"湯殿床下の女将日記" 第3話
「女将さん……息子さんの話になると、いつも寂しそうな顔をしていました」
久子は塚にそう語った。
「お正に帰ってこないと分かっていても、玄関の灯りをしく点けていたことがありました」
「もしかしたら、帰ってくるかもしれないって……ずっと待っていたんだといます」
塚は黙って帳にき込んだ。
母と息子のにあった距。
それが今回の失踪と関係しているのか。
まだ答えはなかった。
さらに塚は旅館の経営状況を調べた。
帳簿を見ると、糸は決して泰ではなかった。
代の変化。
旅客の減。
宴会利用の減。
古い造建築を維持するための修繕費。
昔は繁盛していた名旅館も、しずつ苦しい状況になっていた。
帳簿の端には、いくつもの借入の記録が残っていた。
「この宿を1で背負っていたのか……」
塚は沢子の跡が並ぶ帳簿を見つめた。
数字の1つ1つから、宿を守ろうとした彼女の必ないが伝わってくるようだった。
そんな、塚はある物に注目した。
湯殿を守る助。
造という老だった。
助とは、昔ながらの温泉旅館で湯の管理をする職のことだった。
湯加減を調し、浴を清潔に保つ。
客が気持ちよく温泉に入れるよう、裏側から宿を支えるだった。
造は糸で40以働いていた。
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沢子の父の代からこの宿をる、まさにき字引のような物だった。
70歳を超えていたが、毎の仕事は欠かさなかった。
酒もまない。
遊びもしない。
ただ黙々と湯殿を守る。
そんな男だった。
塚は彼にも話を聞いた。
「沢子さんはどんな方でしたか?」
しばらく沈黙した、造は静かに答えた。
「……お優しい方でした」
「に何か気づいたことはありませんでしたか?」
「最、様子が変だったとか」
造は答えなかった。
ただ、膝のに置いたをしかしただけだった。
そして、また同じ言葉を繰り返した。
「お優しい方でした」
塚はじていた。
この老は何かをっている。
しかし、それを話そうとはしていない。
理由は分からなかった。
しみなのか。
約束なのか。
それとも、別の何かなのか。
そんな、久子がある記憶をいした。
「そういえば……」
彼女はそうに話し始めた。
「女将さんが消える5のことです」
「見慣れない男性が旅館に来ました」
塚は顔をげた。
「宿泊客ですか?」
久子は首を横に振った。
「違います。あれはお客さんではありませんでした」
その男性はなりはっていた。
しかし、雰囲気が普通ではなかった。
京から来たような話し方。
たい目つき。
その男は沢子とい、女将の部で話していた。
「1以だったといます」
「途でお茶をしにった……」
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久子はそのの景をいした。
「女将さんの顔が……真っ青だったんです」
「あんな顔を見たのは、旦さんがくなった以来でした」
その男はが暮れる頃、旅館をていった。
沢子は玄関まで見送った。
そして、しばらく坂のを見つめていた。
声をかけても反応しないほど、何かを考え込んでいたという。
塚は確信にいものをじた。
京から来た男。
沢子を青ざめさせた会話。
その数の失踪。
偶然とはえなかった。
しかし、その男が誰なのか。
何を話したのか。
それをる者は、糸にはいなかった。
やがてが訪れた。
温泉にはが積もった。
例なら観客で賑わう季節だった。
しかし糸の灯りは消えたままだった。
従業員たちはしずつれていった。
久子は隣町の旅館へ移った。
板も、の従業員も、それぞれ別のを選んだ。
最まで残ったのは、造だった。
誰もいなくなった糸の湯殿で、彼は毎掃除を続けた。
もう客が来ることはない。
もう女将の声が聞こえることもない。
それでも彼は、いつものように湯殿を磨いた。
まるで、誰かとの約束を守るように。
事件は次第に世から忘れられていった。
警察の捜査も、しいがかりがないまま縮されていった。
塚は最まで納得できなかった。
しかし、1の刑事のいだけではどうにもならない現実もあった。
事件は未解決として扱われることになった。
それから6。
糸は完全に代から取り残されていった。
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