"土俵下の12年" 第13話
「誰が運びましたか」
「親方です。若い力士2がまで運びました」
「吉田さんは?」
「そのにいました。ずっと震えていました」
男は泣き崩れた。
「すみません。ずっと言えませんでした。怖かったんです。部も、親方も、全部怖かった」
佐藤はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくり頷いた。
「勇気をして話してくれてありがとう」
その証言を得て、佐藤は再び名部へ向かった。
親方を別に呼び、静かに告げた。
「親方、もう隠せません。真実を話してください」
親方は最初、無言だった。
畳のに座り、膝ので両を握りしめていた。い沈黙が続いた。では若い力士たちの声がしていた。俵を踏む音が、部の壁を通してかすかに響いている。
やがて親方はく息を吐いた。
「……稽古の事故でした」
その声は、ひどく老いていた。
「吉田と林がもみいになり、林が俵から落ちました。を打って、即でした」
佐藤は静かに聞いた。
「なぜ警察に通報しなかったんですか」
親方はを向いた。
「怖かったんです。部が終わるといました。吉田も逮捕される。弟子たちの未来も終わる。自分のも終わる。だから……」
「だから遺体を隠した」
親方は頷いた。
「林の故郷をいしました。あのの俵です。林はいつも故郷のの話をしていました。俵で遊んだ話もしていた。だから、せめて故郷に返してやろうと……」
広告
佐藤は厳しい目で親方を見た。
「それは弔いではありません。隠蔽です」
親方の肩が震えた。
「分かっています」
「ご両親は12、息子さんの帰りを待ち続けたんです」
親方は畳に額をつけた。
「申し訳ありません」
佐藤は、すぐに吉田健も呼びした。
吉田はすでに相撲界をれていた。警察署の取調に入ってきた吉田は、かつての迫力を失っていた。肩は落ち、目のにはいくまがあった。
佐藤が事件のことを話し始めると、吉田は最初、黙っていた。
「親方はすべて話しました」
その言で、吉田の顔が崩れた。
「……私が、林を殺しました」
佐藤は何も言わなかった。
吉田は両を震わせながら続けた。
「林が気なを聞いたんです。膝が痛いとか、限界だとか。俺は腹がって、突きばしました。もみいになって、をして……林は落ちて、を打ちました」
吉田の声は震えていた。
「あの、俺がをさなければ。あの、俺がらなければ。ずっとそればかり考えていました」
涙が頬を伝った。
「12、毎林の顔が浮かぶんです。謝りたかった。でも言えなかった。怖くて、何もできなかった」
佐藤は目を伏せた。
自は取れた。
しかし、失われた12は戻らない。
岳司の命も、両親が待ち続けたも、取り戻すことはできない。
崎親方は体遺棄と証拠隠滅の疑いで逮捕された。
広告
吉田健も、傷害致の疑いで逮捕された。
12のを経て、ようやく真実がらかになった。
佐藤はそので、川県の林を訪れた。
正雄と子は、居で静かに待っていた。2の顔には、すでに覚悟のようなものが浮かんでいた。
佐藤は畳に座り、くをげた。
「息子さんは、12にくなっていました。稽古の事故でした」
子は目を閉じた。
正雄は拳を握った。
「そして遺体は、親方によって故郷の俵のに埋められていました」
子はそのに崩れ落ちた。
「嘘でしょう……岳司が、ずっとここにいたの。ずっとくにいたの」
正雄は何も言えなかった。
ただ、涙があふれた。
12、息子の帰りを待っていた。
毎、を見ながら。
毎朝、仏壇に祈りながら。
けれど息子は、ずっと故郷のので眠っていた。
それをらずに、自分たちは同じで暮らし続けていた。
子は畳にをつき、泣きながら言った。
「岳司、帰ってきたのね。お母さん、ずっと待ってたよ。ずっとここにいたのね」
佐藤はをげた。
「遅くなって申し訳ありません。しかし、真実はらかになりました。加害者たちは必ず裁かれます」
正雄はしばらく黙っていた。
やがて、かすれた声で言った。
「息子は……苦しかったんでしょうか」
佐藤はすぐには答えられなかった。
正雄は涙をぬぐいもせず、続けた。
「京で、1で、苦しかったんでしょうか」
その問いに答えられる者はいなかった。
部のには、子の泣き声と、くから聞こえる波音だけが残った。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 146 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 587 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 226 -
完結第16話
雪の空港で消えた四人と第七格納庫
1989年のクリスマスイブ、北海道の空港から四人の客室乗務員が姿を消した。車には荷物と靴だけが残され、手掛かりのないまま35年が過ぎる。 2024年、解体中の旧格納庫で隠し部屋が発見され、事件は再び動き始めた。浮かび上がったのは、空港内部を熟知し、彼女たちを密かに監視していた元整備士だった。ミステリー|真実|真相1.9万字5 1147 -
完結第14話
七年後、屋上で見つかった妻の秘密
1993年、鹿児島。自治会の帳簿を整理していた主婦・ミキは、過去の火災復旧費に不自然な水増しを見つける。調査を始めた直後、彼女は遺書とバッグだけを残して姿を消した。 投身とされた事件から七年後、マンション屋上の封鎖された旧貯水槽から、ミキと一致する人骨が発見される。ミステリー|真相|行方不明2.1万字5 377 -
完結第13話
成人式に消えた母と十三着目の振袖
2014年の成人式当日、貸衣装店から母・奈津子が消えた。店の960万円もなくなり、共に姿を消したカメラマンとの逃避行が疑われる。娘の紗季に残されたのは、「今日は署名をしないで」という謎のメモだけだった。 10年後、閉店する店の倉庫から、記録にない「13着目の振袖」が見つかる。その裾には、若い女性たちの名義で作られた高額ローン契約書と、母が隠した証拠が縫い込まれていた。ミステリー|真実|行方不明2.3万字5 345 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 416 -
完結第10話
31年間、母が捨てなかったマットレスの秘密
31年間、両親が頑なに使い続けてきた古いマットレス。中央は大きく沈み、父の腰痛も悪化していたが、母はなぜか買い替えを拒み続けていた。 息子のデイヴィッドは、両親を旅行へ連れ出した隙に新しいものと交換しようとする。ところが搬出業者から、「お母様を寝室へ入れず、まず一人で確認してください」と切迫した電話が入る。 マットレスの下から現れたのは、古い手紙や小さな靴、写真、ぬいぐるみ。そこには両親が31年間、息子にさえ存在を明かさなかった幼い娘・グレースの記憶が封じられていた。 娘を失った悲しみから逃げるため、名前すら口にしなくなった父。そして誰にも見つからない場所で、毎年娘へ手紙を書き続けた母。古い寝台が取り払われた日、沈黙の下に閉じ込められていた家族の時間が、ようやく光の中へ戻り始める。ミステリー|真実|真相|親子関係1.5万字5 795