"消された登山日誌" 第8話
佐藤刑事は周囲を調べながら言った。
「この辺りは確かに危険な所ですね。滑落の能性がい」
捜索隊は1週、を捜索した。
ヘリコプターも投入された。、沢、岩、崖の。救助隊員たちは危険な斜面にロープをろし、何度も捜索を続けた。
恵子の夫・誠と娘の美穂も現に駆けつけ、捜索を見守った。
美穂はまだ15歳だった。母親の名を呼ぶ声が、の空気に吸い込まれていく。
「お母さん……」
誠は娘の肩を抱きながら、唇を噛んでいた。
本は誠に何度もをげた。
「申し訳ございません。私の注で……もっと注していれば……」
誠は本を責めなかった。
「本さんのせいではありません。は危険な所です。妻もそれを承で登ったんです」
その言葉を聞いた、本の胸に瞬だけ痛みがった。
しかし、それでも真実を話すことはできなかった。
1週の捜索でも、恵子は見つからなかった。
険しい形といが、捜索を困難にした。やがて佐藤刑事は捜索を打ち切る判断をした。
「これ以の捜索は危険です。おそらくい底に滑落したものとわれます。発見は非常に困難です」
誠と美穂は涙を流しながらをりた。
本も緒にした。
その表には、しみと自責のが浮かんでいるように見えた。
しかしそれは演技だった。
本ののには、堵と罪悪が入り混じっていた。
広告
見つからなかった。
これで秘密は守られる。
そうい込もうとしていた。
それから13のが流れた。
昭53のから、平成元のへ。代は昭から平成に変わった。町の景もしずつ変わり、々の活も変わっていった。
しかし、恵子を失ったしみは、田のから消えることはなかった。
誠は毎、になると青峰を訪れた。
恵子が最に歩いた登を1で登る。頂にち、をわせて祈る。
「恵子、どこにいるんだ。せめて遺骨だけでも見つかってほしい」
が吹くたび、誠は妻の声が聞こえるような気がした。
娘の美穂は、15歳から28歳になっていた。
母親のいない13を、懸命にきてきた。を卒業し、へ学し、元の会社に就職した。母親のいを胸に、歩歩、になっていった。
それでも、ふとしたに寂しさは込みげた。
台所につと、母が噌汁を作っていたろ姿をいす。洗濯物の匂いを嗅ぐと、縁側で母と並んでいた午をいす。になりがづくと、母が嬉しそうに登の準備をしていた姿が胸を刺した。
美穂は々、母親の遺品を見返した。
登の写真。登用具。最に買った便箋。母の跡が残る登ノート。
美穂はそれらを膝のに置き、涙を流しながら母に語りかけた。
「お母さん、私、頑張ってきてるよ。
広告
お母さんが見ていてくれると信じて」
方、本浩司も13の歳を過ごしていた。
しかし本にとって、この13は苦しみの々だった。
表向きは、これまで通り登ガイドとして仕事を続けていた。くの客を全に案内し、域の々からの信頼も変わらなかった。
「本さんならだ」
「青峰のことなら本さんに聞けばいい」
町の々はそう言った。
しかし本ののでは、恵子の顔が消えることはなかった。
夜、眠ろうとすると、恵子の姿が浮かぶ。崖から落ちていく瞬。底に横たわる姿。そして恵子の最の表。
本は何度も悪にうなされた。
起きると、全が汗でびっしょり濡れていた。暗い部ので布団に座り込み、自分に言い聞かせた。
忘れなければならない。
過のことだ。
もう終わったことだ。
しかし忘れることはできなかった。
を登るたび、あののことがよみがえった。客を案内しながらも、恵子の声が聞こえるような気がした。
「本さん、ありがとうございます」
「本さん、素らしい景ですね」
そのたびに本のはくなった。
次第に、登ガイドの仕事そのものが辛くなっていった。
は好きだった。
こので育ち、このできてきた。
それなのに今では、に登るたびに責められているようにじる。
この苦しみから逃れたい。
本はそううようになった。
平成元、1989の。
本は58歳になっていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 122 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 568 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 222 -
完結第16話
雪の空港で消えた四人と第七格納庫
1989年のクリスマスイブ、北海道の空港から四人の客室乗務員が姿を消した。車には荷物と靴だけが残され、手掛かりのないまま35年が過ぎる。 2024年、解体中の旧格納庫で隠し部屋が発見され、事件は再び動き始めた。浮かび上がったのは、空港内部を熟知し、彼女たちを密かに監視していた元整備士だった。ミステリー|真実|真相1.9万字5 1141 -
完結第14話
七年後、屋上で見つかった妻の秘密
1993年、鹿児島。自治会の帳簿を整理していた主婦・ミキは、過去の火災復旧費に不自然な水増しを見つける。調査を始めた直後、彼女は遺書とバッグだけを残して姿を消した。 投身とされた事件から七年後、マンション屋上の封鎖された旧貯水槽から、ミキと一致する人骨が発見される。ミステリー|真相|行方不明2.1万字5 375 -
完結第13話
成人式に消えた母と十三着目の振袖
2014年の成人式当日、貸衣装店から母・奈津子が消えた。店の960万円もなくなり、共に姿を消したカメラマンとの逃避行が疑われる。娘の紗季に残されたのは、「今日は署名をしないで」という謎のメモだけだった。 10年後、閉店する店の倉庫から、記録にない「13着目の振袖」が見つかる。その裾には、若い女性たちの名義で作られた高額ローン契約書と、母が隠した証拠が縫い込まれていた。ミステリー|真実|行方不明2.3万字5 345 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 414 -
完結第10話
31年間、母が捨てなかったマットレスの秘密
31年間、両親が頑なに使い続けてきた古いマットレス。中央は大きく沈み、父の腰痛も悪化していたが、母はなぜか買い替えを拒み続けていた。 息子のデイヴィッドは、両親を旅行へ連れ出した隙に新しいものと交換しようとする。ところが搬出業者から、「お母様を寝室へ入れず、まず一人で確認してください」と切迫した電話が入る。 マットレスの下から現れたのは、古い手紙や小さな靴、写真、ぬいぐるみ。そこには両親が31年間、息子にさえ存在を明かさなかった幼い娘・グレースの記憶が封じられていた。 娘を失った悲しみから逃げるため、名前すら口にしなくなった父。そして誰にも見つからない場所で、毎年娘へ手紙を書き続けた母。古い寝台が取り払われた日、沈黙の下に閉じ込められていた家族の時間が、ようやく光の中へ戻り始める。ミステリー|真実|真相|親子関係1.5万字5 795