"消された登山日誌" 第9話
そして、ついに決断した。
ガイドを引退しよう。
もうこれ以は続けられない。
本は元の登ガイド協会に引退の向を伝えた。協会の会は驚いた。
「本さん、まだまだ現役でやれるでしょう。なぜ急に」
本は静かに答えた。
「もう疲れました。体力にも精神にも、若いたちにを譲りたいといます」
会は残そうに頷いた。
「分かりました。本さんの決が固いなら、引き止めません。お疲れ様でした」
本は輩のガイドたちに仕事を引き継ぎ始めた。
登ルートの詳細。危険な所の報。客への対応方法。そしてつけてきた登誌も渡した。
いノートが何冊もあった。
そこには、これまで案内した全ての登の記録がかれていた。付、客の名、ルート、候、特記事項。几帳面な字で細かく記されている。
輩の1、若いガイドの田が誌を受け取った。
「本さん、切にします。これは貴な資料ですね」
本は頷いた。
「参考にしてください。私の経験がしでも役にてば嬉しいです」
その夜、田は自宅で本の誌を読み始めた。
ページをめくるたびに、本の仕事ぶりがよく分かった。どんな客にも丁寧に向きい、候やルートを細かく記録している。
しかし、あるの記録を見て、田は違を覚えた。
昭531016の記録だった。
広告
そこには2つの記録があるように見えた。
1つは通常の記録。
「田恵子さんを案内。青峰に方」
しかしそのに、何かを消した跡があった。
消しゴムで何度もこすったような跡。く残った文字。
田は目を凝らして読んだ。
そこには別の内容がかれていた。
「午3 岩にて 田さん 拒絶 私は……」
文章はそこで途切れていた。
田は息を呑んだ。
なぜこの部分だけ消されているのか。
何か隠す必があったのか。
田はのの記録も確認した。しかし、消された跡があるのはこのだけだった。
翌朝、田は迷った末に警察へ連絡した。
野県警察署の佐藤刑事は、田から連絡を受け、すぐに本の登誌を確認した。
昭531016の記録。
消された跡。
そしてく残った文字。
「午3 岩にて 田さん 拒絶 私は……」
佐藤刑事は13の記憶をたどった。
あの、本は必に捜索へ協力していた。しみと自責のに満ちた表だった。
しかし、もしかしたら。
何か隠していたのではないか。
佐藤刑事は司に報告した。
「田恵子さんの失踪事件、再捜査の必があるといます」
司は驚いた。
「13もの事件を今さらか」
佐藤刑事は誌のコピーを見せた。
「この消された記録が気になります。なぜ消す必があったのか、調べる価値はあるといます」
広告
司はしばらく考え込み、やがて頷いた。
「分かった。非公式でいい。慎に調べてくれ」
佐藤刑事は本を警察署に呼びした。
本は話を受けた、体が震えた。
ついにこのが来たのか。
13逃げ続けてきたが、もう終わりなのか。
本は警察署へ向かった。
取り調べで、佐藤刑事が待っていた。机のには、本の誌が置かれている。
佐藤刑事は穏やかな調で言った。
「本さん、お久しぶりです。しお話を聞かせてください。田恵子さんの件について」
本は緊張しながら答えた。
「田さんの件ですか。もう13ものことですが」
佐藤刑事は登誌を取りした。
「これ、本さんの誌ですね。輩のガイドから預かりました」
本は頷いた。
「はい。私がいたものです」
佐藤刑事は昭531016のページをいた。
「このの記録について聞きたいことがあります。ここに消された跡がありますね」
本は誌を見つめた。
が震えた。
佐藤刑事は続けた。
「く文字が残っています。午3、岩にて、田さん、拒絶、私は……これは何をするんですか」
本は黙っていた。
言葉がなかった。
佐藤刑事は静かに、しかし鋭く言った。
「本さん、何があったんですか。田さんに何かを言われて、拒絶されたんですか」
本の額に汗がにじんだ。
「それは……その……」
佐藤刑事は急かさなかった。
本が話すのを、じっと待った。
い沈黙の、本はをいた。
「私は、田さんに気持ちを伝えたんです。
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
湖底の五本柱
1999年2月、記録的な豪雪に閉ざされたダム建設地・鏡谷で、3人の男が忽然と姿を消した。 彼らが乗っていた黒いセダンは、エンジンをかけたまま雪原に残されていた。ドアは開き、所持品もそのまま。だが、車の周囲には人が降りた足跡が一つもなかった。 やがて龍鳴寺の床下から見つかった1台のカメラが、事件を思わぬ方向へ動かしていく。そこに写っていたのは、消えた3人と作業員たちが、吹雪の中で何かを巡って激しく対立する姿だった。 さらに、ダムに沈むはずだった村からは、古い拳銃、止まった懐中時計、血に染まった作業車、そして「五つの柱」という不気味な言葉が浮かび上がる。 これは単なる失踪ではなかった。 ダムの底へ沈められようとしていたのは、村の風景だけではない。30年前に隠された罪と、ひとりの老人が命をかけて仕掛けた復讐だった。 雪の中で消えた男たちは、どこへ行ったのか。 そして、水没した地下から響く時計の音は、何を告げていたのか――。ミステリー|行方不明|金銭問題3.0萬字5 0 -
完結第10話
消えた弟と制服の父
1991年3月、群馬県の山間にある静かな村で、2歳の木島拓也が自宅の前庭から忽然と姿を消した。 父は警察官。母は家の中にいた。庭にはおもちゃのトラックだけが残され、足跡も、争った跡も、手がかりらしいものは何も見つからなかった。 大規模な捜索が行われても、拓也の行方は分からない。やがて事件は迷宮入りしかけるが、父・洋介の行動にはいくつもの小さな違和感が残っていた。 予定より長すぎたランニング。説明のつかないパトカーの走行距離。外したはずの銃弾。そして、父の後ろ姿を見ていた4歳の姉・香織の沈黙。 それから3年後。 成長した香織は、悪夢の中で何度も同じ光景を見るようになる。 「パパが、拓也を傷つけた」 幼い記憶の断片が少しずつつながった時、消えた2歳児をめぐる事件は、思いもよらない形で再び動き出す。 前庭から消えた子どもに、本当は何が起きたのか。 そして、家族が3年間口にできなかった“あの日の真実”とは――。ミステリー|行方不明1.5萬字5 31 -
完結第12話
20年目の神隠し夫婦
2004年、奄美大島へ新婚旅行に訪れた木村俊介と伊藤しおりは、宿泊先の民宿から忽然と姿を消した。 部屋には開いたままの旅行鞄、起動中のノートパソコン、携帯電話、財布、そして現金まで残されていた。最後に確認されたのは、しおりがブログに投稿した「明日はもっと素敵な1日になるはず」という幸せな言葉。 しかし、その夜を境に、2人の足取りは完全に途絶える。 事故なのか、事件なのか、それとも自ら消えたのか。家族は誹謗中傷に苦しみながらも、わずかな手がかりを追い続けた。だが、茶色い革の鞄が見つかっても、真実にはたどり着けないまま、20年の歳月が流れていく。 そして2024年、遠く離れた異国の小さな漁村から、信じられない知らせが届く。 20年前、奄美の夜に消えた新婚夫婦は、そこで何を失い、何を守り続けていたのか。 長すぎる空白の先で明かされるのは、愛する人を想い続けた家族と、帰る道を忘れなかった2人の物語。ミステリー|行方不明1.8萬字5 10 -
完結第13話
嘘葬りの豆腐店
1991年、茨城の古い商店街で、豆腐屋の嫁・美香が突然姿を消した。 姑と夫が語ったのは、「男を作って夜逃げした」という話。幼い息子を置いて消えた母親として、美香の名は商店街で長く汚され続けた。 しかし6年後、借金による強制執行で高橋豆腐店が取り壊されることになる。誰も近づこうとしなかった裏手のボイラー室。そのコンクリートを掘り返した時、そこから現れたのは、色褪せたスカーフと小さな金の指輪だった。 男と逃げたはずの嫁は、なぜ自宅の床下にいたのか。 そして家族は、6年間何を隠し続けていたのか。 雨の夜に消えた母の名誉を取り戻すため、古い商店街の沈黙が少しずつ崩れ始める。ミステリー|行方不明1.9萬字5 11 -
完結第11話
8年目の生マイク
8年前、宇都宮で1人の女性が明け方に姿を消した。 本田さゆり、54歳。夫は地元テレビ局で長年ニュースを担当してきた有名キャスター・本田正弘だった。彼はカメラの前で涙を浮かべ、「妻の帰りを待ち続けている」と語り、世間から“悲劇の夫”として同情を集めていた。 しかし、未解決事件を扱う生放送番組の休憩中、正弘の胸元についたピンマイクが切り忘れられていた。 誰もいない廊下で、彼が小さくつぶやいた一言。 「さゆり、お前があの時、口さえ閉じていれば……」 その音声を聞いてしまった若手ディレクターの通報により、8年間止まっていた事件が再び動き出す。 明け方の電話、隣家が聞いた重い音、失踪直前に消えた1000万円。そして、夫が隠し続けた古い土地。 完璧な悲劇を演じてきた男の仮面は、たった1つの切り忘れたマイクによって、静かに崩れ始める。ミステリー|行方不明1.7萬字5 37