"水槽裏の金歯" 第2話
厨では照の部が消され、奥は暗に包まれていた。
恵子の背は、そののへゆっくりと消えていった。
それが、積会の仲たちが見た最の姿となった。
30分が過ぎても、恵子は戻ってこなかった。
最初は誰も気に留めなかった。腹の調子を崩したのか、話がかかってきたのだろうと考えていたからだ。
しかし試が終わり、料理の皿が片付けられても、恵子の席だけは空いたままだった。
義子がちがった。
「し見てくるわ」
トイレの扉はいていた。
には誰もいなかった。
義子は厨にいたの佐藤浩司に尋ねた。
「浩司さん、恵子を見なかった?」
佐藤は皿を洗うを止め、首を横に振った。
「トイレにったは見ていません」
仲たちは恵子の携帯話に何度もかけた。
呼びし音は鳴ったが、応答はなかった。
自宅にも連絡した。親戚のにも話をかけた。
それでも恵子の方は分からなかった。
400万円の入ったバッグとともに、1の女性が築の夜から消えていた。
翌朝になっても恵子は帰宅しなかった。
夫の健は警察署へ駆け込み、方届を提した。顔は青ざめ、声は震えていた。
「妻が昨夜から戻っていません。400万円を持ったままです」
担当者は事を聞きながら、淡々と記録を取った。
成女性がを持って姿を消したという状況から、警察は当初、計画なの能性を考えた。
広告
夫婦関係や借、別の男性のについて調べる必があると判断したのである。
しかも当はワールドカップの期だった。
警備や群衆理にくの警察官が員され、失踪事件に割ける員は限られていた。
だが、恵子が消えてから数、状況はきく変わった。
夜9頃、酒に酔った健が鮮居酒へ乗り込んだ。
「おい、!」
営業を終えた内に、健の鳴り声が響いた。
「俺の妻はここでどうなったんだ!」
佐藤浩司は片付けのを止めた。
「田さん、落ち着いてください。私も分からないんです」
「最にいたのはここなんだぞ!」
健は子を蹴り倒し、テーブルの皿をへ投げつけた。割れた陶器の音が、静かな内に何度も響いた。
さらに厨へ押し入り、佐藤の胸ぐらをつかんだ。
「お、何かっているんじゃないのか」
通報を受けた警察官が駆けつけ、健は暴の現犯で取り押さえられた。
その、警察官の1が厨の異変に気づいた。
面がで濡れていた。
特にシンクと型槽の周囲は、つい先ほど量のを流したように浸しになっていた。さらに、を刺すほどい塩素系漂剤の臭いが漂っていた。
「なぜ、こんなに漂剤を使っているんですか」
警察官が尋ねると、佐藤はエプロンでを拭きながら答えた。
「ですから。
広告
魚の臭いと虫を防ぐために、毎晩掃除しているんですよ」
説は自然ではなかった。
魚を扱うでは、い洗剤を使うことも珍しくない。現の警察官たちは、暴れる健を連することに識を取られ、厨を詳しく調べなかった。
血液反応を確認する検査もわれなかった。
もし厨に何らかの痕跡が残されていたとしても、そのすでに量の漂剤によって洗い流されていた。
捜査が本格化すると、健の過が調べられた。
彼は刻なギャンブル依に陥り、族の活費にまでをつけていた。夫婦喧嘩も絶えず、事件当の朝には、恵子にを求して暴力を振るったという証言まで現れた。
居酒の従業員も証言した。
「宴会の、健さんがのをうろついていました。『殺してやる』と独り言を言っていたのを聞きました」
さらに、健の袖から赤い染みが見つかった。
だが鑑定の結果、それはの血ではなく、魚の血だった。
それでも警察は、健を最力容疑者と見た。
妻をのへ呼びして襲い、400万円を奪ったのではないか。の周辺には防犯カメラがほとんどなく、ワールドカップでがあふれていたため、目撃者を探すことも困難だった。
「恵子は子供を置いて逃げるような女じゃありません」
取調で、健は繰り返した。
「のために姿を消すなんて、絶対にあり得ない」
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 187 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 675 -
完結第12話
昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録
昭和44年、長野県の小さな駅で働く杉原修一は、最終列車を見送った夜、8万6,400円の現金とともに姿を消した。父を泥棒と呼ばれながら育った娘の美緒は、28年後、取り壊しが決まった駅舎で古い駅務日誌を発見する。そこには、父が終電の55分後、赤いランプを持って七号橋へ向かったという不可解な記録が残されていた。運休したはずの貨物列車、書き換えられた帳簿、沈黙を守る関係者たち。父はあの夜、何を知り、なぜ帰ってこなかったのか。昭和の小駅に封じられた28年間の謎を追う、家族と真実の物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|真実2.9万字5 296 -
完結第12話
雨宮停留所の黄色い傘
私は六十二歳。幼いころから、ときどき人には見えない姿や声を感じることがある。 山梨の小さな町で叔母の家を片づけていたある雨の日、廃止された停留所の水たまりに、黄色い傘を差した少年が映った。 そこで出会った老女は、四十年近く前に失踪した息子を今も待ち続けているという。 「まだ帰れない」 少年が残した言葉を手がかりに調べ始めると、破り取られたバスの運行日誌、隠された手紙、そして家族が長年伏せてきた秘密が浮かび上がる。 あの少年は、いったい何を伝えようとしているのか。日常ホラー|ミステリー|真相|親子関係2.2万字5 250 -
完結第13話
疎開から戻った娘が、再び村へ帰りたがった理由
昭和二十年の秋。戦争で夫と家を失った文江は、集団疎開から戻った十二歳の娘・幸子と、焼け跡の東京でようやく再会した。 ところが三日後、娘は突然「あの村へ帰りたい」と言い出す。母との暮らしを喜んでくれると思っていた文江は、深く傷ついた。 やがて娘の行李から見つかった一通の手紙。そこには、長野の農家で暮らす九歳の少女・千代との、切実な約束が隠されていた。 自分たちの生活さえ苦しい母娘は、その約束にどう向き合うのか。戦後の厳しい暮らしの中で、家族の絆と本当の居場所を見つめ直す、心温まる物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|親子関係2.8万字5 241 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 233 -
完結第16話
雪の空港で消えた四人と第七格納庫
1989年のクリスマスイブ、北海道の空港から四人の客室乗務員が姿を消した。車には荷物と靴だけが残され、手掛かりのないまま35年が過ぎる。 2024年、解体中の旧格納庫で隠し部屋が発見され、事件は再び動き始めた。浮かび上がったのは、空港内部を熟知し、彼女たちを密かに監視していた元整備士だった。ミステリー|真実|真相1.9万字5 1182 -
完結第14話
七年後、屋上で見つかった妻の秘密
1993年、鹿児島。自治会の帳簿を整理していた主婦・ミキは、過去の火災復旧費に不自然な水増しを見つける。調査を始めた直後、彼女は遺書とバッグだけを残して姿を消した。 投身とされた事件から七年後、マンション屋上の封鎖された旧貯水槽から、ミキと一致する人骨が発見される。ミステリー|真相|行方不明2.1万字5 411 -
完結第13話
成人式に消えた母と十三着目の振袖
2014年の成人式当日、貸衣装店から母・奈津子が消えた。店の960万円もなくなり、共に姿を消したカメラマンとの逃避行が疑われる。娘の紗季に残されたのは、「今日は署名をしないで」という謎のメモだけだった。 10年後、閉店する店の倉庫から、記録にない「13着目の振袖」が見つかる。その裾には、若い女性たちの名義で作られた高額ローン契約書と、母が隠した証拠が縫い込まれていた。ミステリー|真実|行方不明2.3万字5 373