みかん小説
本棚

"復讐とんかつの逆転便" 第11話

母親は途切れ途切れに、それだけを言った。

琢磨はベランダへた。

に当たりながら、すりを握った。

「式に来てほしい」

今度は、自分から言った。

「絶対にく」

母親の声は震えていた。

「何があっても、くよ」

話を切った、琢磨はすりに両をついたまま、しばらく泣いた。

幼い頃に言われた言葉が、完全に消えたわけではない。

母親もまた、自分を傷つけた。

けれど、母親も苦しんでいた。

あのの言葉を許せるかどうかは、今でも分からない。

ただ、もう度会ってみようとった。

を消すためではない。

これから先のを、過だけに支配させないために。

で窓のく音がした。

振り返ると、綾音がエプロン姿でっていた。

「琢磨、ご飯めるよ」

へ戻ると、テーブルのには湯気をてるとんかつが並んでいた。

綾音が笑った。

「おかえり」

琢磨は瞬、言葉に詰まった。

広い部へ帰っても、これまで1度も聞くことのなかった言葉だった。

「ただいま」

琢磨はさく答えた。

それから半、琢磨はタワーマンションを引き払った。

しく借りたのは、柏の本から歩いて通える所にある、古いが当たりのよい部だった。

まいより狭く、窓から見える景も、きらびやかな夜景ではない。

それでも琢磨は、満をじなかった。

朝には所を歩くの声が聞こえ、夕方になると柏の厨から揚げ物のにおいが漂ってくる。

広告

週末には伝い、父親の隣で皿を洗うようになった。

経営者のにはいな仕事だった。

洗剤とい湯で、指先はしずつ荒れていった。

だが琢磨は、そのを嫌いではなかった。

働いた跡が残るだった。

誰かのためにいたことが分かるだった。

「堀川さん、皿が遅いぞ」

から父親の声がんでくる。

「社にそんな言い方します?」

「ここじゃ、あんたは皿洗いだ」

料はるんですか」

「とんかつをわせてやる」

母親が笑い、綾音も吹きした。

琢磨は文句を言いながら、次の皿を洗った。

ECサイトの事業も順調に拡した。

凍とんかつは全国へ届けられるようになり、贈答品としても選ばれるようになった。

あの騒、全フーズ系列の取引先は、結局1社も琢磨の会社かられなかった。

社員の1が笑いながら言った。

「うまいもの扱ってる会社は、いんですよ」

琢磨はその言葉を聞き、以ならで笑っていたかもしれないとった。

だが今は、素直に頷くことができた。

あるの夕方、琢磨がを掃除していると、1の男の子がち止まった。

くらいだろうか。

ランドセルの端は擦れ、靴のつま先もすり減っていた。

男の子はへ入ろうとはせず、ガラス越しに、とんかつが揚がる様子をじっと見つめていた。

広告

油のがきつねに変わっていく。

父親が網ですくいげると、男の子の喉がさくいた。

琢磨は箒を持ったまま、その横顔を見つめた。

かつての自分を見ているようだった。

100円のパンを隠し、誰も来ない階段の踊りべていた

母親から渡された500円玉を握りしめ、コンビニでいものを探していた子供。

琢磨はしばらく迷ったへ声をかけた。

「綾音」

「何?」

「とんかつ、1つめに作ってくれないか」

綾音は議そうに顔をした。

琢磨の線の先にいる男の子に気づくと、何も尋ねず厨へ戻った。

数分、揚げたてのとんかつが、さな皿に乗っててきた。

琢磨は皿を持ってた。

男の子は逃げるように歩きそうとした。

「おい」

声をかけると、怯えたように振り返った。

「腹、減ってるだろ」

男の子は何も答えなかった。

っていけよ」

琢磨が皿を示すと、男の子はきく目を見いた。

「でも、お……」

「今は試だ」

「試?」

「ああ。うまいかどうか、を聞かせてくれ」

男の子は何度も琢磨と皿を見比べた。

やがて、おずおずとへ入り、カウンターの端へ座った。

綾音が箸とを置いた。

いから、ゆっくりべてね」

男の子はさく頷き、とんかつをかじった。

サクッと音がした。

その瞬、男の子の顔がぱっとるくなった。

琢磨は何も言わず、その表を見ていた。

あの頃の自分にも、こんなとんかつをしてくれるがいたら。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: