"湖底の白衣" 第8話
薬のこと。
族のこと。
通院が難しいこと。
最まで、患者を気にかけていた。
林はそのを読んで泣いた。
「先らしいです」
それ以の言葉がなかった。
失踪、林は恵美子の変化に気づいていた。
しかしを理解できなかった。
以よりく勤する。
遅くまで残る。
往診を増やす。
患者のを握るがくなる。
診察を終えた子供を、以よりく抱きしめる。
当は全て「優しい先だから」とっていた。
21には、それらが別れを識していたのだったのではないかと考えるようになった。
「気づけなかったんです」
事件解決の取材で、林はそう話した。
「毎隣にいたのに」
同じように自分を責めた医師がいた。
クリニックのくで働いていた斎藤医師だった。
「失踪する3週ほど、田先から変な質問をされたことがあります」
斎藤はい、そのことを誰にも話していなかった。
「医師がいうつ状態になった、周りはどう気づくのか、と聞かれたんです」
斎藤は当、それを学術な質問だとった。
患者について相談しているのかもしれない。
研究の参考にしたいのかもしれない。
その程度に考えた。
「今なら分かります。あれは彼女なりの助けを求める言葉だったのかもしれません」
医師という。
患者からの信頼。
広告
同僚から期待されるさ。
それらが、恵美子自に「っている」と言わせなかった。
斎藤は、医療従事者ほど自分の調を隠すことがあると訴えるようになった。
「病気を診る側のも、病気になるんです」
「医師だから耐えられるわけではない」
恵美子の事件は、医療従事者のの健康について考えるきっかけの1つとなった。
周囲から見れば仕事を続けられている。
患者へ笑顔を向けられている。
能力も落ちていない。
だから丈夫。
そう決めつけることの危険が語られるようになった。
伯母も取材を受けた。
すでに齢になっていたが、恵美子を責める言葉は度もにしなかった。
「苦しかったんでしょうね」
静かにそう話した。
「私に言ってくれたらといます。でも、言えなかったんでしょう」
恵美子は子供の頃から真面目だった。
勉にもを抜かない。
周囲をばせようとする。
誰かに褒められれば、もっと頑張る。
失敗すると必以に自分を責めた。
その性格が医師としての細やかな診療につながった方で、自分へ厳しすぎる部分にもつながっていたのではないか。
伯母はそう考えた。
「のためなら、いくらでも頑張れる子でした」
「でも、自分のために休むのがだった」
その言葉は、くの医療関係者のに残った。
恵美子の元患者からも、次々とが寄せられた。
広告
子供の頃に診てもらった。
齢になった親を診てもらった。
往診へ来てもらった。
そのに、失踪当8歳だった佐藤真理子という女性がいた。
真理子は、のポケットにさな飴を入れていた優しい先として恵美子を覚えていた。
「注射が怖くて泣いていたら、先がずっとを握ってくれました」
になり、自分も子供を持った真理子は、聞へを送った。
田先の優しさが、自分の子供への接し方に響したこと。
を怖がらせないよう話を聞く切さを教えてもらったこと。
そして、あれほどをさせていたが、1で苦しんでいたことをって胸が痛んだこと。
同じようなが何百通も集まった。
恵美子は自分を救うことができなかった。
それでも彼女の診療によって助けられたは、確かにしていた。
田恵美子の事件がらかになると、医療界では医師自のメンタルヘルスについて議論が広がった。
勤務。
責任。
失敗できないという圧力。
さを見せれば医師として信頼されなくなるのではないかという恐怖。
恵美子が隠し続けたものは、彼女1だけの問題ではないのではないか。
そう考える医療関係者が増えていった。
医学や若い医師に、自分自のの状態を確認することの性を教える取り組みが始まった。
医療従事者が部へられることを恐れず相談できる窓も、しずつえられていった。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
昭和51年、帰宅目前で消えた25歳女性社員
「一人で静かに帰りたいので、大丈夫です」 昭和51年、25歳のみち子は飲み会のあと、一人でタクシーへ乗った。 運転手は、彼女を自宅からわずか50メートルの場所で降ろした。 「夜遅くにありがとうございました」 それが、みち子を見た最後の証言だった。 布団は朝まで誰にも使われず、通帳も着替えも部屋に残っていた。 上司と同僚には不自然な空白時間があったが、何も見つからなかった。 そして9年後。 亡くなった上司の娘が、遺品のアルバムを開いた。 失踪当夜の宴会写真の次に、見知らぬ和室を写した一枚が貼られていた。 机の上には、黒い女性用のハンドバッグ。 写真の裏には、みち子が消えた数日後の日付が押されていた。昭和|ミステリー|真相1.7万字5 6539 -
完結第18話
消えた交換手と鳴らなかった電話
昭和49年の雪の夜、電話交換手の澄子が姿を消した。十三歳の娘・和枝は、母が家族を捨てたという噂を聞きながら育つ。十九年後、取り壊された交換局から届いた勤務簿には、失踪の夜、澄子が自宅へかけようとして《接続不能》になった通話が記されていた。 和枝が調べ始めると、家の電話線が刃物で切られていたこと、澄子が高齢者宅への灯油配達をめぐる不正を追っていたことが分かる。母は家族を守ろうと町を離れたが、その後も帰れなかった理由には、父の沈黙と、澄子自身のためらいが重なっていた。 ようやく母と再会した和枝は、生きていてくれた喜びと、置き去りにされた寂しさの両方を抱える。十九年を一度の会話で埋めることはできない。それでも二人は、次に話す日を自分たちで決める。雪の日につながらなかった電話が、今度は確かに母へ届く。昭和|ミステリー|真相2.7万字5 236 -
完結第10話
昭和63年、消えたいちご農園主――3年後の古い倉庫
「分かった。じゃあ、2時頃に行く」 昭和63年4月5日、いちご農園主の夫は、一本の電話を受けて家を出た。 「夕飯までには戻る」 それが、家族が聞いた最後の言葉になった。 通帳も印鑑も着替えも、すべて家に残されていた。 夫の手帳には、乱れた字で二行だけ書かれていた。 《佐藤さんの件、今日で決める》 《2時 古い倉庫》 しかし名前の挙がった男は、電話も面会も否定した。 倉庫の持ち主も、最初は「会っていない」と証言した。 夫の行方が分からないまま、3年が過ぎた。 そして倉庫の取り壊し当日、周囲と色の違う床へ重機の刃が入った。昭和|ミステリー|真相1.5万字5 130 -
完結第12話
合格発表の日、父が消えた
「お父さん、合格したよ」 2010年3月6日、18歳の栞が大学合格を知った日、父は帰ってこなかった。 勤務先の金庫からは480万円が消え、父のロッカーには仙台行きの新幹線切符が残されていた。 《もう父親でいる資格がない。二人で暮らしてくれ》 さらに大学には、栞が試験問題を買ったという匿名の告発まで届いた。 栞は合格を辞退し、父は金を持ち逃げした男として消息を絶った。 それから14年後。 閉鎖された予備校の隠し書庫から、栞の名前が書かれた答案用紙が見つかる。 封筒には、不可解な一文が添えられていた。 《本人は受験せず》 答案の文字は栞の筆跡ではなかった。 そして母は、14年間隠していた白い目覚まし時計を差し出した。 その修理票には、父が乗ったはずの新幹線が出た「32分後」の受付時刻が記されていた。ミステリー|真相1.8万字5 2644 -
完結第11話
13歳の娘だけ、保険証にいなかった
「お母ちゃん、どうして私の名前だけないの?」 昭和36年、藤井家に届いた新しい国民健康保険証。 父、母、10歳の弟、7歳の弟――家族全員の名前が並んでいた。 けれど13歳の美津子だけが、どこにも載っていなかった。 母は保険証を取り上げ、「役場の間違いだから」と隠した。 父も黙ったまま、一度も娘の顔を見なかった。 不安になった美津子は、翌朝一人で役場へ向かった。 職員は台帳をめくると、急に表情を曇らせた。 「お母さんと一緒に来た方がいい」 「私、藤井美津子ですよね?」 返事はなかった。 そして最後に、職員は重い口調で告げた。 「あなたは、修一さんと和子さんの戸籍には入っていないんだよ」 その夜、美津子が「私は誰の子なの」と問い詰めると、母は13年間隠してきた女性の名前を口にした。歴史|昭和|ミステリー1.6万字5 645 -
完結第11話
最終列車で消えた18歳
昭和63年、廃線前夜の最終列車に乗った18歳の娘が、途中で姿を消した。 終点に着いた車内には、旅行鞄と赤いマフラーだけが残されていた。 鞄の上には、駅長の父へ宛てた短い手紙。 《お父さんの決めた人生には戻りません》 娘は名古屋の短期大学へ進学する予定だったが、父は直前になって猛反対していた。 それから35年、娘の行方は分からないまま父は亡くなった。 翌年、解体中の旧駅で、伝言板の裏から薄い鉄箱が見つかる。 中には娘の受験票、12通の手紙、診断書、通帳、そして古い録音テープ。 受験票の裏には、失踪8日後の日付でこう記されていた。 《本人来校。入学辞退の意思なし》 ところが、その2日後には父の署名入りの辞退届が提出されていた。 さらに鉄箱から出てきた最終列車の切符には、改札鋏の痕が一つもなかった――。ミステリー|真相|行方不明1.6万字5 503 -
完結第11話
卒業3か月前に消えた娘
1995年11月、卒業まであと3か月だった富山大学4年生・大山蓮子が、突然消息を絶った。 家には財布も読みかけの本も残されていた。ところが、半年以上かけて集めた卒業論文の取材資料だけが、すべて消えていた。 蓮子は都市開発で土地を手放した住民たちを訪ね、補償金の記録を調べていた。失踪前、友人には「土地のお金を調べていたら、生きている人たちの話が出てきた」と漏らしている。 下宿に残された地図には、土地買収が行われた3つの地域を示す赤い丸。そして古い行政資料から浮かんだ担当者の名前は、失踪前夜に蓮子と口論していた叔父・達夫だった。 達夫には完璧なアリバイがあり、捜査はやがて縮小される。しかし6年後、赤い丸がつけられた土地の工事現場から、二重の袋で守られた2枚の書類が見つかった。 余白には蓮子の筆跡で、こう記されていた。 《単価に不自然な変更あり》 そして最後に――《担当者 大山達夫》。ミステリー|真相|行方不明1.6万字5 1141 -
完結第11話
合格発表の日、父は消えた
2003年3月8日、19歳の佐伯千春は第一志望の大学に合格した。ところが、その夜に祝うはずだった父・正雄は、勤務中のタクシーと黄色いチューリップだけを残して姿を消す。 車内には千春の合格通知書があり、料金メーターに残された最後の走行距離は43キロ。しかし、なぜか運賃は「0円」だった。さらに父のロッカーからは、《千春には大学を諦めてもらうしかない》と書かれたメモまで見つかる。 多額の借金を知った千春は進学を断念し、父に捨てられたという思いを抱えたまま20年を生きてきた。 2023年、廃業したタクシー会社の倉庫から、父が最後に運転した27号車が発見される。壊れた料金メーターを解析すると、正雄が失踪前の18か月間、毎月同じ施設から同じ乗客を乗せ、東京まで運んでいた記録が残されていた。 そして後部座席から見つかったのは、《佐伯千春》と印刷された一枚の生徒証。しかし、そこに写っていた少女は千春ではなかった。父はなぜ、見知らぬ少女へ娘と同じ名前を与え、合格発表の日に彼女を乗せたのか――。ミステリー|真実|真相1.6万字5 1575