"20年目のマネキン" 第3話
カメラのろには、50代ほどの男性がっていた。
ジーンズに黒いタートルネック。髪交じりの髪はオールバックにえられ、細い属フレームの鏡をかけている。
男性はリナが入ってくると顔をげ、値踏みするように彼女を見た。けれどその線は骨ではなく、職業な観察のようにも見えた。
やがて満そうに頷く。
「加藤リナさんですね。私は本田剛。神聖モデルズのオーナーで、チーフカメラマンです」
本田の声は柔らかかった。
ほとんど催眠術とも言える響きがあり、に話を聞かせ、自然に従わせることに慣れた男の声だった。
「緊張しなくていいですよ。まずは簡単にテスト撮をしましょう」
リナは頷き、背景幕のにった。
本田はカメラを構えた。
「正面を向いて。し顎を引いて。そう、いいですね」
シャッター音が静かな部に響いた。
「次は横を向いて。肩だけこちらへ。目線はカメラに」
リナは言われた通りに体をかした。
本田は撮しながら、何度も褒めた。
「照がいい。カメラがあなたの特徴をよく拾っている」
「あなたには内なるがある。レンズを通してを投する力です」
最初の数分、リナの体には緊張が残っていた。けれど本田の声と、プロらしい指示の流れので、その緊張はしずつ溶けていった。
これは標準なキャスティングだ。
広告
過1半のに参加した、何ものオーディションときく変わりはない。
そうい始めた頃、撮は終わった。
約20分、本田はカメラを置いた。
「しお茶でもみながら話しましょう」
リナは迷ったが、同した。
本田は廊へていき、数分、緑茶を2杯乗せたトレーを持って戻ってきた。
2は壁際のソファに座った。
本田は能なプロジェクト、契約、労働条件について話し始めた。事務所には、来の広告キャンペーンに向けてしい顔を探しているクライアントがいくつかあるという。
「あなたは条件にかなりっています。若くて鮮で、古典な本らしい特徴を持ちながら、現代な魅力もある」
リナは緑茶を両で持ったまま、真剣に聞いていた。
本田は1の専属契約を提案する用があると言った。保証された最限の仕事量と、まともな報酬がつく契約だという。
リナの臓はく打ち始めた。
これは、彼女がずっと待ち望んでいたチャンスだった。
専属契約は定をする。ファミリーレストランの仕事を辞めて、モデルの仕事に集できるかもしれない。潟の両親に話して、ついにきな契約が取れると報告できるかもしれない。
父はきっと無にび、母は話の向こうで泣くだろう。
リナはそんな景まで像した。
広告
本田はお茶をみ終えるとちがった。
「せっかくですから、残りのスタジオも見ていきますか。チームや設備をっておくと、契約の流れも分かりやすいでしょう」
リナもカップを置いてちがった。
本田について廊へ戻る。
彼はいくつかの部を通り過ぎながら説した。
「ここはポートレート用のスタジオです」
「こちらはファッション撮用」
「ここがプロのメイクアップアーティストが使う控です」
リナは頷きながら歩いた。
廊の突き当たりに、板のない濃いのドアがあった。
本田は鍵束を取りし、そのドアをけた。
の照がつく。
そこは窓のないさな部だった。
材のラック、箱、ランプの入ったスーツケースが並び、隅には数体のマネキンがっていた。布を掛けたり、ポーズを確認したり、初者の写真を訓練するために使う形だと、本田は説した。
「ここは具です。特殊な撮に必なものは、だいたいここに置いてあります」
本田は部の奥へ歩き、棚の1つで何かを探し始めた。
「しそこで待っていてください」
リナは入くでち止まった。
部のには、薬品のような匂いがした。
緑茶をんでから、しがい気もした。
その、リナはバッグから携帯話を取りし、由紀に話をかけた。
午5頃のことだった。
この通話が、にな証言となる。
沢由紀は、その話のをはっきり覚えていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
湖底の五本柱
1999年2月、記録的な豪雪に閉ざされたダム建設地・鏡谷で、3人の男が忽然と姿を消した。 彼らが乗っていた黒いセダンは、エンジンをかけたまま雪原に残されていた。ドアは開き、所持品もそのまま。だが、車の周囲には人が降りた足跡が一つもなかった。 やがて龍鳴寺の床下から見つかった1台のカメラが、事件を思わぬ方向へ動かしていく。そこに写っていたのは、消えた3人と作業員たちが、吹雪の中で何かを巡って激しく対立する姿だった。 さらに、ダムに沈むはずだった村からは、古い拳銃、止まった懐中時計、血に染まった作業車、そして「五つの柱」という不気味な言葉が浮かび上がる。 これは単なる失踪ではなかった。 ダムの底へ沈められようとしていたのは、村の風景だけではない。30年前に隠された罪と、ひとりの老人が命をかけて仕掛けた復讐だった。 雪の中で消えた男たちは、どこへ行ったのか。 そして、水没した地下から響く時計の音は、何を告げていたのか――。ミステリー|行方不明|金銭問題3.0萬字5 0 -
完結第10話
消えた弟と制服の父
1991年3月、群馬県の山間にある静かな村で、2歳の木島拓也が自宅の前庭から忽然と姿を消した。 父は警察官。母は家の中にいた。庭にはおもちゃのトラックだけが残され、足跡も、争った跡も、手がかりらしいものは何も見つからなかった。 大規模な捜索が行われても、拓也の行方は分からない。やがて事件は迷宮入りしかけるが、父・洋介の行動にはいくつもの小さな違和感が残っていた。 予定より長すぎたランニング。説明のつかないパトカーの走行距離。外したはずの銃弾。そして、父の後ろ姿を見ていた4歳の姉・香織の沈黙。 それから3年後。 成長した香織は、悪夢の中で何度も同じ光景を見るようになる。 「パパが、拓也を傷つけた」 幼い記憶の断片が少しずつつながった時、消えた2歳児をめぐる事件は、思いもよらない形で再び動き出す。 前庭から消えた子どもに、本当は何が起きたのか。 そして、家族が3年間口にできなかった“あの日の真実”とは――。ミステリー|行方不明1.5萬字5 31 -
完結第12話
20年目の神隠し夫婦
2004年、奄美大島へ新婚旅行に訪れた木村俊介と伊藤しおりは、宿泊先の民宿から忽然と姿を消した。 部屋には開いたままの旅行鞄、起動中のノートパソコン、携帯電話、財布、そして現金まで残されていた。最後に確認されたのは、しおりがブログに投稿した「明日はもっと素敵な1日になるはず」という幸せな言葉。 しかし、その夜を境に、2人の足取りは完全に途絶える。 事故なのか、事件なのか、それとも自ら消えたのか。家族は誹謗中傷に苦しみながらも、わずかな手がかりを追い続けた。だが、茶色い革の鞄が見つかっても、真実にはたどり着けないまま、20年の歳月が流れていく。 そして2024年、遠く離れた異国の小さな漁村から、信じられない知らせが届く。 20年前、奄美の夜に消えた新婚夫婦は、そこで何を失い、何を守り続けていたのか。 長すぎる空白の先で明かされるのは、愛する人を想い続けた家族と、帰る道を忘れなかった2人の物語。ミステリー|行方不明1.8萬字5 10 -
完結第13話
嘘葬りの豆腐店
1991年、茨城の古い商店街で、豆腐屋の嫁・美香が突然姿を消した。 姑と夫が語ったのは、「男を作って夜逃げした」という話。幼い息子を置いて消えた母親として、美香の名は商店街で長く汚され続けた。 しかし6年後、借金による強制執行で高橋豆腐店が取り壊されることになる。誰も近づこうとしなかった裏手のボイラー室。そのコンクリートを掘り返した時、そこから現れたのは、色褪せたスカーフと小さな金の指輪だった。 男と逃げたはずの嫁は、なぜ自宅の床下にいたのか。 そして家族は、6年間何を隠し続けていたのか。 雨の夜に消えた母の名誉を取り戻すため、古い商店街の沈黙が少しずつ崩れ始める。ミステリー|行方不明1.9萬字5 11 -
完結第11話
8年目の生マイク
8年前、宇都宮で1人の女性が明け方に姿を消した。 本田さゆり、54歳。夫は地元テレビ局で長年ニュースを担当してきた有名キャスター・本田正弘だった。彼はカメラの前で涙を浮かべ、「妻の帰りを待ち続けている」と語り、世間から“悲劇の夫”として同情を集めていた。 しかし、未解決事件を扱う生放送番組の休憩中、正弘の胸元についたピンマイクが切り忘れられていた。 誰もいない廊下で、彼が小さくつぶやいた一言。 「さゆり、お前があの時、口さえ閉じていれば……」 その音声を聞いてしまった若手ディレクターの通報により、8年間止まっていた事件が再び動き出す。 明け方の電話、隣家が聞いた重い音、失踪直前に消えた1000万円。そして、夫が隠し続けた古い土地。 完璧な悲劇を演じてきた男の仮面は、たった1つの切り忘れたマイクによって、静かに崩れ始める。ミステリー|行方不明1.7萬字5 37