"梅の下に眠る不動産王" 第9話
静の目がわずかにいた。
「私は8、何もできませんでした。ですから警察官としてではなく、私個の願いです。教えてください。ご主は、どこへったのですか?」
静は志垣を見た。
その目に初めて、何かいものがいた。
「刑事さん。梅をご覧になりましたか?」
志垣は顔をげた。
「庭の梅ですか?」
「はい。今は、よく咲きました」
「毎咲くのですか?」
「あのは、私が何もしなくても毎咲きます」
静の声は穏やかだった。
「でも私はをやります。毎朝」
志垣には、言葉のが分からなかった。
静はちがった。
「お茶を入れ直します。めてしまいました」
「いえ、私は……」
「めたお茶はいけません」
静はそう言って、台所へ向かおうとした。
志垣はその背へ声をかけた。
「めたお茶を、私は見たことがあります」
静のが止まった。
「8の314の朝です。ご主の机のに、みかけのお茶がありました。表面に膜が張っていました」
静は背を向けたままかなかった。
「あれは、の晩のお茶でした」
い沈黙の、静はさく答えた。
「そうでしたか」
それだけ言い、部をた。
志垣は1、座敷へ残された。
閉ざされた障子の向こうに、梅のがある。
毎咲きます。
私が何もしなくても。
でも私はをやります。
毎朝。
その言葉をので繰り返した、志垣の背筋をたいものがゆっくりいがった。
広告
静は答えなかったのではない。
すでに答えていたのだ。
8から、ずっと。
だが、触だけでは刑事はけない。
志垣は1995の捜査資料が入った17箱の段ボールを、もう度最初から調べ始めた。
1目の夕方、いのファイルを見つけた。
「参考資料 交通関照会結果」
当、宇井が利用した能性のある鉄、バス、タクシーの記録を集めたものだった。捜査本部は誘拐を提にしていたため、ほとんど詳しく調べられていない。
50枚以あるタクシー乗務報ので、志垣の指が止まった。
「313午1140分頃、1丁目付乗。京駅洲。1名。男性。齢」
から京駅までは2キロほどしかない。歩いて20分程度の距を、なぜタクシーに乗ったのか。
志垣は記載された会社へ連絡し、当の運転を探した。
運転はすでに退職していたが、埼玉県内の団で暮らしていた。
「この方を覚えておられますか?」
志垣が宇井の写真を差しすと、70歳の元運転・渡辺は鏡を押しげ、しばらく写真を見つめた。
「ああ。覚えてますよ」
8の、晩だけの客である。
志垣が驚くと、渡辺はテレビで何度も顔を見たからだと説した。
「警察へは?」
「会社に言いました。報もしてありますから、警察へ伝わったとってました」
提はされていた。
そして、当の係が赤いペンで「該当なし」
広告
といていた。
志垣はくをげた。
「すみません。どんな様子でしたか?」
渡辺は井を見げ、記憶を探した。
宇井はの通りに、背筋を伸ばしてっていた。荷物はなく、等なコートだけを着ていた。
「京駅の洲までと言われました」
「急いでいる様子でしたか?」
「逆です。私がいから急いでろうとしたら、途で言われたんです。ゆっくりでいいと」
宇井は内で、ずっと窓のを見ていた。
首をゆっくりかし、夜のに並ぶビルを1棟ずつ確かめるように。
「洲へ着いた、1万円札をされました。釣りはいらないと」
「それ以に、何か話しましたか?」
渡辺はしばらく黙った、湯呑みのを覗き込むようにして言った。
「変なことをおっしゃったんです」
「何と?」
「今で終わりにするんだ、と」
志垣は京駅へ向かった。
指定席の記録には、宇井源郎の名はなかった。だが遺失物台帳を調べると、314の欄に記録が残っていた。
「午620分、洲待所。男性用コート1着」
保管期限切れで現物は処分されていたが、内ポケットの内容が細かく記されていた。
現。薬。古い鍵。
そして、京発久保沢きの乗券。
使用付印はなかった。
切符は使われていない。
宇井は京駅までき、始発を待つにコートを置き、列へ乗らずに姿を消した。
だが翌朝、社代慎介は形の墓で宇井を見ている。
何かがわない。
志垣はを順番に並べた。
313午920分、本社をる。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 187 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 675 -
完結第12話
昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録
昭和44年、長野県の小さな駅で働く杉原修一は、最終列車を見送った夜、8万6,400円の現金とともに姿を消した。父を泥棒と呼ばれながら育った娘の美緒は、28年後、取り壊しが決まった駅舎で古い駅務日誌を発見する。そこには、父が終電の55分後、赤いランプを持って七号橋へ向かったという不可解な記録が残されていた。運休したはずの貨物列車、書き換えられた帳簿、沈黙を守る関係者たち。父はあの夜、何を知り、なぜ帰ってこなかったのか。昭和の小駅に封じられた28年間の謎を追う、家族と真実の物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|真実2.9万字5 296 -
完結第12話
雨宮停留所の黄色い傘
私は六十二歳。幼いころから、ときどき人には見えない姿や声を感じることがある。 山梨の小さな町で叔母の家を片づけていたある雨の日、廃止された停留所の水たまりに、黄色い傘を差した少年が映った。 そこで出会った老女は、四十年近く前に失踪した息子を今も待ち続けているという。 「まだ帰れない」 少年が残した言葉を手がかりに調べ始めると、破り取られたバスの運行日誌、隠された手紙、そして家族が長年伏せてきた秘密が浮かび上がる。 あの少年は、いったい何を伝えようとしているのか。日常ホラー|ミステリー|真相|親子関係2.2万字5 250 -
完結第13話
疎開から戻った娘が、再び村へ帰りたがった理由
昭和二十年の秋。戦争で夫と家を失った文江は、集団疎開から戻った十二歳の娘・幸子と、焼け跡の東京でようやく再会した。 ところが三日後、娘は突然「あの村へ帰りたい」と言い出す。母との暮らしを喜んでくれると思っていた文江は、深く傷ついた。 やがて娘の行李から見つかった一通の手紙。そこには、長野の農家で暮らす九歳の少女・千代との、切実な約束が隠されていた。 自分たちの生活さえ苦しい母娘は、その約束にどう向き合うのか。戦後の厳しい暮らしの中で、家族の絆と本当の居場所を見つめ直す、心温まる物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|親子関係2.8万字5 241 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 233 -
完結第16話
雪の空港で消えた四人と第七格納庫
1989年のクリスマスイブ、北海道の空港から四人の客室乗務員が姿を消した。車には荷物と靴だけが残され、手掛かりのないまま35年が過ぎる。 2024年、解体中の旧格納庫で隠し部屋が発見され、事件は再び動き始めた。浮かび上がったのは、空港内部を熟知し、彼女たちを密かに監視していた元整備士だった。ミステリー|真実|真相1.9万字5 1182 -
完結第14話
七年後、屋上で見つかった妻の秘密
1993年、鹿児島。自治会の帳簿を整理していた主婦・ミキは、過去の火災復旧費に不自然な水増しを見つける。調査を始めた直後、彼女は遺書とバッグだけを残して姿を消した。 投身とされた事件から七年後、マンション屋上の封鎖された旧貯水槽から、ミキと一致する人骨が発見される。ミステリー|真相|行方不明2.1万字5 411 -
完結第13話
成人式に消えた母と十三着目の振袖
2014年の成人式当日、貸衣装店から母・奈津子が消えた。店の960万円もなくなり、共に姿を消したカメラマンとの逃避行が疑われる。娘の紗季に残されたのは、「今日は署名をしないで」という謎のメモだけだった。 10年後、閉店する店の倉庫から、記録にない「13着目の振袖」が見つかる。その裾には、若い女性たちの名義で作られた高額ローン契約書と、母が隠した証拠が縫い込まれていた。ミステリー|真実|行方不明2.3万字5 373