"湯殿床下の女将日記" 第10話
沢子は俯いた。
肩がさく震えていた。
「ありがとうございます」
それからしばらくして。
塚は、もう1つ伝えなければならないことがあるとった。
造から預かったもの。
油に包まれた古い記。
そして、の帯留め。
塚は鞄からそれを取りした。
沢子の目がきくいた。
「これは……」
「糸の湯殿のから見つかりました」
沢子は帯留めを見つめた。
い、触れることのなかったい。
それは、き夫・総郎から贈られたものだった。
まだ旅館が今ほどきくなかった頃。
2で苦労していた代。
裕福ではなかった。
毎の活も決して楽ではなかった。
それでも総郎は、記にこの帯留めを買ってきた。
「いつか、この宿をもっときくしよう」
「お客様が帰る、笑顔になれる旅館にしよう」
そう言って渡してくれたものだった。
沢子はそっと帯留めをに取った。
指先が震えた。
「……懐かしいです」
「主は、本当に優しいでした」
塚は静かに聞いていた。
「これはあなたが持つべきものではないでしょうか」
そう尋ねると、沢子はゆっくり首を横に振った。
「いいえ」
「これは、彦に渡してください」
「彦さんに?」
沢子は頷いた。
「この帯留めは、主が残したものです」
「そして記には、私がなぜ消えたのかをきました」
「いつか、あの子が本当のことをりたいとったのために」
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沢子はの向こうを見つめた。
「母親として、最に残せるものを残したかったんです」
塚は胸がくなった。
自分が消えるまで。
息子をっていた。
最の最まで。
母親だった。
数週。
京。
塚は彦のむさな部を訪ねた。
突然訪れた警察官。
そして、母親の名。
彦は最初、何が起きているのか理解できなかった。
「母が……?」
塚は静かに頷いた。
「あなたのお母さんは、きています」
その瞬。
彦の顔から血の気が引いた。
6。
のどこかで期待していた。
でも同に、もう度と会えないとっていた。
塚は記を渡した。
彦は震えるで受け取った。
表を見ただけで分かった。
母の字だった。
ページをく。
そこには、自分のらなかった母の苦しみがかれていた。
旅館のこと。
借のこと。
自分を配する言葉。
何度も何度も。
「彦……」
記のには、自分の名が何度もてきた。
りの言葉ではなかった。
責める言葉でもなかった。
ただ、配する母親の言葉だけだった。
彦のから記が落ちた。
そして、そのに座り込んだ。
「俺は……」
「俺は母さんに……」
言葉にならなかった。
自分は母親を苦しめた。
旅館を背負わせた。
最には、自分のためにまで捨てさせた。
その事実が胸に突き刺さった。
塚は何も言わなかった。
これは、本が向きうべきだった。
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しばらくして。
彦は顔をげた。
「母は……今どこにいるんですか」
塚は静かに答えた。
「本の見える町です」
そのの夜。
彦は眠れなかった。
机のには母の記。
横には帯留め。
6探し続けたものが、突然目のに現れた。
そして翌朝。
彦は決めた。
母に会いにく。
今度こそ。
逃げずに向きうために。
本のさな町。
6と同じように、夕がを赤く染めていた。
沢子は旅館の裏庭で静かに作業をしていた。
ここで暮らし始めてから。
彼女は目つことなくきてきた。
朝起きる。
掃除をする。
料理を伝う。
そして夜になるとを見る。
それが彼女の常だった。
糸で過ごした48とは全く違う活。
しかし、議と穏やかだった。
もう誰かに追われることはない。
誰かを守るために嘘をつく必もない。
それでも。
の奥には、ずっと1つだけ残っていた。
彦のこと。
そんなあるの夕方。
旅館の玄関にがった。
沢子は何気なく顔をげた。
そして、きを止めた。
そこにいたのは。
6、ので何度も会った物だった。
「……母さん」
その声を聞いた瞬。
沢子のから布巾が落ちた。
「彦……」
2はしばらくけなかった。
言いたいことはほどあった。
謝りたいことも。
聞きたいことも。
しかし、最初にた言葉は。
「元気だったのね」
それだけだった。
彦は泣きながら頷いた。
「母さん……ごめん」
沢子は首を横に振った。
「もういいの」
「あなたがきていてくれたなら、それでいいの」
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