"嘘を握った右手" 第3話
本は眉をひそめた。
「倉庫なんて何も使ってないからな」
鈴は老が指したをしばらく見つめた。
が沈み、再びが腹を覆い始めていた。
の溜まった轍に、細かな波紋が広がっている。
捜索はその夜も続いた。
翌から警察、消防、消防団、をわせて100を超える数がへ入った。
5。
何もなかった。
だが1013の夜。
捜索に加わっていた警察犬が、沢へる坂の途で突然ち止まった。
ハンドラーがへませようとしたが、犬はく唸って退した。
しばらくして端のへをづける。
次の瞬、狂ったように面を掻き始めた。
古いタイヤ跡が残っていた。
乾燥倉庫からり、農業廃棄物の集積へ続く方向だった。
鈴がライトで斜面を照らした。
黒いビニール。
破れた肥料袋。
腐った枝。
農薬容器。
の溜まった窪み。
警察犬はそこへづこうとしなかった。
ゴミのへ向かってを見せ、く唸り続ける。
が吹いた。
鈴はを突く匂いをじた。
腐った野菜でも、んだ物でもない。
鈴は無線を取った。
「現を封鎖しろ」
しを置く。
「鑑識と掘削班を呼べ。誰も触るな」
渡辺刑事が横から見た。
「ですか」
鈴は暗いゴミのを見つめたまま答えた。
「能性がある」
翌14午635分。
夜けの沢は黒い布のように底を流れていた。
広告
は止んでいたが、湿ったが面くに残っている。
警察が持ち込んだ照が、農業廃棄物の集積を青く照らした。
規制線の。
肥料袋。
黒いビニール。
腐った材。
農薬容器。
その角だけ、のが違った。
のにはい油膜が浮かび、がくたびに異臭がちった。
鑑識班の渡辺が防護姿で鈴へ言った。
「作業で掘ります。は使いません」
「全部写真を撮れ。袋1枚、枝1本も捨てるな」
に積まれたの枝を取り除いていく。
すぐに自然さが分かった。
枝は自然に落ちたものではない。
似たさのものがねられ、そのへ遮幕と古い肥料袋が何層にも置かれている。
何かを隠すためだった。
幕のから赤いがた。
周囲より柔らかい。
掘り返すと、砕かれたわさびの根やに混じって、黒い細い繊維が見えた。
午718分。
1の鑑識員がを止めた。
「待ってください」
の隙。
の布。
作業着の袖のようだった。
渡辺が慎にを払う。
黒く変した指が現れた。
現が静まり返る。
誰も声をさなかった。
首にはい圧迫跡がある。
繊維の破片も付着していた。
鈴は無線を取った。
「族に連絡。ただし現には入れるな」
そのの発掘は、さらに慎にわれた。
遺体は黒い遮幕でに包まれ、側から緑のプラスチック紐を巻かれていた。
広告
内側にはわさび栽培用のネット。
両腕は背へ回され、首にはナイロンロープ。
も縛られている。
だけが、異様に固く握られていた。
鑑識員は無理にかなかった。
指の隙から、黒いい髪の毛が数本見えていたからだ。
髪の部には乾いた皮膚組織らしいものも付着していた。
「格闘したんでしょうか」
渡辺が呟く。
鈴の線は、者のかられなかった。
最まで握りしめていたもの。
それは、んだが残した最初の証拠だった。
午9頃。
田美紀が現くへ到着した。
警察は規制線かられた仮設テントへ案内した。
をりたから、美紀は何かを察しているようだった。
「見つかったんですか」
鈴はすぐには答えなかった。
「元確認が必です」
「兄です」
「まだ断定はできません」
美紀は鈴の背へ目を向けた。
黒い幕。
鑑識員。
何度もる撮用フラッシュ。
「兄には……唇のに傷があります」
鈴が見る。
「子供の頃、割れた瓶で切った傷です」
「確認します」
午1022分。
遺体は病院へ運ばれた。
状態は悪かったが、唇のには古い傷痕が残っていた。
薬指にはの指輪。
内側に「K.T」の刻印がある。
美紀はガラス越しに兄を確認した。
最初は言葉がなかった。
顔は変わっていても、の甲にあるさな傷跡、の形を見れば分かった。
「……そうです」
声はほとんど聞こえない。
「兄です」
その瞬、美紀の膝から力が抜けた。
女性警察官が腕を支える。
広告
おすすめ作品
-
完結第19話
昭和54年、消えた母の集金袋
昭和54年の集金日、商店街の積立金86万4千円とともに母・澄江が姿を消した。金を持ち逃げしたという噂を残したまま17年。娘の直子は、父の遺品から「返すこと」と書かれた千円札を見つけ、古い帳簿を調べ始める。 調査で見つかった受領書は、澄江が集金した全額を会計担当の大竹へ渡していたことを示していた。大竹は会費の使い込みを隠すため、澄江が倉庫の点検槽へ落ちた夜に救助を呼ばず、失踪後も嘘を重ねていた。ただし、転落の瞬間に何が起きたかは分からない。 直子と弟の修司は母の汚名を晴らし、積立金の記録と返金先を調べ直す。帳簿に残った「集金係の未入金」という記述も訂正された。直子は母の集金袋を店の棚に戻し、修司と並んで帰り道を歩く。時代|昭和|ミステリー|真相2.8万字5 71 -
完結第12話
昭和51年、帰宅目前で消えた25歳女性社員
「一人で静かに帰りたいので、大丈夫です」 昭和51年、25歳のみち子は飲み会のあと、一人でタクシーへ乗った。 運転手は、彼女を自宅からわずか50メートルの場所で降ろした。 「夜遅くにありがとうございました」 それが、みち子を見た最後の証言だった。 布団は朝まで誰にも使われず、通帳も着替えも部屋に残っていた。 上司と同僚には不自然な空白時間があったが、何も見つからなかった。 そして9年後。 亡くなった上司の娘が、遺品のアルバムを開いた。 失踪当夜の宴会写真の次に、見知らぬ和室を写した一枚が貼られていた。 机の上には、黒い女性用のハンドバッグ。 写真の裏には、みち子が消えた数日後の日付が押されていた。昭和|ミステリー|真相1.7万字5 6677 -
完結第18話
消えた写真屋の父が残した一本のビデオ
昭和62年の運動会の日、写真館を営む信吾が姿を消した。店から商店街の預かり金200万円もなくなり、家族を捨てて逃げたと疑われる。8年後、娘の由美は運動会のビデオの続きに、失踪したはずの父が午後4時過ぎ、道路計画をめぐって時計店主と口論する姿を見つけた。 由美が調べると、道路の調査資料は書き換えられ、父はそれを示す写真を守ろうとしていたことが分かる。一方で信吾は生きており、家族に連絡できる時期になっても帰らなかった。母の千鶴も、子どもを守るつもりで映像と自分が受け取った金のことを隠していた。 真相が明らかになっても、失われた8年は戻らない。由美と千鶴は新しい写真の店を開き、信吾とは時間をかけて会い直す。由美は今の家族をそれぞれの居場所で撮り、自分の写った一枚も店の棚に置いた。昭和|ミステリー|真相2.7万字5 144 -
完結第18話
消えた交換手と鳴らなかった電話
昭和49年の雪の夜、電話交換手の澄子が姿を消した。十三歳の娘・和枝は、母が家族を捨てたという噂を聞きながら育つ。十九年後、取り壊された交換局から届いた勤務簿には、失踪の夜、澄子が自宅へかけようとして《接続不能》になった通話が記されていた。 和枝が調べ始めると、家の電話線が刃物で切られていたこと、澄子が高齢者宅への灯油配達をめぐる不正を追っていたことが分かる。母は家族を守ろうと町を離れたが、その後も帰れなかった理由には、父の沈黙と、澄子自身のためらいが重なっていた。 ようやく母と再会した和枝は、生きていてくれた喜びと、置き去りにされた寂しさの両方を抱える。十九年を一度の会話で埋めることはできない。それでも二人は、次に話す日を自分たちで決める。雪の日につながらなかった電話が、今度は確かに母へ届く。昭和|ミステリー|真相2.7万字5 1224 -
完結第10話
昭和63年、消えたいちご農園主――3年後の古い倉庫
「分かった。じゃあ、2時頃に行く」 昭和63年4月5日、いちご農園主の夫は、一本の電話を受けて家を出た。 「夕飯までには戻る」 それが、家族が聞いた最後の言葉になった。 通帳も印鑑も着替えも、すべて家に残されていた。 夫の手帳には、乱れた字で二行だけ書かれていた。 《佐藤さんの件、今日で決める》 《2時 古い倉庫》 しかし名前の挙がった男は、電話も面会も否定した。 倉庫の持ち主も、最初は「会っていない」と証言した。 夫の行方が分からないまま、3年が過ぎた。 そして倉庫の取り壊し当日、周囲と色の違う床へ重機の刃が入った。昭和|ミステリー|真相1.5万字5 213 -
完結第12話
合格発表の日、父が消えた
「お父さん、合格したよ」 2010年3月6日、18歳の栞が大学合格を知った日、父は帰ってこなかった。 勤務先の金庫からは480万円が消え、父のロッカーには仙台行きの新幹線切符が残されていた。 《もう父親でいる資格がない。二人で暮らしてくれ》 さらに大学には、栞が試験問題を買ったという匿名の告発まで届いた。 栞は合格を辞退し、父は金を持ち逃げした男として消息を絶った。 それから14年後。 閉鎖された予備校の隠し書庫から、栞の名前が書かれた答案用紙が見つかる。 封筒には、不可解な一文が添えられていた。 《本人は受験せず》 答案の文字は栞の筆跡ではなかった。 そして母は、14年間隠していた白い目覚まし時計を差し出した。 その修理票には、父が乗ったはずの新幹線が出た「32分後」の受付時刻が記されていた。ミステリー|真相1.8万字5 2659 -
完結第11話
13歳の娘だけ、保険証にいなかった
「お母ちゃん、どうして私の名前だけないの?」 昭和36年、藤井家に届いた新しい国民健康保険証。 父、母、10歳の弟、7歳の弟――家族全員の名前が並んでいた。 けれど13歳の美津子だけが、どこにも載っていなかった。 母は保険証を取り上げ、「役場の間違いだから」と隠した。 父も黙ったまま、一度も娘の顔を見なかった。 不安になった美津子は、翌朝一人で役場へ向かった。 職員は台帳をめくると、急に表情を曇らせた。 「お母さんと一緒に来た方がいい」 「私、藤井美津子ですよね?」 返事はなかった。 そして最後に、職員は重い口調で告げた。 「あなたは、修一さんと和子さんの戸籍には入っていないんだよ」 その夜、美津子が「私は誰の子なの」と問い詰めると、母は13年間隠してきた女性の名前を口にした。歴史|昭和|ミステリー1.6万字5 649 -
完結第11話
最終列車で消えた18歳
昭和63年、廃線前夜の最終列車に乗った18歳の娘が、途中で姿を消した。 終点に着いた車内には、旅行鞄と赤いマフラーだけが残されていた。 鞄の上には、駅長の父へ宛てた短い手紙。 《お父さんの決めた人生には戻りません》 娘は名古屋の短期大学へ進学する予定だったが、父は直前になって猛反対していた。 それから35年、娘の行方は分からないまま父は亡くなった。 翌年、解体中の旧駅で、伝言板の裏から薄い鉄箱が見つかる。 中には娘の受験票、12通の手紙、診断書、通帳、そして古い録音テープ。 受験票の裏には、失踪8日後の日付でこう記されていた。 《本人来校。入学辞退の意思なし》 ところが、その2日後には父の署名入りの辞退届が提出されていた。 さらに鉄箱から出てきた最終列車の切符には、改札鋏の痕が一つもなかった――。ミステリー|真相|行方不明1.6万字5 507 -
完結第11話
卒業3か月前に消えた娘
1995年11月、卒業まであと3か月だった富山大学4年生・大山蓮子が、突然消息を絶った。 家には財布も読みかけの本も残されていた。ところが、半年以上かけて集めた卒業論文の取材資料だけが、すべて消えていた。 蓮子は都市開発で土地を手放した住民たちを訪ね、補償金の記録を調べていた。失踪前、友人には「土地のお金を調べていたら、生きている人たちの話が出てきた」と漏らしている。 下宿に残された地図には、土地買収が行われた3つの地域を示す赤い丸。そして古い行政資料から浮かんだ担当者の名前は、失踪前夜に蓮子と口論していた叔父・達夫だった。 達夫には完璧なアリバイがあり、捜査はやがて縮小される。しかし6年後、赤い丸がつけられた土地の工事現場から、二重の袋で守られた2枚の書類が見つかった。 余白には蓮子の筆跡で、こう記されていた。 《単価に不自然な変更あり》 そして最後に――《担当者 大山達夫》。ミステリー|真相|行方不明1.6万字5 1141