"湯殿床下の女将日記" 第8話
「ありがとうございます」
その言葉には、6分のいが込められていた。
造のから聞いた「本の見える静かな町」という言葉。
それは、塚にとって6閉ざされていた扉をくための、唯のがかりだった。
翌から、塚は沢子の記を何度も読み返した。
そこにかれているのは、単なる逃先の記録ではなかった。
若い頃に訪れた。
夫の総郎と旅した所。
旅館を始めた頃に世話になった々。
そして、いつか静かに暮らしたいとかれていた所。
それらをつずつ確認していった。
沢子は几帳面な性格だった。
帳簿をくも、毎の来事を記録するも、必ず丁寧な字で残していた。
だからこそ、塚はじていた。
この記は、ただの記録ではない。
もし自分に何かあった、誰かに真実を伝えるために残したものなのではないか。
ページの隅々まで目を通していく。
すると、ある名が何度もてきた。
若い頃、糸で働いていた女性。
沢子が旅館を継ぐ、何度か訪れていた本側の町にんでいた物だった。
塚はその名を頼りに、へ向かった。
何度も列を乗り継いだ。
さな駅でりては聞き込みをした。
しかし、簡単には見つからなかった。
沢子は自分のを消すために、細の注を払っていた。
広告
本名を使わない。
過を話さない。
目つことを避ける。
それでも、塚は諦めなかった。
6。
ので消えた女将。
その、彼女は誰にも助けを求めなかった。
ならば今度は、自分が最まで追いかけるべきだとった。
そしての終わり。
塚はついに、1つのさな漁師町へたどり着いた。
本に面した静かな町だった。
きな観ではない。
駅にもの姿はない。
古い漁が並ぶ港。
潮のりが漂う細い。
夕方になると、へ沈む太陽が町全体を赤く染める。
沢子が望んだ所。
「れず、静かに暮らしたい」
その言葉にぴったりの町だった。
塚は町で聞き込みを続けた。
そして、あるさな旅館の名を聞いた。
「そこに、昔から働いている女性がいる」
「静かで真面目なだよ」
「自分のことをあまり話さないけど、とても優しいだ」
その話を聞いた瞬、塚の胸がきくいた。
翌の夕方。
塚はその旅館ので待っていた。
に沈む夕。
赤く染まる空。
に揺れる洗濯物。
しばらくすると、裏から1の女性がてきた。
洗った布を抱えている。
柄な体。
背筋の伸びた姿勢。
いものが混じった髪。
6よりし歳をねていた。
しかし、そのきは変わっていなかった。
物を置くの丁寧さ。
歩くの静かな取り。
、をもてなしてきただけが持つ所作だった。
広告
塚は確信した。
「鍛原沢子さんですね」
女性のが止まった。
しばらく、の音だけが聞こえた。
ゆっくり振り返る。
その顔には驚きがあった。
しかし、恐怖ではなかった。
むしろ、いつかこのが来ることを覚悟していたような表だった。
「……とうとう、見つけられてしまいましたか」
その声を聞いた瞬、塚は胸が締め付けられた。
6。
糸で聞いた沢子の声と何も変わらなかった。
「私は警察の者です」
「ですが、あなたを責めるために来たのではありません」
沢子は黙って塚を見つめた。
やがて、さく息を吐いた。
「そうですか……」
「造さんは……」
塚がその名をした瞬、沢子の目が揺れた。
「造さんは、最まで約束を守っていました」
その言葉を聞いた瞬。
沢子の表が崩れた。
「……そうですか」
さな声だった。
「やっぱり、あのは……」
沢子は目を伏せた。
40以、自分のそばにいた男。
無で、器用で。
でも誰よりも誠実だった。
そのが6、秘密を守っていた。
その事実が胸に広がった。
「造さんは言っていました」
塚は静かに続けた。
「あなたとの約束を守っただけだと」
沢子の目から涙が落ちた。
「……あのらしいですね」
そう言って、し笑った。
しい笑顔だった。
しかし、そこにはい謝があった。
その夜。
沢子は塚に全てを話した。
なぜ消えたのか。
なぜ誰にも連絡しなかったのか。
そして、この6何をってきてきたのか。
あの。
沢子は本当に限界だった。
旅館の経営。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
帰国した僕を待っていたボロ家
7年間、アメリカで必死に働き続けた木村健二。 妻と息子、そして母のために仕送りを続け、岐阜の実家も新しく建て替えた。帰国の日、健二は家族が立派な新居で自分を待っていると信じていた。 しかし、そこで彼を迎えたのは母と兄夫婦だけ。妻・早苗と息子・勇気の姿は、家のどこにもなかった。 不審に思った健二が辿り着いたのは、町外れの川沿いに建つ古びたプレハブ住宅。そこには、やつれた妻と、破れた問題集を大切に使う息子の姿があった。 自分が送った大金は、どこへ消えたのか。 なぜ妻子だけが新居から追い出されたのか。 7年間信じてきた“家族”の裏側で、健二の知らない嘘と沈黙が静かに積み重なっていた――。夫婦|真相|親子関係2.0万字5 310 -
完結第13話
5人目だけが若かった
1999年夏、岐阜県の山あいにある青川村で、豪雨による土砂崩れが起きた。 崩れた山肌から現れたのは、黒い縄でつながれた5体の遺骨。村人たちは、それを6年前に行われた古い合葬の名残だと説明する。 しかし鑑定の結果、5体のうち1体だけが明らかに若すぎることが判明した。 老人5人が眠っているはずの棺に、なぜ24歳前後の若い女性が紛れ込んでいたのか。そして、本来そこにいるはずだった5人目の老人はどこへ消えたのか。 口元に押し込まれていた黄色い布、祠の裏道に残された車の痕跡、6年前の夜に聞こえた女の声。 迷信と沈黙に守られてきた山村の秘密が、雨によって少しずつ地上へ押し出されていく――。ミステリー|真実|真相1.9万字5 458 -
完結第12話
3万円を払った元タクシー運転手
雨の月命日、64歳の笠原和子は、夫の墓参りへ向かうため一台のタクシーに乗った。 目的地まではわずか5kmほど。ところが運転手はメーターを動かさず、遠回りをした末に、霊園の前で「料金は3万円です」と告げる。 相手は足の悪い高齢女性。文句を言えず、泣き寝入りするとでも思ったのだろう。和子はその場では静かに3万円を支払い、何も言わずに車を降りた。 しかし、運転手は知らなかった。 後部座席に座っていたその“おばあちゃん”が、40年間タクシーとハイヤーの運転席に座り続けてきた元プロの運転手だったことを。 そして彼の声も、名前も、車両番号も、すべて記録されていたことを。 翌日、和子が正式に動き出した時、悪質な運転手と会社が隠してきた過去が少しずつ明らかになっていく――。真相|金銭問題1.8万字5 600 -
完結第10話
「洗剤を入れた嫁」にされた私
45歳の私は、助産師として夜勤をこなしながら、夫と2人で静かに暮らしていた。 そんなある日、夫から義父の認知症を理由に、義両親との同居を頼まれる。家族のためならと受け入れた私だったが、同居が始まってから、義母の態度は少しずつ変わっていった。 夜勤明けに責められ、家事を押しつけられ、身に覚えのない悪口まで夫に吹き込まれる日々。それでも夫は、いつも義母の言葉だけを信じた。 やがて私は、義父の“認知症”にある違和感を覚える。 そしてある夜、義母はついに言い放った。 「食事に洗剤を入れたでしょう!」 その嘘を信じた夫は、私に「出ていけ」と告げる。 1か月後、私は離婚届を持って、もう一度あの家の玄関に立った。 その時、義家族が本当に恐れていたものが、ようやく明らかになる――。嫁姑|夫婦|裡の顔|真相1.5万字5 234 -
完結第11話
裏口に回された仕立て屋
孫の発表会の日、68歳の佐和子は嫁から「業者は裏口から入ってください」と告げられる。 舞台に立つ47人の子どもたちが着る衣装は、すべて佐和子が三か月かけて縫い上げたものだった。材料費も立て替え、客席にも座れず、舞台裏で補修を続けた佐和子。 しかし終演後、保護者たちの会話から、嫁が衣装代として大金を集めていたことを知る。 さらに衣装箱には見知らぬ店名のシールが貼られ、ネットには佐和子の作業場が“嫁の実績”として掲載されていた。 家族のため、孫のため。そう思って飲み込んできた佐和子だったが、ある書類に自分の名前が勝手に使われていることを知った瞬間、静かに立ち上がる。 奪われたのは、お金だけではなかった。 名前も、時間も、技術も――。 佐和子は、自分の仕事を取り戻すため、初めて家族に「無償ではない」と告げる。嫁姑|親不孝|真相1.6万字5 330 -
完結第10話
20年後、坊ちゃんは帰ってきた
財閥家の御曹司・優人は、母を亡くした直後、新しく屋敷に入ってきた女によって濡れ衣を着せられ、わずか8歳でアメリカ留学へ追いやられる。 実の父にまで見捨てられた優人のそばに残ったのは、亡き母から「この子を守って」と託された家政婦・白石千鶴子だけだった。 行き先も学校も用意されないまま、異国の地へ捨てられた二人。千鶴子は皿洗いをしながら優人を育て、優人もまた、悔しさを胸に必死で学び続ける。 そして11年後、母が残した一冊の日記から、隠されていた資産と最後の願いが見つかる。 それからさらに時が流れ、20年後。 日本の大和グループが経営危機に陥った時、正体不明の投資家「黒札」に救いを求めることになる。 しかし彼らはまだ知らなかった。 その「黒札」こそ、かつて屋敷から追い出した少年だったことを――。人生逆転|裡切られた|真相|親子関係1.4万字5 846 -
完結第11話
7人の妊娠と密封された患者服
2011年、富山県の山あいにある黒部女子刑務所で、信じがたい事件が発覚した。 男性との接触が厳しく制限された隔離区画で、7人の女性受刑者がほぼ同時期に妊娠していたのだ。 監視カメラはなぜか壁だけを映し、薬の管理記録には説明のつかない空白が残されていた。だが、疑惑の中心にいた医務課長・九条匠は完璧な記録と証言に守られ、事件は証拠不十分のまま闇へ葬られていく。 声を奪われた7人の女性たち。真相を追いながら左遷された刑事。社会的成功を手にし、15年間“勝者”として生き続けた男。 そして2026年、死を目前にした元警備課長が残した一つの鉄箱によって、封じられていた過去が再び動き出す。 永久に開かれないはずだった患者服の中に、15年間眠り続けていた小さな証拠とは――。ミステリー|真実1.6万字5 382 -
完結第11話
消えた神童、10年後の手紙
2001年秋、北陸の小さな町で、サッカーの才能を持つ10歳の少年・立花陸が、父・剛とともに突然姿を消した。 数日後、海辺の岸壁で見つかった白いバン。車内には父の作業服と、陸のスパイクが片方だけ残されていた。やがて町では、「父が息子を連れて海へ入ったのではないか」という噂が広がり、母のゆみ子は長い孤独と偏見の中で10年を過ごすことになる。 しかし、失踪から10年後。 ゆみ子のもとへ、ドイツから一通の手紙が届く。 そこに書かれていたのは、信じられない一文だった。 「私の名前は陸です。ドイツで暮らしています」 海に消えたはずの息子は、なぜ異国で生きていたのか。車に残された片方のスパイクは、本当に陸のものだったのか。そして、父・剛が最後に守ろうとしたものとは何だったのか。 10年前に見落とされた小さな違和感が、封じられていた事件の真相を少しずつ暴き出していく――。ミステリー|真相1.7万字5 169