"消えた花嫁の名札" 第12話
「あなたばかり」
織はそう呟いた。
美緒が歩づいた。
「姉さん?」
その瞬、織は衝に美緒の肩をく押した。
美緒はろへよろめいた。
がセメント階段の角に引っかかった。
鈍い音が倉庫に響いた。
美緒の部が階段の角にくぶつかった。
彼女の体はそのに崩れ落ちた。
「美緒?」
織はすぐに駆け寄った。
美緒は目を閉じていた。呼吸は浅く、かすかに残っていた。まだ助けを呼べばにったかもしれない。
病院だった。
階には医師も護師もいる。
救急対応もできる。
織自も護師だった。
けれど彼女のに最初に浮かんだのは、救命ではなかった。
通帳。
2500万円。
美緒が目を覚ましたら、自分は終わる。
織はそのに座り込み、い、美緒の顔を見ていた。
「助けられたかもしれないんです」
の取調で、織はそう供述した。
「でも、その瞬、通帳の方が先にに浮かびました。私は、美緒を助けなかったんです」
その、織は倉庫のを見回した。
改修事の途だった壁際には、翌以にコンクリートが塗りされる予定の仮設枠があった。が1横たわれるほどの狭い空が、壁の内側に残っていた。
織は美緒の体を引きずった。
いシーツで包み、枠の奥へ押し込んだ。
美緒の胸についたネームプレートをすべきだった。
広告
けれど焦りと恐怖で、そこまで気が回らなかった。名札はカーディガンについたまま、シーツのへ巻き込まれていった。
のネックレスは、移の途で引きちぎれた。コンタクトレンズケースは、持ち物を処理する途で緒に箱へ紛れ込んだ。
織は倉庫にあった古いキャンバス布で物を包み、廃棄物キャビネットと壁の隙へ押し込んだ。
そのの夜遅く、織は姉妹が共同で所していたい軽乗用を病院の裏につけた。
美緒の部に戻り、失踪を装うためにいくつかの持ち物を移させた。
黒いパンプスをの助席のに入れる。
私を数着、部座席に乗せる。
財布や通帳の位置を変える。
けれど、織はいくつも違えた。
美緒の通勤用のいスニーカーを持ちし忘れた。
コンタクトレンズと鏡を洗面台に残した。
結婚指輪のケースを引きしに置いたままにした。
流し台に2分の器を残した。
そして何より、名札をし忘れた。
「あのから、私はその名札だけを考えてきてきました」
取調で織は言った。
「昼は別の仕事をしていても、夜になるとその名札だけが浮かびました」
自供は32晩にわたって続いた。
最に織は、両を膝ので固く握りしめ、こう呟いた。
「美緒。姉は、本当に悪い姉だった」
2008412午10。
広告
京方裁判所302号法廷の扉がいた。
傍聴席はすでに半分以埋まっていた。列には、い菊の束を膝に置いた阪千鶴が座っていた。その隣には、髪が増えた加茂慎之助が、古い黒革の帳をにして静かに席を守っていた。
被告席に織がったのは、午103分だった。
抗がん治療でくなった髪に、の姿。
彼女は傍聴席を1度も振り返らなかった。
裁判官3の議体が着席すると、検察官がちがった。
「被告苅田織に対し、殺、体遺棄及び予備に傷害致の罪をもって起訴します。被害者は被告の実妹、苅田美緒、当29歳です。犯は1999613午8頃。犯所は京渋区の総病院休眠倉庫です」
起訴状の朗読が続く、織は両を膝のに置き、線をへ落としていた。
弁護側は3つの主張をした。
第1に、神耗。
の眠薬依と、入院治療をする病気によるうつ状態により、当の織は物事の非を判断する能力が著しくしていたという主張だった。
第2に、殺の否定。
論ので起きた偶発な押しいによって、美緒が階段の角に部をぶつけた事故であり、殺ではなく傷害致として扱われるべきだという主張だった。
第3に、公訴効との関係。
仮に傷害致と認定されるなら、事件発点からの効問題も量刑判断に反映されるべきだと弁護側は述べた。
検察官は、静かに反論した。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
車いすの恋人に請求された三万三千円の「迷惑料」
交通事故で車いす生活となった恋人・明菜と、もう一度穏やかな日常を取り戻そうとしていた聡。明菜の誕生日、二人は思い出のフレンチレストランを訪れる。しかし待っていたのは、食事時間の一方的な短縮と、三万三千円もの「迷惑料」だった。因果応報|人生逆転|真相|修羅場2.8万字5 757 -
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 108 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 538 -
完結第10話
亡霊の専属運転手
かつて海外の特殊部隊で「ファントム」と恐れられた神代美央は、戦場を離れ、平穏な人生を求めて大企業の会長専属運転手に応募した。しかし最終面接で待っていたのは、「女に会長を守れるわけがない」と嘲笑する副社長と、十一人の屈強な男たち。美央だけが、彼らのスーツの下に隠された拳銃に気づいていた。やがて現れた鷹司会長は、美央の履歴書を見た途端、激しく震え始める。職場逆転|真実|真相|第二の人生1.5万字5 51 -
完結第13話
濁流の中のSOS
夫と十三歳の娘・凛と買い物へ出かけた私。ところが夫は突然、増水した川へ車を走らせ、帰ろうとした私たちを激流へ突き落とした。必死にもがく私の手をつかみ、「お母さん、もがかないで!」と叫んだ凛。その言葉に従い、二人は奇跡的に生き延びる。だが、夫は救助もせず姿を消していた。裡切られた|夫婦|裡の顔|真相|親子関係1.9万字5 131 -
完結第16話
四万円を断った朝
同僚に裏切られ、二千万円近い借金を背負った大橋拓人。再就職の面接へ向かう朝、雨の道路でパンクした車を見つけ、遅刻を覚悟でタイヤを交換する。女性から差し出された四万円を断り、代わりに面接先まで乗せてもらった拓人。しかし会社に到着すると、受付の社員たちが彼女に深々と頭を下げた。職場逆転|人生逆転|真相|修羅場2.5万字5 962 -
完結第10話
出張先で娘が「物置で寝てる」と泣いた夜
札幌へ出張中の宮崎亮平に、深夜十一時、八歳の娘・美和から一本の電話がかかってきた。 「パパ、ママと物置で寝かされてるの。寒いよ……」 半年前から同居を始めた母の貴子は、妻の早苗と娘を冷遇していた。しかし亮平は、妻の訴えを「母さんに悪気はない」と聞き流し続けていた。 翌朝、急いで帰宅した亮平が見つけたのは、外から扉を固定された物置で震える妻と娘。そして早苗が隠し持っていた一枚の契約書だった。 そこには、妻の不動産持分を妹へ無償譲渡するという信じがたい内容が記されていた。 家族を守るはずの家で、母と妹はいったい何を企んでいたのか――。祖父母と孫|真実|裡の顔|真相|親子関係1.5万字5 1470 -
完結第20話
妻の事故と、五歳の娘が見抜いた嘘
事故で下半身不随になった妻を前に、夫・大介は「僕が君の足になる」と誓う。ところが五歳の娘・春だけは冷たく「帰る」と言い、父に病室の毛布の下を見るよう促した。 そこに隠れていたのは、事故当時に妻と一緒にいた浮気相手。家族を置いて密会していた妻は、事故の賠償や介護まで夫に押しつけようとする。 幼い娘の一言で裏切りを知った父が、離婚と親権確保を決断し、娘と二人で新しい生活を始める物語。夫婦|真実|真相|親子関係2.0万字5 1833 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 188