースですか」
「母系遺伝子の鑑定技術が、ここ数できくんでいます。微量の資料からでも、母から受け継いだ遺伝子の系列を特定できるそうです」
千鶴は息を呑んだ。
「それは、どういうですか」
「決定な物証が1つでも確保されれば、再捜査の請願が能だということです」
物証。
2はしばらく黙った。
その物証がどこにあるのか、そのの2はまだらなかった。
2007。
美緒が消えてから、ちょうど8がづいていた。
その頃、京渋区の総病院の掲示板に、1枚の院内通が貼られた。
「老朽化備及び施設理案内」
広告
休眠状態だった倉庫の規模備が始まることになった。関係部署は倉庫内の廃棄対象物品をあらかじめ理するように、とかれていた。
備業務を統括することになったのは、病院施設管理課の亮だった。当40歳。は、この建物の倉庫にを踏み入れた、自分が8のをけることになるとはっていなかった。
20076旬の午。
湿ったコンクリートの匂いが、倉庫のをく満たしていた。蛍灯はところどころちらつき、奥にむほど空気がたくなる。
は革袋をはめ、倉庫の1番奥の壁際にいかけられていた防シートを取り除いた。
埃がもやのようにちがった。
「これはまあ、古いな」
わず独り言が漏れた。
防シートの裏には、古いステンレスの廃棄物キャビネットが置かれていた。そしてそのキャビネットと壁のの狭い隙から、のキャンバスの布に包まれた何かが、しだけびしていた。
「これは何だ?」
はをかがめ、それをそっと引きした。
辺40cmほどの角い箱だった。キャンバスの表面には、病院の洗濯の古い庫ラベルが貼られていた。スタンプの付は、8の1999のものだった。
はしばらくそのに膝をついたまま、箱を見つめた。
「どうして8も、誰も見なかったんだ」
結び目をほどくと、キャンバス布が力なくいた。
箱のから最初に見えたのは、のクリップが折れたいネームプレートだった。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
霊場巡礼の嘘
1999年、長野の山間にある慈源修道院で、4人の高齢女性が相次いで姿を消した。 残されていたのは、「霊場巡礼へ出る」という書き置きと、財産をすべて修道院へ寄進するという完璧な書類。全員が独り身で、失踪届を出す家族もいなかったため、事件は深く追及されないまま闇に沈んでいく。 しかし当時、1人の配達女性だけが、夜の修道院で“見てはいけないもの”を目撃していた。 それから13年後。 良心の重さに耐えきれなくなった彼女の告白により、閉ざされた裏山の廃坑が再び開かれる。そこから現れたのは、巡礼に出たはずの老人たちの白い袋だった。 信仰を語る若き院長は、本当に仏の導き手だったのか。 そして海外へ逃げた男を日本へ呼び戻したのは、皮肉にも「母への面会」だった――。ミステリー|行方不明1.4萬字5 7 -
完結第10話
床下のミスキャンパス
1998年、名門大学の卒業式の日。 ミスキャンパスとして知られ、大手航空会社への内定も決まっていた藤堂しおりが、袴姿のまま姿を消した。通帳もパスポートも家に残され、姉の澄香は「妹は男性関係で悩んでいた」と静かに語る。 しかし、現場を見た刑事・天笠は、畳部屋の床板、夜に響いた釘の音、そして姉の供述に残る小さな矛盾を忘れられなかった。 事件は未解決のまま凍りつき、やがて15年が過ぎる。 その間、澄香は毎晩、ある畳部屋の上で眠り続けていた。 なぜ姉は、その場所を離れられなかったのか。 床下から現れた霧箱と、妹が残した一冊のノートが、15年間閉じ込められていた家族の闇を暴き始める。ミステリー|行方不明1.4萬字5 64 -
完結第9話
スズメバチ事故の遺言
1997年、長野県の山あいにある蜂蜜の町で、72歳の養蜂家・松吉が蜂場で倒れているのが見つかった。 首にはいくつもの刺し跡。そばには倒れた巣箱。長年蜂を扱ってきた男が、スズメバチに刺されて命を落とした――誰もがそう信じ、事件は不幸な事故として閉じられた。 しかし8年後、取り壊し前の作業小屋の床下から、古びた缶が見つかる。 中に入っていたのは、封のされた手紙、1本の注射器、そして「7月10日 松」とだけ書かれた謎のメモ。 父の死は本当に事故だったのか。 なぜ松吉は、防護網も薬も持たずに蜂場へ向かったのか。そして、彼の体に残されていた“蜂毒ではない反応”とは何だったのか。 閉じられたはずの夏の日が、1本の注射器によって再び動き出す。 これは、正直に生きた養蜂家と、彼の最後を知る友、そして8年後に父の本当の思いを知る娘の物語。ミステリー|遺體発見1.3萬字5 68 -
完結第7話
神戸の熊と33人の組
幼くして両親を失い、神戸へ渡った少年・田岡一雄。 貧しさと孤独の中で育った彼は、やがて港町の荒々しい世界へ足を踏み入れる。喧嘩に明け暮れ、恐れられ、「熊」と呼ばれるようになった若き田岡。その激しい気性は、何度も彼の人生を危うい道へ導いていく。 しかし、ただ腕っぷしの強い男で終わることはなかった。 山口組との出会い、仲間の死、刑務所での日々、そして支えとなる女性との結婚。激動の時代をくぐり抜ける中で、田岡は次第に「人をまとめる力」を身につけていく。 33歳で三代目山口組組長となった田岡一雄。 わずか33人の組織は、なぜ全国に名を知られる巨大組織へ変わっていったのか。若き日の怒りと孤独は、どのようにして一人の男を“親分”へと変えたのか。 これは、戦前・戦中・戦後を生き抜き、日本裏社会の歴史に名を残した男の、波乱に満ちた生涯をたどる物語。ミステリー|真相1.1萬字5 173 -
完結第6話
白い車の義兄
1996年秋、小田原で就職面接に向かった23歳の女性・糸うまゆは、そのまま帰らなかった。 面接先には到着しておらず、最後に目撃されたのは、白い車に乗り込む姿だった。家族は必死に行方を探し、兄は町中にチラシを貼り、義兄の高志もまた献身的に捜索を手伝っていた。 しかし、警察の捜査は決定的な証拠に届かないまま行き詰まっていく。 白い車、公衆電話、消えた4時間。そして、まゆが失踪前に友人へ漏らしていた義兄への不安。 それでも家族は、高志を疑うことができなかった。 7年後、高志の新しい妻が見つけた一枚の写真をきっかけに、止まっていた事件が再び動き出す。 まゆはなぜ面接へ向かわなかったのか。 そして、7年間家族のそばで悲しむふりをしていた男の本当の素顔とは――。ミステリー|行方不明9.5千字5 70 -
完結第7話
地図にない赤札の家
山奥にぽつんと建つ一軒家を訪ねる、テレビ番組の取材企画。 ディレクターの上田とカメラマンの山辺は、衛星写真に映った信越地方の山中の一軒家へ向かう。だが、近くの集落でその場所を尋ねると、住人たちは一様に顔を曇らせた。 「そこには行かない方がいい」 それでも2人は、地図にも載らない細い山道を進んでしまう。 長い山道の先に現れた古い母屋。窓の奥からこちらを見つめる無表情な男。壁一面に貼られた赤い札。そして、朽ちた畜舎の中から響き始める、無数の獣の鳴き声。 慌てて逃げ出した2人だったが、帰り道の集落には一軒の明かりも灯っていなかった。 あの家には、いったい何があったのか。 そして、窓からこちらを見ていた男は、本当に“住人”だったのか――。ミステリー1.1萬字5 103 -
完結第11話
蜂蜜先生の救命列車
10年間、国境なき医師団として世界中の命を救ってきた外科医・涼介。 しかし最愛の母を救えなかった後悔から、彼は白衣を脱ぎ、医師としての道を離れる決意をして故郷へ向かっていた。 大雨の夜、乗っていた最終列車が豪雨で緊急停止する。蒸し暑い車内に不安が広がる中、1人の女子高生が突然倒れ、意識を失ってしまう。 泣き叫ぶ母親。動揺する乗客たち。救急車もすぐには来られない状況で、涼介は静かに告げた。 「誰か、ハチミツを持っていませんか」 その一言をきっかけに、止まった列車の中で小さな奇跡が起こり始める。 過去を捨てようとしていた医師が、もう一度“救う意味”を取り戻していく、命と再生の物語。真相1.6萬字5 323 -
完結第12話
母を捨てた凍夜
1996年、兵庫県北部の山間にある小さな介護施設で、78歳の中村はる子が忽然と姿を消した。 家族のために働き続け、厳しい姑に仕え、息子の学費のために娘の人生まで犠牲にしてきたはる子。だが夫の死後、財産はすべて長男夫婦のものとなり、認知症が始まった彼女は、やがて山奥の施設へ送られる。 面会に来ない息子夫婦。滞納される施設費。寂しさの中で、はる子が待ち続けていたのは、たった一人、娘の由紀子だけだった。 そして12月15日の夜。 「娘さんが迎えに来ていますよ」 職員のその一言を信じ、はる子は真冬の闇の中へ歩き出す。 翌朝、彼女の姿は施設から消えていた。警察の捜索もむなしく、事件は未解決のまま時だけが過ぎていく。 しかし1年後、施設の古い倉庫から見つかった“白いもの”が、家族と職員たちが隠していた真実を暴き始める。 はる子は本当に自分で出て行ったのか。 そして、最後の夜に何が起きていたのか――。ミステリー|真実|行方不明|介護1.9萬字5 231 -
完結第15話
7年目の地下貯蔵庫
2004年、仙台の古い路地にあるラーメン屋で、24歳の女性アルバイト・伊藤葵が突然姿を消した。 弟の学費を支え、母のために懸命に働いていた葵。荷物も通帳も残したまま消えた彼女を、周囲は「東京へ行ったのだろう」と噂した。警察も家出として処理し、母だけが「葵はそんな子じゃない」と信じ続けた。 それから7年後。 再開発で取り壊されることになったラーメン屋の地下から、白骨化した若い女性の遺体が見つかる。そこは、長年、濃厚なスープの匂いに覆われていた店の奥深く――釜の裏に隠された地下貯蔵庫だった。 葵は本当に自分の意思で消えたのか。 あの夜、閉店後の店で何が起きたのか。 7年間、湯気と匂いの下に隠され続けた真実が、ついに動き出す。ミステリー|真相|行方不明2.2萬字5 277