"10年目の地下室" 第1話
20041217、曜。
首都圏郊の業団にたいが吹き込み、脇に積もった落ち葉を乾いた音とともに巻きげていた。から空を覆っていたのは夜になってさらにく垂れ込み、全体を苦しく包んでいた。
その夜、製造会社「邦テック」の社員たちは、業団くの居酒で忘会をいていた。
営業部に所属する田孝介は35歳。
妻と2の子どもを持つ、ごく普通の会社員だった。真面目で数はくなかったが、取引先からの信頼はく、同僚からも頼りにされていた。
午7に始まった宴会では、今の売や取引先の話、来の事について、酒の勢いに任せた会話がび交っていた。
田も最初のうちは笑っていた。
しかし、がたつにつれ、その表からしずつ笑みが消えていった。
向かいに座っていた営業課が、何度も田の方へ線を送っていたからだった。
「田、あとでし話がある」
課は周囲に聞こえないよう、い声で言った。
「今ですか」
「ここでは話せない。2次会のでいい」
田が何を聞こうとしても、課はそれ以説しなかった。
午10を過ぎると、社員たちはくの雑居ビルに入っているカラオケへ移した。2次会に参加したのは、田と課を含む8だった。
ビル1階には24営業のコンビニがあり、カラオケはその階に入っていた。
広告
入脇に取り付けられた黒の防犯カメラには、午1042分、社員たちが笑いながら建物へ入っていく姿が映っていた。
田もそのにいた。
濃いのジャケットを着て、には黒い鞄を持っていた。
それが、族が確認できた田の最の姿となった。
付が変わる頃になると、参加者たちは1、また1とをていった。
午030分頃までに、ほとんどの社員が帰宅した。
それでも田は残っていた。
課と、もう1の同僚も内にいたとされている。
午050分、田は自宅の妻に話をかけた。
妻はすでに布団に入っていたが、枕元に置いていた携帯話の音で目を覚ました。
「もしもし。まだ終わらないの?」
『もうすぐるよ』
田の声には疲れがにじんでいた。
「みすぎてない?」
『丈夫。ちょっとにりるだけだから』
妻は眉を寄せた。
「?」
しかし、田はその問いには答えなかった。
『終わったら帰る。先に寝ていて』
通話は1分ほどで切れた。
声が震えていたわけでもない。助けを求めていたわけでもなかった。
妻も、その言葉が夫との最の会話になるとはわなかった。
午13分頃、カラオケの入が内側から施錠された。
同じ、1階のコンビニで働いていた員は、ビルの階段の照が突然消えたと証言している。
その直、建物の奥から何かがぶつかるような音が響いた。
広告
続いて、男の鳴り声が聞こえた。
だが週末の夜だった。
酔った客同士が論しているのだろうと考え、誰も様子を見にかなかった。
そして田孝介は、その夜、に帰らなかった。
翌朝、妻は午6に目を覚ました。
隣の布団は空いたままだった。
居にも、玄関にも夫の姿はなかった。靴箱のには、田が普段会社に履いていく革靴も戻っていなかった。
妻はすぐに携帯話へ連絡した。
源が切れているという械音だけが流れた。
最初は、同僚のに泊まったのかもしれないとった。酒に酔い、終を逃した能性もあった。
しかし午8を過ぎても連絡はなかった。
会社に話すると、休のため事務所には誰もいなかった。司の自宅へ連絡しても、昨夜の宴会が終わったのことは分からないと言われた。
妻は警察署へ向かった。
「昨夜、夫が忘会にったまま帰っていないんです」
担当した警察官は、田の齢や装、所持品を確認した。
「成男性ですよね」
「はい」
「何か庭内のトラブルはありませんでしたか。借や女性関係などは」
妻は首を振った。
夫婦喧嘩をすることはあっても、夫が族を捨てて消える理由などなかった。
それでも警察は、事件性を示すものがないとして、方届を受理するだけにとどめた。
同午、警察官がカラオケを訪れた。
は何事もなかったように営業していた。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 184 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 655 -
完結第12話
昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録
昭和44年、長野県の小さな駅で働く杉原修一は、最終列車を見送った夜、8万6,400円の現金とともに姿を消した。父を泥棒と呼ばれながら育った娘の美緒は、28年後、取り壊しが決まった駅舎で古い駅務日誌を発見する。そこには、父が終電の55分後、赤いランプを持って七号橋へ向かったという不可解な記録が残されていた。運休したはずの貨物列車、書き換えられた帳簿、沈黙を守る関係者たち。父はあの夜、何を知り、なぜ帰ってこなかったのか。昭和の小駅に封じられた28年間の謎を追う、家族と真実の物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|真実2.9万字5 293 -
完結第12話
雨宮停留所の黄色い傘
私は六十二歳。幼いころから、ときどき人には見えない姿や声を感じることがある。 山梨の小さな町で叔母の家を片づけていたある雨の日、廃止された停留所の水たまりに、黄色い傘を差した少年が映った。 そこで出会った老女は、四十年近く前に失踪した息子を今も待ち続けているという。 「まだ帰れない」 少年が残した言葉を手がかりに調べ始めると、破り取られたバスの運行日誌、隠された手紙、そして家族が長年伏せてきた秘密が浮かび上がる。 あの少年は、いったい何を伝えようとしているのか。日常ホラー|ミステリー|真相|親子関係2.2万字5 226 -
完結第13話
疎開から戻った娘が、再び村へ帰りたがった理由
昭和二十年の秋。戦争で夫と家を失った文江は、集団疎開から戻った十二歳の娘・幸子と、焼け跡の東京でようやく再会した。 ところが三日後、娘は突然「あの村へ帰りたい」と言い出す。母との暮らしを喜んでくれると思っていた文江は、深く傷ついた。 やがて娘の行李から見つかった一通の手紙。そこには、長野の農家で暮らす九歳の少女・千代との、切実な約束が隠されていた。 自分たちの生活さえ苦しい母娘は、その約束にどう向き合うのか。戦後の厳しい暮らしの中で、家族の絆と本当の居場所を見つめ直す、心温まる物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|親子関係2.8万字5 201 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 233 -
完結第16話
雪の空港で消えた四人と第七格納庫
1989年のクリスマスイブ、北海道の空港から四人の客室乗務員が姿を消した。車には荷物と靴だけが残され、手掛かりのないまま35年が過ぎる。 2024年、解体中の旧格納庫で隠し部屋が発見され、事件は再び動き始めた。浮かび上がったのは、空港内部を熟知し、彼女たちを密かに監視していた元整備士だった。ミステリー|真実|真相1.9万字5 1182 -
完結第14話
七年後、屋上で見つかった妻の秘密
1993年、鹿児島。自治会の帳簿を整理していた主婦・ミキは、過去の火災復旧費に不自然な水増しを見つける。調査を始めた直後、彼女は遺書とバッグだけを残して姿を消した。 投身とされた事件から七年後、マンション屋上の封鎖された旧貯水槽から、ミキと一致する人骨が発見される。ミステリー|真相|行方不明2.1万字5 407 -
完結第13話
成人式に消えた母と十三着目の振袖
2014年の成人式当日、貸衣装店から母・奈津子が消えた。店の960万円もなくなり、共に姿を消したカメラマンとの逃避行が疑われる。娘の紗季に残されたのは、「今日は署名をしないで」という謎のメモだけだった。 10年後、閉店する店の倉庫から、記録にない「13着目の振袖」が見つかる。その裾には、若い女性たちの名義で作られた高額ローン契約書と、母が隠した証拠が縫い込まれていた。ミステリー|真実|行方不明2.3万字5 371