"10年目のボイラー室" 第7話
次第に2の声がきくなった。
それが2階の宿泊客が聞いたという、男2の声だった。
「言いいになりました」
取り調べで、佐藤は俯いた。
「私も腹がっていました。田さんも帰ろうとして……」
佐藤はへ向かおうとした田を止めた。
田が振り払う。
佐藤も押し返した。
そのだった。
田は体勢を崩し、ろへ倒れた。
鈍い音がした。
がベッドの角にぶつかったという。
「すぐに駆け寄りました」
佐藤の声は震えていた。
「何度も呼びました。肩も揺すりました。でもかなかった」
呼吸も確認した。
反応はなかった。
そこで佐藤は恐怖に襲われた。
119番へ話しようとも考えた。
事故だったと説すればいい。
しかし、その考えよりも先に、別の恐怖が膨らんだ。
旅館で客がくなったとられたら、商売が終わる。
警察が来れば、に広まる。
すでに苦しい旅館が完全に潰れる。
「怖くなったんです」
佐藤は両で顔を覆った。
「何をしていいのか分からなくなった」
そして、最も違った選択をした。
助けを求めるのではなく、田を隠そうと決めた。
佐藤は田の体を毛布で包んだ。
昼にかせば誰かに見られるため、そのまま夜になるまで待った。
宿泊客たちが寝静まった夜。
佐藤は1で田を部から運びした。
廊を通り、建物の奥へむ。
そしてボイラーへ運び込んだ。
広告
狭い階段で何度もを止めた。
それでも誰かを呼ぶことはなかった。
ボイラーのにあるを壊し、を掘った。
数かかったという。
夜がけ始める頃。
ようやく穴を作り終えた。
佐藤はそこへ田を埋めた。
翌朝、自分でセメントを買いにった。
田には「ボイラーが故障した」「漏れの修理だ」と説し、をセメントで覆わせた。
田は何もらずに作業した。
だから10の事聴取でも、「自分はらない」としか言えなかった。
警察は佐藤の妻も呼びした。
妻は最初、何もらないと言った。
しかし事聴取がむにつれ、涙を流し始めた。
「事件のから眠れなくなったそうですね」
刑事が尋ねた。
妻は黙って頷いた。
「どんなを見ていたんですか」
しばらくして、妻は声を絞りした。
「ボイラーです」
刑事のが止まった。
「ずっと、あの所がにてきました」
妻は直接、佐藤が田を埋めるところを見たわけではなかった。
しかし、あの曜の夜、夫の様子がおかしかったことには気づいていた。
夜まで何度もボイラーへ入りしていた。
も汚れていた。
翌朝になると、突然セメントを買いにった。
「何をしているのか聞こうといました」
妻の目から涙が落ちた。
「でも、聞くのが怖かったんです」
翌から夫は何もなかったように旅館の仕事を始めた。
広告
警察が来ても、田がどこへったのか分からないと話した。
妻は真実を確かめようとしなかった。
確かめてしまえば、それまでの活に戻れなくなる気がしたからだ。
夫婦は互いに何も言わないまま過ごした。
それが10続いた。
佐藤が旅館を売った理由も、経営難だけではなかった。
「もう、あの建物にいられなかったんです」
佐藤は取り調べでそう語った。
夜になるたびに、ボイラーのがかられなかった。
廊を歩けば、田を運んだ夜をいした。
械の音を聞けば、そののに田がいることをいした。
旅館を売って町へ移れば忘れられるとった。
しかし、忘れることはできなかった。
「酒もみました」
佐藤はを抱えた。
「でも何をしても、あののことばかり考えました。10、ずっとです」
それでも警察には言わなかった。
自分から名乗りることもしなかった。
真実がらかになったのは、旅館が取り壊され、偶然を掘り返されたからだった。
3に及ぶ取り調べの末、佐藤は全てを認めた。
そして最に、さな声で繰り返した。
「申し訳ない」
「田さんに申し訳ない」
「ご族にも……本当に申し訳ない」
しかし、その言葉で10が戻ることはなかった。
佐藤は起訴された。
捜査と供述の内容から、最初から田を殺害する目で争ったのではなく、論の末に起きた来事だったと判断された。
佐藤には傷害致と、そのに田を隠した為について責任が問われることになった。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
昭和51年、帰宅目前で消えた25歳女性社員
「一人で静かに帰りたいので、大丈夫です」 昭和51年、25歳のみち子は飲み会のあと、一人でタクシーへ乗った。 運転手は、彼女を自宅からわずか50メートルの場所で降ろした。 「夜遅くにありがとうございました」 それが、みち子を見た最後の証言だった。 布団は朝まで誰にも使われず、通帳も着替えも部屋に残っていた。 上司と同僚には不自然な空白時間があったが、何も見つからなかった。 そして9年後。 亡くなった上司の娘が、遺品のアルバムを開いた。 失踪当夜の宴会写真の次に、見知らぬ和室を写した一枚が貼られていた。 机の上には、黒い女性用のハンドバッグ。 写真の裏には、みち子が消えた数日後の日付が押されていた。昭和|ミステリー|真相1.7万字5 244 -
完結第10話
昭和63年、消えたいちご農園主――3年後の古い倉庫
「分かった。じゃあ、2時頃に行く」 昭和63年4月5日、いちご農園主の夫は、一本の電話を受けて家を出た。 「夕飯までには戻る」 それが、家族が聞いた最後の言葉になった。 通帳も印鑑も着替えも、すべて家に残されていた。 夫の手帳には、乱れた字で二行だけ書かれていた。 《佐藤さんの件、今日で決める》 《2時 古い倉庫》 しかし名前の挙がった男は、電話も面会も否定した。 倉庫の持ち主も、最初は「会っていない」と証言した。 夫の行方が分からないまま、3年が過ぎた。 そして倉庫の取り壊し当日、周囲と色の違う床へ重機の刃が入った。昭和|ミステリー|真相1.5万字5 35 -
完結第12話
合格発表の日、父が消えた
「お父さん、合格したよ」 2010年3月6日、18歳の栞が大学合格を知った日、父は帰ってこなかった。 勤務先の金庫からは480万円が消え、父のロッカーには仙台行きの新幹線切符が残されていた。 《もう父親でいる資格がない。二人で暮らしてくれ》 さらに大学には、栞が試験問題を買ったという匿名の告発まで届いた。 栞は合格を辞退し、父は金を持ち逃げした男として消息を絶った。 それから14年後。 閉鎖された予備校の隠し書庫から、栞の名前が書かれた答案用紙が見つかる。 封筒には、不可解な一文が添えられていた。 《本人は受験せず》 答案の文字は栞の筆跡ではなかった。 そして母は、14年間隠していた白い目覚まし時計を差し出した。 その修理票には、父が乗ったはずの新幹線が出た「32分後」の受付時刻が記されていた。ミステリー|真相1.8万字5 2124 -
完結第11話
13歳の娘だけ、保険証にいなかった
「お母ちゃん、どうして私の名前だけないの?」 昭和36年、藤井家に届いた新しい国民健康保険証。 父、母、10歳の弟、7歳の弟――家族全員の名前が並んでいた。 けれど13歳の美津子だけが、どこにも載っていなかった。 母は保険証を取り上げ、「役場の間違いだから」と隠した。 父も黙ったまま、一度も娘の顔を見なかった。 不安になった美津子は、翌朝一人で役場へ向かった。 職員は台帳をめくると、急に表情を曇らせた。 「お母さんと一緒に来た方がいい」 「私、藤井美津子ですよね?」 返事はなかった。 そして最後に、職員は重い口調で告げた。 「あなたは、修一さんと和子さんの戸籍には入っていないんだよ」 その夜、美津子が「私は誰の子なの」と問い詰めると、母は13年間隠してきた女性の名前を口にした。歴史|昭和|ミステリー1.6万字5 525 -
完結第11話
最終列車で消えた18歳
昭和63年、廃線前夜の最終列車に乗った18歳の娘が、途中で姿を消した。 終点に着いた車内には、旅行鞄と赤いマフラーだけが残されていた。 鞄の上には、駅長の父へ宛てた短い手紙。 《お父さんの決めた人生には戻りません》 娘は名古屋の短期大学へ進学する予定だったが、父は直前になって猛反対していた。 それから35年、娘の行方は分からないまま父は亡くなった。 翌年、解体中の旧駅で、伝言板の裏から薄い鉄箱が見つかる。 中には娘の受験票、12通の手紙、診断書、通帳、そして古い録音テープ。 受験票の裏には、失踪8日後の日付でこう記されていた。 《本人来校。入学辞退の意思なし》 ところが、その2日後には父の署名入りの辞退届が提出されていた。 さらに鉄箱から出てきた最終列車の切符には、改札鋏の痕が一つもなかった――。ミステリー|真相|行方不明1.6万字5 448 -
完結第11話
卒業3か月前に消えた娘
1995年11月、卒業まであと3か月だった富山大学4年生・大山蓮子が、突然消息を絶った。 家には財布も読みかけの本も残されていた。ところが、半年以上かけて集めた卒業論文の取材資料だけが、すべて消えていた。 蓮子は都市開発で土地を手放した住民たちを訪ね、補償金の記録を調べていた。失踪前、友人には「土地のお金を調べていたら、生きている人たちの話が出てきた」と漏らしている。 下宿に残された地図には、土地買収が行われた3つの地域を示す赤い丸。そして古い行政資料から浮かんだ担当者の名前は、失踪前夜に蓮子と口論していた叔父・達夫だった。 達夫には完璧なアリバイがあり、捜査はやがて縮小される。しかし6年後、赤い丸がつけられた土地の工事現場から、二重の袋で守られた2枚の書類が見つかった。 余白には蓮子の筆跡で、こう記されていた。 《単価に不自然な変更あり》 そして最後に――《担当者 大山達夫》。ミステリー|真相|行方不明1.6万字5 1128 -
完結第11話
合格発表の日、父は消えた
2003年3月8日、19歳の佐伯千春は第一志望の大学に合格した。ところが、その夜に祝うはずだった父・正雄は、勤務中のタクシーと黄色いチューリップだけを残して姿を消す。 車内には千春の合格通知書があり、料金メーターに残された最後の走行距離は43キロ。しかし、なぜか運賃は「0円」だった。さらに父のロッカーからは、《千春には大学を諦めてもらうしかない》と書かれたメモまで見つかる。 多額の借金を知った千春は進学を断念し、父に捨てられたという思いを抱えたまま20年を生きてきた。 2023年、廃業したタクシー会社の倉庫から、父が最後に運転した27号車が発見される。壊れた料金メーターを解析すると、正雄が失踪前の18か月間、毎月同じ施設から同じ乗客を乗せ、東京まで運んでいた記録が残されていた。 そして後部座席から見つかったのは、《佐伯千春》と印刷された一枚の生徒証。しかし、そこに写っていた少女は千春ではなかった。父はなぜ、見知らぬ少女へ娘と同じ名前を与え、合格発表の日に彼女を乗せたのか――。ミステリー|真実|真相1.6万字5 1538 -
完結第12話
消印は失踪の3日後
1996年、岐阜県北部の山あいの町で、配達中の女性郵便局員・小沢真紀が突然姿を消した。 郵便バイクは旧バス停のそばで見つかり、翌朝には河原で制服帽も発見された。警察は川への転落を疑ったが、真紀の姿はどこにもなかった。 それから25年後、閉鎖された旧郵便局の壁の中から、真紀の職員番号が書かれた郵便袋が見つかる。中には、亡くなったはずの人々に関する記録と、真紀が失踪3日後に投函した一通の手紙が残されていた。 そこに書かれていたのは、息子・拓海へ向けた不可解な指示。 「年賀状を全部調べて」 母は本当に川で消えたのか。なぜ死者の名前で年賀状が届き続けていたのか。そして父は、25年間何を隠していたのか。 届かなかった手紙が、長い沈黙の奥に封じられた真実を少しずつ暴いていく――。ミステリー|行方不明1.8万字5 309