"300億を捨てた相場師" 第2話
「そういったものは切ございません」
「みを買うような相は?」
みつ子はわずかに首を傾けた。
「主は、付きいのないでしたから」
どの答えにも自然なところはない。
それなのに矢島は、妙な違を覚えた。
みつ子は落ち着きすぎていた。
連れ添った夫が忽然と消えたというのに、取り乱す様子がない。
しんでいないわけではない。
ただ、その声にはどこか距があった。
やがて娘の直子も到着した。
30代の直子は母親によく似ていた。
父親が消えたと聞いて駆けつけたはずなのに、彼女もまた静かだった。
母と娘は同じソファに座っていながら、寄り添うでもなく、目をわせるでもない。
それぞれが別の何かを胸のに抱えているようだった。
この族は何かをっている。
あるいは、何かを語っていない。
矢島は古びた帳を取りし、さな文字でいた。
「族、よそよそしい。理由あり。確認」
そのが、6に再び事件をかすことになるとは、このの矢島にはる由もなかった。
夕方、台から桑原の町を見ろすと、商や団の窓に1つずつかりが灯り始めていた。
どこからか夕飯の匂いが漂ってくる。
その温かな常のから、300億円もの財産を持つ男が、何も持たずに消えた。
矢島は夕に染まるりんご畑を見つめた。
広告
「梶常……あんたは、体どこへったんだ」
答える者はいなかった。
たいだけが、台を静かに吹き抜けていった。
翌から捜査は本格化した。
桑原警察署にさな捜査班が置かれ、矢島をに刑事たちが町を歩き始めた。
しかし最初から壁にぶつかった。
遺体はない。
争った痕跡もない。
脅迫話もない。
座からがいた形跡さえなかった。
事件なのか、事故なのか、自ら姿を消したのか。
その判断すらできなかった。
「とにかくで探すしかない」
矢島は若い刑事たちに言った。
まず駅の商を回った。
昔ながらの百や肉、品が肩を寄せるように並ぶさな商だった。
蕎麦の主に常の写真を見せると、男は首を傾けた。
「ああ、台のきなお敷のですよね。顔はっていますよ。でも、うちに来たことは度もありません」
魚でも同じだった。
「礼儀正しいだったけどねえ。誰かと楽しそうに話しているところは見たことないね」
品の老も言った。
「あれだけの持ちなのに、妙に寂しそうなだったよ」
聞けば聞くほど、奇妙な物像が浮かびがった。
300億円とも言われる財産。
町では誰もが名をっている。
それなのに、親しい友が1もいない。
矢島は域の駐所にもを運んだ。
この域を見てきた配の巡査は、写真を見つめながら首をひねった。
広告
「梶さんねえ……私もいことここにおりますけど、あののことはよくらんのですよ」
「昔から桑原にいたではないんですか?」
「それがね、気がついたら台にを建ててんでいた、というじなんです。それ以のことをっている者は、この町にはほとんどおらんでしょう」
矢島はその言葉を帳にき留めた。
巨額の財を築いた男なのに、その過をるがいない。
梶常という物のは、どこかで突然始まったように見えた。
捜査はまで続いた。
がり、りんご畑の枝から葉が落ちても、がかりはてこなかった。
預座は失踪、1円もいていない。
株式座も完全に止していた。
何もをかし続けた男が、そのを境にから消えた。
そんな、唯気になる証言が見つかった。
内にある古い県営団での目撃報だった。
昭期に建てられた、くすんだの4階建ての団。
失踪の数、その建物ので常らしい男を見たという女性がいた。
「ええ。派ななりの方でした」
初老の女性は言った。
「ずっと団を見げていたんです。何というか……ひどくい詰めたような顔で」
調べてみると、さらに驚くべき事実が分かった。
その団は、若い頃の常が暮らしていた所だった。
まだ財産もなく、世に名をられるはるか以。
彼はそこにあるさな部で活していた。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
昭和51年、帰宅目前で消えた25歳女性社員
「一人で静かに帰りたいので、大丈夫です」 昭和51年、25歳のみち子は飲み会のあと、一人でタクシーへ乗った。 運転手は、彼女を自宅からわずか50メートルの場所で降ろした。 「夜遅くにありがとうございました」 それが、みち子を見た最後の証言だった。 布団は朝まで誰にも使われず、通帳も着替えも部屋に残っていた。 上司と同僚には不自然な空白時間があったが、何も見つからなかった。 そして9年後。 亡くなった上司の娘が、遺品のアルバムを開いた。 失踪当夜の宴会写真の次に、見知らぬ和室を写した一枚が貼られていた。 机の上には、黒い女性用のハンドバッグ。 写真の裏には、みち子が消えた数日後の日付が押されていた。昭和|ミステリー|真相1.7万字5 5663 -
完結第10話
昭和63年、消えたいちご農園主――3年後の古い倉庫
「分かった。じゃあ、2時頃に行く」 昭和63年4月5日、いちご農園主の夫は、一本の電話を受けて家を出た。 「夕飯までには戻る」 それが、家族が聞いた最後の言葉になった。 通帳も印鑑も着替えも、すべて家に残されていた。 夫の手帳には、乱れた字で二行だけ書かれていた。 《佐藤さんの件、今日で決める》 《2時 古い倉庫》 しかし名前の挙がった男は、電話も面会も否定した。 倉庫の持ち主も、最初は「会っていない」と証言した。 夫の行方が分からないまま、3年が過ぎた。 そして倉庫の取り壊し当日、周囲と色の違う床へ重機の刃が入った。昭和|ミステリー|真相1.5万字5 95 -
完結第12話
合格発表の日、父が消えた
「お父さん、合格したよ」 2010年3月6日、18歳の栞が大学合格を知った日、父は帰ってこなかった。 勤務先の金庫からは480万円が消え、父のロッカーには仙台行きの新幹線切符が残されていた。 《もう父親でいる資格がない。二人で暮らしてくれ》 さらに大学には、栞が試験問題を買ったという匿名の告発まで届いた。 栞は合格を辞退し、父は金を持ち逃げした男として消息を絶った。 それから14年後。 閉鎖された予備校の隠し書庫から、栞の名前が書かれた答案用紙が見つかる。 封筒には、不可解な一文が添えられていた。 《本人は受験せず》 答案の文字は栞の筆跡ではなかった。 そして母は、14年間隠していた白い目覚まし時計を差し出した。 その修理票には、父が乗ったはずの新幹線が出た「32分後」の受付時刻が記されていた。ミステリー|真相1.8万字5 2389 -
完結第11話
13歳の娘だけ、保険証にいなかった
「お母ちゃん、どうして私の名前だけないの?」 昭和36年、藤井家に届いた新しい国民健康保険証。 父、母、10歳の弟、7歳の弟――家族全員の名前が並んでいた。 けれど13歳の美津子だけが、どこにも載っていなかった。 母は保険証を取り上げ、「役場の間違いだから」と隠した。 父も黙ったまま、一度も娘の顔を見なかった。 不安になった美津子は、翌朝一人で役場へ向かった。 職員は台帳をめくると、急に表情を曇らせた。 「お母さんと一緒に来た方がいい」 「私、藤井美津子ですよね?」 返事はなかった。 そして最後に、職員は重い口調で告げた。 「あなたは、修一さんと和子さんの戸籍には入っていないんだよ」 その夜、美津子が「私は誰の子なの」と問い詰めると、母は13年間隠してきた女性の名前を口にした。歴史|昭和|ミステリー1.6万字5 628 -
完結第11話
最終列車で消えた18歳
昭和63年、廃線前夜の最終列車に乗った18歳の娘が、途中で姿を消した。 終点に着いた車内には、旅行鞄と赤いマフラーだけが残されていた。 鞄の上には、駅長の父へ宛てた短い手紙。 《お父さんの決めた人生には戻りません》 娘は名古屋の短期大学へ進学する予定だったが、父は直前になって猛反対していた。 それから35年、娘の行方は分からないまま父は亡くなった。 翌年、解体中の旧駅で、伝言板の裏から薄い鉄箱が見つかる。 中には娘の受験票、12通の手紙、診断書、通帳、そして古い録音テープ。 受験票の裏には、失踪8日後の日付でこう記されていた。 《本人来校。入学辞退の意思なし》 ところが、その2日後には父の署名入りの辞退届が提出されていた。 さらに鉄箱から出てきた最終列車の切符には、改札鋏の痕が一つもなかった――。ミステリー|真相|行方不明1.6万字5 474 -
完結第11話
卒業3か月前に消えた娘
1995年11月、卒業まであと3か月だった富山大学4年生・大山蓮子が、突然消息を絶った。 家には財布も読みかけの本も残されていた。ところが、半年以上かけて集めた卒業論文の取材資料だけが、すべて消えていた。 蓮子は都市開発で土地を手放した住民たちを訪ね、補償金の記録を調べていた。失踪前、友人には「土地のお金を調べていたら、生きている人たちの話が出てきた」と漏らしている。 下宿に残された地図には、土地買収が行われた3つの地域を示す赤い丸。そして古い行政資料から浮かんだ担当者の名前は、失踪前夜に蓮子と口論していた叔父・達夫だった。 達夫には完璧なアリバイがあり、捜査はやがて縮小される。しかし6年後、赤い丸がつけられた土地の工事現場から、二重の袋で守られた2枚の書類が見つかった。 余白には蓮子の筆跡で、こう記されていた。 《単価に不自然な変更あり》 そして最後に――《担当者 大山達夫》。ミステリー|真相|行方不明1.6万字5 1138 -
完結第11話
合格発表の日、父は消えた
2003年3月8日、19歳の佐伯千春は第一志望の大学に合格した。ところが、その夜に祝うはずだった父・正雄は、勤務中のタクシーと黄色いチューリップだけを残して姿を消す。 車内には千春の合格通知書があり、料金メーターに残された最後の走行距離は43キロ。しかし、なぜか運賃は「0円」だった。さらに父のロッカーからは、《千春には大学を諦めてもらうしかない》と書かれたメモまで見つかる。 多額の借金を知った千春は進学を断念し、父に捨てられたという思いを抱えたまま20年を生きてきた。 2023年、廃業したタクシー会社の倉庫から、父が最後に運転した27号車が発見される。壊れた料金メーターを解析すると、正雄が失踪前の18か月間、毎月同じ施設から同じ乗客を乗せ、東京まで運んでいた記録が残されていた。 そして後部座席から見つかったのは、《佐伯千春》と印刷された一枚の生徒証。しかし、そこに写っていた少女は千春ではなかった。父はなぜ、見知らぬ少女へ娘と同じ名前を与え、合格発表の日に彼女を乗せたのか――。ミステリー|真実|真相1.6万字5 1551 -
完結第12話
消印は失踪の3日後
1996年、岐阜県北部の山あいの町で、配達中の女性郵便局員・小沢真紀が突然姿を消した。 郵便バイクは旧バス停のそばで見つかり、翌朝には河原で制服帽も発見された。警察は川への転落を疑ったが、真紀の姿はどこにもなかった。 それから25年後、閉鎖された旧郵便局の壁の中から、真紀の職員番号が書かれた郵便袋が見つかる。中には、亡くなったはずの人々に関する記録と、真紀が失踪3日後に投函した一通の手紙が残されていた。 そこに書かれていたのは、息子・拓海へ向けた不可解な指示。 「年賀状を全部調べて」 母は本当に川で消えたのか。なぜ死者の名前で年賀状が届き続けていたのか。そして父は、25年間何を隠していたのか。 届かなかった手紙が、長い沈黙の奥に封じられた真実を少しずつ暴いていく――。ミステリー|行方不明1.8万字5 314