"消された登山日誌" 第6話
本は恵子の横にった。
「きれいでしょう。私は何度も来ていますが、この景は何度見てもします。特に今は気がいいから、最の眺めですよ」
恵子はカメラを取りし、景を撮した。
何枚も何枚も。
族に見せたい。
美穂にこの景を伝えたい。
そういながら、シャッターを切り続けた。
本が言った。
「私が田さんの写真を撮りましょうか。記になりますよ」
恵子はんで頷いた。
「お願いします」
本はカメラを受け取り、恵子を景を背景に撮した。
「いい笑顔ですね。きっとご族もばれますよ」
2は頂で休憩を取った。
リュックから弁当を取りし、昼にする。のでべる握り飯は格別のだった。恵子は幸せな気持ちで景を眺めながら事を楽しんだ。
しばらくして、本が恵子の横に座り、静かに言った。
「田さん、今1、本当に楽しかったです」
恵子は微笑んだ。
「私もです。本さんのおかげで素らしい経験ができました。ありがとうございます」
本はしを置いた。
「実は、お話ししたいことがあるんです」
恵子は議にい、箸を置いた。
「何でしょうか」
本は真剣な表で恵子を見つめた。
「田さんと緒にを登って、私は改めていました。こんなにが通じると会ったのは初めてです」
恵子はし戸惑った。
広告
本の言葉に、普通ではない雰囲気をじたのだ。
本は続けた。
「私はずっと1できてきました。と共に、孤独に。でも田さんと話していると、が温かくなるんです。もっと緒にいたい。そうってしまうんです」
恵子は驚いた。
本の言葉のが、徐々に理解できてきた。これはガイドと客という関係を超えたものだった。
恵子は慎に答えた。
「本さん、私は既婚者です。夫と娘がいます」
「分かっています」
本の声はかった。
「でも、気持ちを抑えられないんです。田さん、私と緒に、これからもに登りませんか。ずっと」
恵子は困惑した。
どう答えていいか分からない。
だが、はっきり伝えなければならないことは分かっていた。
恵子は優しく、しかしきっぱりとした声で言った。
「本さん、お気持ちは嬉しいです。でも私にはできません。私には族がいます。夫をしていますし、娘のことも切です」
本の目がじっと恵子を見ていた。
恵子は続けた。
「本さん、あなたは素らしいガイドです。でも、それ以の関係は私には無理なんです」
本の表が変わった。
笑顔が消え、何かたいものが目に宿った。
「そうですか。やはり、そうですか」
恵子は気まずい空気をじた。けれど、正直に伝えることが切だとった。
「本さん、ごめんなさい。でもこれが私の正直な気持ちです」
広告
本はちがった。
「分かりました。では、そろそろしましょう。今は8目のまでります」
恵子もリュックを背負った。
雰囲気が変わったことをじながらも、何も言えなかった。
ただ、くをりたいとった。
2は頂を発した。
のルートは、登ってきたとは別のだった。本は黙々と先を歩いている。恵子も黙ってそのをついていった。
さっきまでの楽しい雰囲気は、すっかり消えていた。
の空気は変わらず澄んでいる。葉も美しいままだった。けれど恵子の胸には、言いようのないが広がっていた。
本の背が、急にいものに見えた。
午3頃。
2は険しい岩の区に差しかかった。は狭く、片側はいになっている。が底から吹きげ、々の葉をざわざわと揺らしていた。
本はち止まり、振り返らずに言った。
「ここは危険な所です。慎にんでください」
恵子はさく頷いた。
「はい」
歩歩、元を確かめながらむ。登靴の底が岩に当たり、乾いた音をてる。恵子は崖側を見ないようにしながら、本のろを追った。
しばらくして、本が突然ち止まった。
恵子もを止めた。
「本さん、どうしましたか」
本が振り返った。
その目には、恵子が今まで見たことのない、たく暗い何かが宿っていた。
次の瞬だった。
本のが恵子の方へ伸びた。
く、容赦なく。
恵子は叫ぶもなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 122 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 568 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 222 -
完結第16話
雪の空港で消えた四人と第七格納庫
1989年のクリスマスイブ、北海道の空港から四人の客室乗務員が姿を消した。車には荷物と靴だけが残され、手掛かりのないまま35年が過ぎる。 2024年、解体中の旧格納庫で隠し部屋が発見され、事件は再び動き始めた。浮かび上がったのは、空港内部を熟知し、彼女たちを密かに監視していた元整備士だった。ミステリー|真実|真相1.9万字5 1141 -
完結第14話
七年後、屋上で見つかった妻の秘密
1993年、鹿児島。自治会の帳簿を整理していた主婦・ミキは、過去の火災復旧費に不自然な水増しを見つける。調査を始めた直後、彼女は遺書とバッグだけを残して姿を消した。 投身とされた事件から七年後、マンション屋上の封鎖された旧貯水槽から、ミキと一致する人骨が発見される。ミステリー|真相|行方不明2.1万字5 375 -
完結第13話
成人式に消えた母と十三着目の振袖
2014年の成人式当日、貸衣装店から母・奈津子が消えた。店の960万円もなくなり、共に姿を消したカメラマンとの逃避行が疑われる。娘の紗季に残されたのは、「今日は署名をしないで」という謎のメモだけだった。 10年後、閉店する店の倉庫から、記録にない「13着目の振袖」が見つかる。その裾には、若い女性たちの名義で作られた高額ローン契約書と、母が隠した証拠が縫い込まれていた。ミステリー|真実|行方不明2.3万字5 345 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 414 -
完結第10話
31年間、母が捨てなかったマットレスの秘密
31年間、両親が頑なに使い続けてきた古いマットレス。中央は大きく沈み、父の腰痛も悪化していたが、母はなぜか買い替えを拒み続けていた。 息子のデイヴィッドは、両親を旅行へ連れ出した隙に新しいものと交換しようとする。ところが搬出業者から、「お母様を寝室へ入れず、まず一人で確認してください」と切迫した電話が入る。 マットレスの下から現れたのは、古い手紙や小さな靴、写真、ぬいぐるみ。そこには両親が31年間、息子にさえ存在を明かさなかった幼い娘・グレースの記憶が封じられていた。 娘を失った悲しみから逃げるため、名前すら口にしなくなった父。そして誰にも見つからない場所で、毎年娘へ手紙を書き続けた母。古い寝台が取り払われた日、沈黙の下に閉じ込められていた家族の時間が、ようやく光の中へ戻り始める。ミステリー|真実|真相|親子関係1.5万字5 795