"恩に沈む猛獣舎" 第3話
誰も話していない。
全員が、猛獣舎の方向を見ていた。
「最初に見つけた方は?」
「僕です」
椎名が歩へた。
顔がい。
「案内してください」
猛獣舎へ入った瞬、沖野のに濃い獣臭がまとわりついた。
裸球の。
の央。
黒い靴。
沖野は、そので止まった。
「これ、誰も触ってませんね」
「はい。見つけたから、そのままです」
沖野はしゃがみ込んだ。
古い靴だった。
とが真っすぐ平に置かれ、つま先の向きまで揃っている。
彼は数秒、それを見続けた。
胸の奥に、さな違が落ちた。
「妙やな……」
「え?」
「いや」
横には飼育帳。
かれたページには、917という付だけ。
「郡さんは、どんなですか」
「この園で1番古いです。27おってです」
「27」
「僕が入ったには、もう20以ここにいました」
沖野はちがった。
鉄の内扉へをかける。
かない。
「これ、から掛かってますね」
「はい」
「にがおらんと掛からん?」
「掛かりません」
沖野は覗き窓から通を見た。
暗い。
誰もいない。
その、彼はもう1度靴を見た。
なぜ揃っている。
飼育員が脱いだにしても、作業ならこんな置き方はしない。
虎に襲われたなら、なおさらだ。
引きずられたの靴が、これほど丁寧に並ぶはずがない。
やがて宝塚警察署から刑事たちが到着した。
園は、同じ説を繰り返した。
「虎です。郡が油断したんです」
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刑事の1が尋ねる。
「現、虎はどこに?」
「寝です」
「もしを襲ったなら、どうやってそこへ戻ったんです」
は瞬黙った。
「虎いうんは、そういうもんです」
沖野は部の隅でその会話を聞いていた。
午9過ぎには、物園付きの獣医師である古が呼ばれた。
古はまずタイガの様子を観察した。
麻酔は使わなかった。
檻越しに体全体を見て、元や爪の状態も確かめる。
「普通ですね」
「普通?」
「体調も、も」
続いて、分と当分の糞を回収した。
バケツへ入れ、の作業台で1つずつヘラを使って崩していく。
沖野もその横にっていた。
古は何も言わず、をかけた。
虎の寝。
作業通。
排溝。
。
壁。
血液反応も確認された。
昼を回った頃。
事務棟へ戻ってきた古が、タオルでを拭きながら言った。
「虎ではありません」
が顔をげた。
「何やて?」
「虎ではありません」
「まだ消化されとらんだけと違うんか」
「違います」
古の声は静かだった。
「虎がをべれば、必ず糞に残ります。骨を噛み砕いたとしても、歯や爪、毛髪など、消化されないものがる」
は黙った。
古は続けた。
「それに、痕跡がなさすぎます」
「痕跡?」
「虎は片付けをしません」
事務棟が静まり返った。
「を襲えば血はびます。にも壁にも排にも残る。で流したとしても反応はます。
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しかし、何もない」
沖野は、無識に息を吐いていた。
タイガではない。
あの14歳の虎は、何もしていなかった。
寝の隅で腹をさせながら眠っていた、ただそれだけだった。
だが堵した直、沖野の胸の底から別の覚が湧いてきた。
虎でないなら。
誰が。
午から本格な捜索が始まった。
丘の斜面を警察官と消防団員が横列になってむ。
腰まであるを棒でかき分け、1歩ずつりた。
園内の倉庫、資料、職員宅。
使われていないまで調べた。
何もなかった。
夕方。
原付を押しながら坂をりた沖野は、商のパンので主に声をかけられた。
「駐さん。物園、何かあったんか」
「がおらんようになりまして」
主はしばらく黙った。
「郡さんか」
沖野は驚いた。
「ってはるんですか?」
「そらっとる」
主はのを振り返った。
「毎週な、曜の朝に来るんや」
「毎週?」
「パン2つ。それだけ買うて帰る。30くや」
「話はされるんですか?」
「せえへん。わしも話しかけたことない」
主はシャッターへをかけた。
「何も喋らんやった」
その夜。
駐所の机で、沖野はそのいた帳を読み返した。
靴。
揃えて置かれていた。
つま先は扉。
飼育帳、付のみ。
内扉、内側から施錠。
虎、異常なし。
血痕なし。
最に、沖野は1だけいた。
なぜ揃えたのか。
ボールペンの先が、そこで止まった。
奥の部から、まだ幼い娘の声が聞こえていた。
妻が寝かしつけている。
では、もう蝉ではなくの虫が鳴いていた。
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