"白タク墓参り" 第4話
私はゆっくり鞄の底へを差し入れた。
指先が触れたのは、誠が持たせてくれた携帯話だった。
いざというは録音。
何度も教えられた順を、画面を見ずに指だけでなぞる。
度、指先が滑った。
本当にいているかどうか確認したかったが、を見れば自然にわれるかもしれない。
お願い。
いていてちょうだい。
私はのでそう祈りながら、録音ボタンを押した触を信じた。
しばらくすると、鞄ので携帯話が震えた。
着信だった。
私は画面をわずかに確認した。
美。
藤波へ声をかける。
「嫁からだわ。ても構わないかしら?」
藤波は瞬、探るようにこちらを見た。
しかしすぐに笑顔へ戻る。
「どうぞ」
私は話をへ当てた。
「もしもし」
「お母さん、今どこですか?」
美の声にはらかな緊張があった。
私は藤波に怪しまれないよう、わざと穏やかに答える。
「ええ、ええ。丈夫でございますよ。私は先に送っていただきますから」
話の向こうが静かになった。
私は続けた。
「どうぞ、お先にお帰りになっていてちょうだいな」
いつもの私なら、美へこんな丁寧な話し方はしない。
「ございますよ」
「お帰りになって」
そんな言葉を美に使ったことなど、度もなかった。
それだけで気づいてくれるはず。
藤波がルームミラー越しにこちらを見た。
私はすぐに付け加えた。
広告
「がいものだからね。いつも通りの声で話させてちょうだい」
話の向こうで、美が数秒黙った。
やがて、はっきりと答えた。
「分かりました」
それだけだった。
通話は切れた。
私は携帯話を鞄へ戻し、帯のの懐計へ触れた。
蓋を指先でく。
針を見ると、へ着いていてもおかしくないをとうに過ぎていた。
窓のを流れている景も見慣れたものではない。
商もない。
川沿いのでもない。
いつのにか、はへ入っていた。
々のが濃くなり、の根すら見えなくなる。
差しされた名刺は断れば自然だとい、私は内ポケットへ入れた。
狙いは私。
そして。
の扉へそっと指をかけてみたが、にびりられるはずもない。
その、藤波の懐で携帯話が鳴った。
男は片で話を取り、そのままへ当てる。
で波が悪いのか、話す声が次第にきくなった。
「ええ。こちらは順調です」
しが空く。
話の向こうの男の声まで、途切れ途切れに部座席へ漏れてきた。
「期限が迫ってるんだ」
藤波がく答える。
「はい」
「が落ちるまでに片をつけろ。荒くても構わん。引に押さえろ」
私は息を殺した。
「ええ」
「案じるな。だ。はつかん」
最に、藤波がさく誰かの名を呼んだ。
聞き取れなかった。
けれど、話から漏れた粘りつくような声には覚えがあった。
広告
この数、がのを買い取ろうとして何度も接触してきたげ業者。
断るたびに玄関へ嫌がらせの張りが貼られたこともあった。あるには男が直接へ押しかけ、声を荒らげて売却を迫った。
その男の名は、沼田だった。
再発の着がいという噂は聞いていた。
周囲のはほとんど買収が済み、最まで残っているのが私のだった。
だから期限に追われている。
だから私の権利と実印が必なのだ。
馴染みのタクシーの帰り便だけが取り消されていたこと。
墓のへ都よくいが現れたこと。
嫁の悪を吹き込み、司法士を紹介し、権利を預けろと言ったこと。
偶然と呼ぶには、すべてが来すぎていた。
鞄の底では、録音が続いているはずだった。
今の話も残っていてくれればいい。
私は膝のへ置いた両をく握りたくなるのを堪えた。
今朝、袖を引いた柚のさなの温かさをいす。
「ばあば、お、柚が持つ」
あの声。
美。
隆志。
誠。
守りたいものを1つずつい浮かべているうちに、恐怖はしずつ覚悟へ変わっていった。
そしてもう1つ、いしたことがあった。
墓の段ので、柚がき写していた数字。
あれは、このいのナンバーだった。
「さて、どうしましょうかねえ」
わず独り言が漏れた。
藤波が振り返る。
「何かおっしゃいました?」
「いいえ。の景がきれいだとっただけよ」
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
断髪新郎の逆転婚礼
抗がん剤治療で髪を失った彩佳は、唯一の家族である兄・健太の結婚式に出席することになった。 両親を亡くしてから、兄妹2人で支え合って生きてきた彩佳。兄の幸せを心から願い、母の形見のスカーフを巻いて式場へ向かう。 しかし、兄嫁の母・礼子は、そんな彩佳を見た瞬間、冷たい言葉を投げつけた。 「その頭で親戚席に座る気なの?」 病気の妹は縁起が悪い。式に出るな。兄との縁も切れ――。 追い詰められた彩佳の前に現れた健太は、笑顔のまま静かに言い放つ。 「では、新郎ごと帰りますか?」 その一言で礼子の顔色は変わった。 だが本当の反撃は、披露宴で用意されていた“新郎新婦、最初の共同作業”から始まる。兄弟姉妹|修羅場1.7萬字5 0 -
完結第9話
ブサ婿の正体
毒親に支配され、家の借金を返すための道具として生きてきた長嶋咲。 父は恐怖で縛り、母は涙で罪悪感を植えつける。進学も、仕事も、お金も、すべて親の都合で奪われてきた咲は、ついに資産家の息子・御堂剛との結婚まで勝手に決められてしまう。 相手は地味で冴えない男性。愛情などない、ただの取引結婚――咲はそう割り切るしかなかった。 しかし結婚初夜、2人きりになった途端、剛は静かに口を開く。 「実は俺、7年前からあなたのことを知っていました」 差し出されたのは、両親の借金に関する書類。そして、咲自身も忘れかけていた冬の夜の記憶だった。 利用するつもりだった結婚相手は、本当に咲を縛る人間なのか。 それとも、初めて彼女を自由にしてくれる人なのか。 これは、誰にも見てもらえなかった2人が、遠回りの果てに互いを選び直す物語。夫婦|親子関係1.4萬字5 0 -
完結第10話
勘違い常連の末路
51歳独身の佐々木博行は、結婚相談所を使うことに強い抵抗を持っていた。 「出会いは自然であるべきだ」 そう信じる彼は、自分から女性に近づくことはせず、いつか相手の方から気づいてくれるのを待ち続けていた。 そんなある日、駅前の書店で、女性店員・水野佳奈に声をかけられる。 探していた本を案内され、会計で笑顔を向けられ、前に買った本のことまで覚えていてくれた。佐々木にとって、それはただの接客ではなく、“自分だけに向けられた特別な好意”に思えた。 やがて彼は、何度も書店へ通い、佳奈だけを探すようになる。 しかし、彼女が伝えた「夫がいる」という一言さえ、佐々木の中では別の意味に変わっていく。 親切な接客。 覚えられていた注文。 何気ない笑顔。 それらを恋愛の始まりだと信じた男が、最後に見つけた“次の自然な出会い”とは――。真実|修羅場1.5萬字5 90 -
完結第9話
喪服の離婚届
父の三回忌法要へ行きたい。 ただそれだけの願いを、姑は「嫁なら婚家を優先しなさい」と切り捨て、夫・誠治は離婚届を投げつけて脅した。 「一歩でも外に出てみろ。その時は終わりだ」 10年間、夫と姑の顔色をうかがい、実家とのつながりさえ遠ざけられてきた由佳。けれど、亡き父を侮辱されたその瞬間、彼女の中で何かが静かに切れた。 由佳は黙って離婚届にサインし、そのまま家を出る。 夫はまだ知らなかった。 自分が見下してきた妻の実家が、実は彼の勤める会社と深く関わっていたことを。そして、隠してきた不正の証拠が、すでに集められていたことを。 翌朝、誠治がいつものように会社のゲートへ社員証をかざした時、扉は開かなかった――。因果応報|夫婦1.4萬字5 386 -
完結第7話
親友に夫を譲った日
家事、育児、義母の介護、そしてパート。 小島弥生は10年間、夫・友幸の家庭を支えるために、休む暇もなく働き続けてきた。 そんなある日、出張から戻ったはずの夫が、突然リビングで土下座する。 「お前の親友を妊娠させた」 隣にいたのは、大学時代から親友だと思っていた舞子だった。舞子は悪びれるどころか、勝ち誇った顔で言い放つ。 「旦那はもらうから、あんたは出ていって」 しかし弥生は泣き崩れることも、怒鳴ることもしなかった。 「喜んで」 そう答えた彼女は、実は5年前からすべてを知っていた。夫の裏切りも、親友の本性も、そして自分が見下され続けていたことも。 証拠、住まい、収入、義母の行き先。 すべての準備を終えた弥生が静かに家を出た3日後、舞子から血相を変えた電話がかかってくる。 奪ったはずの夫には、もう何も残っていなかった――。夫婦|熟年離婚1.1萬字5 1107 -
完結第9話
捨てた妻の春
離婚したその日、吉田静香は妊娠3ヶ月だった。 夫・城戸隼人は初恋の女性と再婚するため、静香の涙にも気づかず離婚協議書に判を押した。そこには「婚姻中の子供なし」と記されていたが、静香のお腹には、すでに小さな命が宿っていた。 引き止めることも、告げることもせず、静香は1人で子供を産む決意をする。 生まれた息子・春を抱きしめながら、彼女は小さな写真館「時間」を開き、母として、写真家として、懸命に生きていった。 それから12年後。 春の卒業式に、成功した実業家となった隼人が来賓として現れる。何も知らないままステージに立った彼の前に、花束を抱えた1人の少年が歩み寄った。 その顔を見た瞬間、隼人の表情が凍りつく。 失った時間は、どれだけ金を積んでも戻らない。 12年越しに明かされる真実が、彼の人生を静かに崩していく――。夫婦|不倫1.4萬字5 956 -
完結第8話
魚臭い嫁の30万円返し
寿司屋に嫁いだ私を、兄夫婦は新築祝いに呼ばなかった。 理由は「新しい家が魚臭くなるのは嫌だから」。それなのに兄は、当然のように電話でこう言った。 「祝い金だけ口座に入れろ。30万な」 あまりの非常識さに、私は兄からの連絡を無視することにした。 しかし1年後、兄嫁が突然、私の家の前で土下座してきた。見下していたはずの寿司屋に、どうしても入れてほしいと言うのだ。 その理由を聞いた時、私は兄夫婦が新築祝いで金を集めたかった本当の事情を知ることになる。 魚臭いと笑った仕事が、最後に兄夫婦の運命を大きく変えていく――。裡切られた|嫁姑|修羅場1.2萬字5 563 -
完結第9話
喪服の隠し子
病弱だった妹・ユキが、結婚からわずか2年で突然この世を去った。 最愛の妹を見送る葬儀の最中、姉のサチは偶然、妹の夫・タクが誰かに電話している声を聞いてしまう。 「子供は大丈夫だ。バレてない」 ユキとタクの間に子供はいない。けれど亡くなる直前、ユキは確かにサチへ何かを伝えようとしていた。 「実家……子供がいる……」 妹が最後に残した謎の言葉。葬儀中に聞いた夫の不審な電話。そして、誰もいないはずの義実家にいた若い女性と幼い子供。 全てがつながった時、サチは初めて知る。 妹はただ病に倒れたのではない。夫とその家族に、何年も残酷な秘密を隠され続けていたのだ。 妹が最後まで伝えようとした真実を暴くため、サチは静かに動き出す。因果応報|人生逆転1.3萬字5 1989 -
完結第11話
赤ワインの逆転離婚
因果応報|夫婦1.6萬字5 1800