"湖底の五本柱" 第1話
1999214の午、関の部にある鏡は、記録なに見われていた。
空は鉛のに閉ざされ、湿ったいが絶えなくり続いていた。の稜線はい幕の向こうに消え、数メートル先のさえ、吹きつけるのでぼやけて見えた。
鏡では当、規模なダム建設プロジェクトが最終段階に入っていた。半には全体が没し、数百続いたの歴史がダムの底へ沈むことが決まっていた。
民の退はすでに完していた。
かつての声が響いていた々は、今ではに埋もれた墓標のように静まり返っていた。軒先には氷柱が垂れ、閉ざされた戸の隙にはいが吹き込んでいる。誰もいないはずの集落は、の音だけを聞きながら、ゆっくりと最の々を数えているようだった。
その、封鎖されたゲートのに、1台の黒いセダンが到着した。
をかぶったボンネットから湯気ががり、ワイパーがに忙しくいている。警備のにいた警備員は、窓のに現れたを見て、慌てての着を羽織った。
乗っていたのは3の男たちだった。
運転席には、建設会社の若社員である寺武。28歳。まだ若いが、現では真面目で几帳面な男としてられていた。ハンドルを握る指は袋越しにも固く、候の悪さに緊張しているのが分かった。
広告
助席には、このダムの設計に関わったベテラン建築士、相馬賢。55歳。髪交じりの髪をきちんと撫でつけ、膝のに古い革の帳を置いていた。彼は窓ガラスの向こうに広がるの空を、険しい表で見げていた。
部座席には、旧の元である茂蔵。72歳。最までち退きに抵抗していた老だった。く子をかぶり、マフラーで元を覆っているため、表はうかがえない。ただ、窓のの景をじっと見つめるその横顔には、くみ慣れたに別れを告げる者だけが持つ、い沈黙があった。
3の目は、没する集落に残された最の遺産を回収することだった。
それは、の台にある古い寺、龍鳴寺の梵鐘である。
龍鳴寺は、鏡のたちにとって精神な支柱だった。祭りのには鐘の音がに響き、葬儀のにはその音が者を送り、吹のにはたちが鐘の音を頼りにを探したとも言われている。
その梵鐘を、ダム完成の記碑として移設することが決まり、3は特別許を得てち入り禁止区域へ入ることになったのだった。
ゲートを守っていた警備員の記録によれば、通過刻は午215分。
警備員はの窓を覗き込み、吹がくなっていることを告げた。
「候が悪化しています。が暮れるには必ず戻ってください」
広告
寺はハンドルを握ったまま、軽く会釈をした。
「分かっています。作業の確認だけですから」
相馬はその横で、何も言わずに空を見ていた。は部座席で、子のつばをさらにくろしていた。
警備員は、どこかな気持ちを覚えながらゲートをけた。
黒いセダンはエンジンのい音を響かせ、除もされていない真っな林へとんでいった。タイヤがを踏み固める音がしばらく続き、やがてその姿はい吹のへ消えた。
それが、3の姿が目撃された最の瞬となった。
予定では、彼らは往復2ほどで作業を終え、午430分にはゲートへ戻るはずだった。
梵鐘の取りし作業には、クレーン付きのトラックが先して現入りしていた。3はその作業のち会いと、梵鐘の最終確認をうだけのはずだった。
しかし、約束の午430分を過ぎても、黒いセダンは戻ってこなかった。
警備員はので計を何度も見た。ではがますます激しくなっている。界は悪く、ゲートの向こうはすでに夜のように暗かった。
午5を過ぎた頃、警備員は無線をに取った。
「こちらゲート警備。龍鳴寺へ向かった両、まだ戻りません」
建設事務所からは、しばらく待つようにという返答があった。
しかし、午6になってもは戻らなかった。
が落ち、底が漆黒のに包まれても、ヘッドライトのかりは見えなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
消えた弟と制服の父
1991年3月、群馬県の山間にある静かな村で、2歳の木島拓也が自宅の前庭から忽然と姿を消した。 父は警察官。母は家の中にいた。庭にはおもちゃのトラックだけが残され、足跡も、争った跡も、手がかりらしいものは何も見つからなかった。 大規模な捜索が行われても、拓也の行方は分からない。やがて事件は迷宮入りしかけるが、父・洋介の行動にはいくつもの小さな違和感が残っていた。 予定より長すぎたランニング。説明のつかないパトカーの走行距離。外したはずの銃弾。そして、父の後ろ姿を見ていた4歳の姉・香織の沈黙。 それから3年後。 成長した香織は、悪夢の中で何度も同じ光景を見るようになる。 「パパが、拓也を傷つけた」 幼い記憶の断片が少しずつつながった時、消えた2歳児をめぐる事件は、思いもよらない形で再び動き出す。 前庭から消えた子どもに、本当は何が起きたのか。 そして、家族が3年間口にできなかった“あの日の真実”とは――。ミステリー|行方不明1.5萬字5 48 -
完結第9話
止められた12枚
離婚届に判を押した瞬間、夫と姑は私を追い出し、新しい嫁を笑顔で迎え入れた。 私はただの“稼ぐ妻”だった。夫の遊び代、姑の美容代、義実家の贅沢――すべて私のカードで支払われていたのに、彼らは最後までそれを当然だと思っていた。 だから私は、何も言わずに12枚のカードを止めた。 数日後、元夫は新しい婚約者との豪華なパーティーで、300万円の支払いを求められる。だが差し出したカードは、すでに利用停止済み。 招待客の前で崩れていく見栄。逃げ出す新しい嫁。そして、義実家がようやく気づいた時には、すべてが遅すぎた。 彼らが迎え入れたのは、幸運の女神ではない。 欲望に姿を変えた、破滅そのものだった。因果応報|夫婦|金銭問題1.3萬字5 65 -
完結第12話
20年目の神隠し夫婦
2004年、奄美大島へ新婚旅行に訪れた木村俊介と伊藤しおりは、宿泊先の民宿から忽然と姿を消した。 部屋には開いたままの旅行鞄、起動中のノートパソコン、携帯電話、財布、そして現金まで残されていた。最後に確認されたのは、しおりがブログに投稿した「明日はもっと素敵な1日になるはず」という幸せな言葉。 しかし、その夜を境に、2人の足取りは完全に途絶える。 事故なのか、事件なのか、それとも自ら消えたのか。家族は誹謗中傷に苦しみながらも、わずかな手がかりを追い続けた。だが、茶色い革の鞄が見つかっても、真実にはたどり着けないまま、20年の歳月が流れていく。 そして2024年、遠く離れた異国の小さな漁村から、信じられない知らせが届く。 20年前、奄美の夜に消えた新婚夫婦は、そこで何を失い、何を守り続けていたのか。 長すぎる空白の先で明かされるのは、愛する人を想い続けた家族と、帰る道を忘れなかった2人の物語。ミステリー|行方不明1.8萬字5 40 -
完結第13話
嘘葬りの豆腐店
1991年、茨城の古い商店街で、豆腐屋の嫁・美香が突然姿を消した。 姑と夫が語ったのは、「男を作って夜逃げした」という話。幼い息子を置いて消えた母親として、美香の名は商店街で長く汚され続けた。 しかし6年後、借金による強制執行で高橋豆腐店が取り壊されることになる。誰も近づこうとしなかった裏手のボイラー室。そのコンクリートを掘り返した時、そこから現れたのは、色褪せたスカーフと小さな金の指輪だった。 男と逃げたはずの嫁は、なぜ自宅の床下にいたのか。 そして家族は、6年間何を隠し続けていたのか。 雨の夜に消えた母の名誉を取り戻すため、古い商店街の沈黙が少しずつ崩れ始める。ミステリー|行方不明1.9萬字5 26 -
完結第11話
8年目の生マイク
8年前、宇都宮で1人の女性が明け方に姿を消した。 本田さゆり、54歳。夫は地元テレビ局で長年ニュースを担当してきた有名キャスター・本田正弘だった。彼はカメラの前で涙を浮かべ、「妻の帰りを待ち続けている」と語り、世間から“悲劇の夫”として同情を集めていた。 しかし、未解決事件を扱う生放送番組の休憩中、正弘の胸元についたピンマイクが切り忘れられていた。 誰もいない廊下で、彼が小さくつぶやいた一言。 「さゆり、お前があの時、口さえ閉じていれば……」 その音声を聞いてしまった若手ディレクターの通報により、8年間止まっていた事件が再び動き出す。 明け方の電話、隣家が聞いた重い音、失踪直前に消えた1000万円。そして、夫が隠し続けた古い土地。 完璧な悲劇を演じてきた男の仮面は、たった1つの切り忘れたマイクによって、静かに崩れ始める。ミステリー|行方不明1.7萬字5 70 -
完結第9話
317号室の隠し壁
1996年9月15日、熱海のホテル・スカーレットローズから、3人の客室乗務員が忽然と姿を消した。 チェックイン後、彼女たちは3階へ向かうエレベーターに乗った。防犯カメラには、笑い合う3人の姿が残っていた。だが、その直後、3階の廊下カメラだけが不自然に停止する。 翌朝、部屋のベッドは整えられたまま。スーツケースも制服も手つかずで、彼女たちが部屋に入った形跡すらなかった。 それから28年後。 解体予定のホテルで、作業員が317号室の壁を壊した時、存在しないはずの“隠し空間”が見つかる。そこに並べられていたのは、3足の靴、3つのバッグ、そして消えた客室乗務員たちの社員証だった。 なぜ所持品だけが壁の奥に封じられていたのか。 彼女たちは、あの夜どこへ消えたのか。 そして、28年間沈黙していたホテルの壁は、まだ語っていない何かを隠していた――。ミステリー|行方不明1.4萬字5 55