"9,000億円の離婚届" 第3話
全ては父の入院費を支払うためだった。
浩司は、私がパートへることを嫌がった。
「俺の稼ぎがないみたいで、所への体裁が悪いだろうが」
そう鳴りながらも、父の入院費は1円もさなかった。
「おの親だろ。自分の稼ぎで何とかしろよ」
それが浩司の癖だった。子も同じように、私が実へ通うたびに顔をしかめた。
「男のに嫁いできたくせに、実の世話ばかりして。本当に図々しい嫁だこと」
父が肺炎を起こし、危篤状態になったの暮れでさえ、子は容赦しなかった。
「正にお客様が来るんだから、抜きは許さないわよ」
私は凍るようなで里芋を洗いながら、台所の隅で声を殺して泣いた。それでも耐え続けたのは、私が夫たちと争えば、病の父がしむとっていたからだった。
自分のを押し殺し、庭が壊れないように必で支えてきた。しかし父は、全てお見通しだった。
段ボール箱の底から、1冊の古い学ノートがてきた。表には震える文字で、「ゆみの記録」とかれていた。
ページをめくると、父の記が細かな字で残されていた。
『55。ゆみが病院へ来た。にさな傷の跡があった。義母にいお茶をかけられたようだが、ゆみは自分でこぼしたと嘘をついた。私のでは笑っていたが、とてもしい顔をしていた』
私は唇を噛み、次のページへんだ。
広告
『1220。浩司君が3で初めて見いに来た。病に入るなり、消毒臭いと言ってをつまんだ。私の顔を1度も見ず、5分で帰っていった。あのたい男に、切なゆみを任せることはできない』
私はノートを胸へ抱きしめた。
父は、ベッドので自由にかない体を抱えながら、ずっと私を配してくれていた。娘がたい族ので、どれほどと体をすり減らしているのかを見抜いていたのだ。
涙が頬を伝った。
それは悔し涙でも、絶望の涙でもなかった。父のいに触れた、温かい涙だった。
私が3、1で耐えてきたは無駄ではなかった。父は全てを見て、覚えていてくれた。
その、茶ぶ台ののスマートフォンがるくなった。浩司からのメッセージだった。
『婚届、ちゃんと判を押しておけよ。俺は今、母さんを連れて温泉へってくる。葬式の疲れを癒やさないとな』
続けて、もう1通届いた。
『おの荷物は庭の隅に放りしておく。今の夕方までに勝に持っていけ』
父の葬儀の翌に、子と温泉旅へく。28連れ添った妻の荷物は、庭へ捨てる。
以の私なら、その画面を見てに崩れ落ちていただろう。しかし今の私は、静かにスマートフォンを伏せただけだった。
父の記の最のページには、弁護士の名刺が貼られていた。
広告
その横に、父の最の言葉が添えられていた。
『ゆみ。もうしなくていい。自分のを取り戻しなさい』
私はゆっくりちがった。
浩司たちのために泣くのは、もうやめよう。父が守ってくれた命と、しいを、あのたい親子の好きにはさせない。
婚届を丁寧に3つ折りにし、黒いカードと緒にバッグへしまった。私がこの届を提するのは、彼らの嘘が全て暴かれ、自分たちのいを悔するだ。
部の掃除を始めたところで、弁護士から話が入った。
「ゆみさん、落ち着いて聞いてください」
話の向こうの声には、静かな緊張があった。
「先ほど、りいの員から連絡がありました。浩司さんが、お父様の通帳を持っての窓へ現れたそうです」
私はにしていた雑巾をく握った。
葬儀の翌朝、名義の通帳からを引きそうとしたのだ。浩司の欲さは、私の像さえ超えていた。
「それで、どうなったんですか」
「名義のが確認されていたため、座は凍結されていました。残が3万円しかないとった浩司さんは、窓で鳴り散らしたそうです」
最には警備員を呼ばれそうになり、逃げるように帰ったらしい。たった3万円のためにで騒ぐ浩司の姿が、ありありと浮かんだ。
「ゆみさん、ご主は今、非常に焦っています」
さんの声が、さらにくなった。
「彼には、どうしてもまとまった資が必な事があるようです。
広告
おすすめ作品
-
完結第8話
消えた仕送り720万円
真冬のある日、55歳の富代は、母の暮らす古いアパートを訪ねた。 部屋の中は外と変わらないほど冷え切り、母は暖房もつけず、毛布にくるまって震えていた。冷蔵庫にはわずかな食材しかなく、長年仕送りをしてきたはずの富代は胸を痛める。 「もっと仕送りを増やすね」 そう告げた瞬間、母は不思議そうに首をかしげた。 「仕送り? 知らないけど」 12年間、毎月5万円。合計720万円。 母のために送っていたはずのお金は、どこへ消えていたのか。疑念を抱いた富代が口座を調べ直すと、そこには夫と義家族が隠し続けていた信じがたい事実があった。 仕送り先を本来の口座に変えた日から、義母、夫、義姉の態度は一変する。 なぜ彼らはそこまで焦ったのか。 凍える母の部屋から始まった違和感は、30年の結婚生活を揺るがす真実へとつながっていく――。因果応報|人生逆転|金銭問題1.2萬字5 68 -
完結第10話
車椅子妻の断罪
建築事務所の代表として成功し、銀座に複数の商業ビルを所有していた鈴木加奈。 しかし3か月前、現場での転落事故により下半身不随と診断されてから、彼女の人生は一変する。献身的な夫を演じる健二は、病室で薬に朦朧とする加奈の指を使い、財産と経営権を奪う書類に指印を押させていた。 さらに、加奈の回復の可能性を隠し、リハビリまで中止させていたことが判明する。 何も知らない患者のふりをしながら、加奈は密かに証拠を集め、夜ごと誰にも知られず足を動かす訓練を続けていた。 そして真夏のある日、健二は加奈を山奥へ連れ出す。 車椅子のブレーキを外れかけにしたまま、夫は妻を置き去りにした。 だが、夫の車が完全に見えなくなった瞬間、加奈は静かに顔を上げる。 彼女はもう、何もできない妻ではなかった――。因果応報|夫婦1.4萬字5 30 -
完結第12話
復讐とんかつの逆転便
とんかつ弁当を注文した堀川琢磨の前に現れたのは、高校時代に自分を見下していた金持ち令嬢・柏木綾音だった。 かつて高級ブランドを身につけ、貧しい琢磨を笑っていた彼女は今、実家のとんかつ店を守るため、配達員として頭を下げていた。 「お前が配達?令嬢なのに?」 復讐心に火がついた琢磨は、自分の成功を見せつけるため、何度もとんかつ弁当を注文し続ける。 だが、届く弁当の味は想像以上だった。 そしてある日、綾音が差し出した冷凍とんかつの試作品が、琢磨の運命を大きく動かしていく。 過去の屈辱、消えない傷、落ちぶれた令嬢の謝罪。 復讐のつもりで始まった注文は、やがて小さな老舗店を救い、琢磨自身の孤独な人生まで変えていく――。因果応報|人生逆転|修羅場1.7萬字5 819 -
完結第8話
藤蔵は二度生きた
1815年、武蔵国多摩郡中野村に生まれた8歳の少年・小谷田勝五郎は、ある日、兄と姉に不思議な問いを投げかけた。 「生まれる前に、どこにいたか覚えている?」 勝五郎は、自分が以前は山の向こうの程久保村で暮らす「藤蔵」という少年だったと語り始める。前の両親の名前、家の場所、亡くなった時の記憶、そして死後に見たという白い髭の老人――。 最初は家族だけの秘密だったその話は、やがて実際の村や家族の記録と重なり始める。 初めて訪れたはずの程久保村で、勝五郎は迷わず“前世の家”へ向かった。さらに、家族しか知らない出来事や、土の中に隠された小刀の場所まで言い当てていく。 これは本当に生まれ変わりなのか。 それとも、江戸時代の村に残された不思議な偶然なのか。 8歳の少年が語った記憶は、学者や文人たちの手によって記録され、やがて日本で最も有名な生まれ変わりの物語として語り継がれていく。人生逆転|真実1.2萬字5 272 -
完結第8話
愛人旅行の代償
定年の日、美和は36年間支えてきた夫・秀治のために、好物の夕食を用意して待っていた。 しかし帰宅した秀治が連れてきたのは、見知らぬ若い女性だった。 「退職金で香織と海外旅行へ行く。帰ってきたら離婚届に判を押せ」 夫はそう言い放ち、さらに美和に家を出て行くよう命じる。長年守ってきた家庭も、妻としての時間も、すべてなかったもののように扱われた美和。 だが、彼女は泣かなかった。 旅行へ向かう夫と愛人を静かに見送り、ただ一つだけ確認する。 「この家のことは、私が決めていいのね」 数日後、海外旅行から戻った秀治を待っていたのは、見慣れた玄関ではなく、ロープで囲まれた更地と「売却済み」の看板だった。 夫が知らなかった、この家の本当の持ち主。 そして美和が36年の結婚生活の最後に下した、静かな決断とは。夫婦|金銭問題1.2萬字5 6483 -
完結第11話
夫の顔と20年目の罪
8歳の事故で母と光を失った桜田はるかは、暗闇の中でピアノだけを支えに生きてきた。 父の死後、叔父に勧められるまま結婚した相手は、名門病院の跡取り息子・桜田真一。寡黙ながらも優しく、毎日花束を贈ってくれる夫を、はるかは心から信じていた。 そしてある日、20年待ち続けた角膜移植手術の順番が回ってくる。 初めて夫の顔を見られる――。 そう思って迎えた包帯を外す日。眩しい光の中で、はるかの前に立っていたのは、愛していたはずの夫とはまるで違う男だった。 「あなたは誰?」 病室に凍りつく空気。夫を名乗る男、黙り込む周囲、そして誰もが隠していた結婚の嘘。 やがてはるかは、20年前の事故と、ガーベラに隠された本当の意味へとたどり着いていく。人生逆転|夫婦|真相1.7萬字5 970