"真っ暗な部屋の退学届" 第1話
「本当に、眠ってるみたいだな」
誰に聞かせるでもなく、俺はそう呟いた。
棺のの姉――織は、昔から朝がかった。休になると昼くまで布団からてこず、起こしにった俺に枕を投げつけてきたこともある。だから今にも「うるさいなあ」と目をけそうで、いに囲まれた姿を見ても、んだという事実だけがどうしてもに入ってこなかった。
織は36歳だった。
因は筋梗塞。の過労と規則な活がなった能性がい、と医師から説されたらしい。シングルマザーになってから数、娘をで育てるために仕事を掛け持ちし、体調が悪くても病院へくことを回しにしていたと聞いた。
「まだ若いのにねえ」
ろで親戚の誰かが言った。
俺は振り返らなかった。今そんな当たりの言葉を聞いたら、無性に腹がちそうだったからだ。
まだ若い。そんなことは分かっている。
織にだって、これからやりたいことはいくらでもあったはずだ。娘の卒業も、成式も、結婚するかどうかも、もっとずっと先まで見届けるつもりだったに違いない。
その、しれたところで叔母たちが話している声がに入った。
「それで、美緒ちゃんはどうするの?」
「あの子、まだでしょう。お父さんのところは無理なの?」
「もうずっと連絡がないって聞いたわよ」
広告
俺はそこで初めて、葬儀の隅に目を向けた。
の輪からしれた壁際に、の女が座っていた。
姉の娘、神美緒。
3、17歳。
最にまともに会ったのは数だった。その頃はまだ学で、織のろに隠れるようにして俺へ会釈していたのに、今はもう母親とほとんど変わらないくらいの背丈になっている。
膝のには織の遺があった。
美緒は両で額縁を抱え込み、ただを向いていた。泣きすぎたのだろう、目の周りは赤く腫れているのに、もう涙すらていないようだった。
その姿を見た瞬、俺の胸の奥に何かが刺さった。
織が婚したのは、美緒がまだ3歳の頃だった。
当、両親は何度も実へ戻ってこいと言った。仕事もあるし、で子供を育てるのは変だろうと説得したのだが、織は笑って首を横に振った。
「平気、平気。私、この子とでちゃんとやれるから」
今えば、がりだったのだろう。
責任がく、誰かに迷惑をかけることを何より嫌う姉だった。苦しくても苦しいと言わず、丈夫じゃなくても「丈夫」と笑うだった。
そして、美緒も。
あまりにも織に似ていた。
「児童相談所の方とも話して、しばらく施設で活することになるみたい」
母が俺の隣へ来て声で言った。
「施設?」
「今すぐ引き取れる親族もいないでしょう。
広告
お父さんとは連絡がつかないみたいだし、あなたのお父さんも私も、もうだから……」
俺は母の言葉を最まで聞かなかった。
もちろん、施設という選択そのものが悪いわけではない。専のがいて、活も学も守られる。状況を考えれば理なのだろう。
それでも、美緒を見ていたらがいた。
「孝太郎?」
母が呼んだが、そのまま美緒のまで歩いた。
「美緒」
名を呼ぶと、女はゆっくり顔をげた。
「……孝太郎おじさん」
声が震えていた。
俺は美緒と目線をわせるようにしゃがんだ。何を言うのが正しいのかなんて分からなかったし、自分でも数秒に何をにするのか分かっていなかった。
「美緒」
「うん」
「俺のに来るか?」
美緒の目がきくなった。
ろで母が「ちょっと孝太郎」と慌てた声をしたが、構わず続けた。
「施設へきたいなら、それでもいい。無理にとは言わない。ただ、らない所へくのが嫌なら、うちに来ればいい。部もつ余ってるし、学もたぶん通える」
勢いで言ったものの、俺は独で、39歳。の女の子と暮らした経験なんて当然ない。
料理はほぼできない。掃除も苦だ。
仕事はメーカーの営業で帰宅も遅い。
今になって考えれば、材料ばかりだった。
それでも。
「俺、おの母さんみたいにはできないとう」
美緒は黙っている。
「でも、にはしない」
その言葉をにした。
棺のの織の顔がに浮かんだ。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
止まったカードと空の家
夫の正文が「会社の旅行」と言って家を出た朝、私はすべてを知っていた。 行き先で待っているのは会社の同僚ではなく、高校時代からの親友・美津。しかも夫は、私名義のクレジットカードを勝手に使い、親友との食事や買い物にまで手を出していた。 泣いて問い詰めることはしなかった。証拠はすでにそろっている。娘も、父親の異変に気づいていた。 「引っ越すよ」 夫が浮気旅行を楽しんでいる間に、私は娘と新しい家へ向かった。そして夫のカードを止め、彼の荷物を“ある場所”へ送りつける。 旅行先で支払いができなくなった夫。荷物を受け取った親友の家。そして、空っぽの部屋へ戻ることになる裏切り者。 夫と親友を同時に失った私が、娘と本当の人生を取り戻すまでの物語。夫婦|親子関係|不倫1.9萬字5 4777 -
完結第13話
消えた御曹司と500万の罠
高卒で、施設育ちで、ただの運転手。 橋本悠人は、恋人からそう見下され、父親になる資格さえ否定された。自分の過去も家族も分からない彼に残っていたのは、ただ真面目に働くことだけだった。 そんなある日、財閥会長・田中健造の専属運転手を任された悠人は、車内でかかってきた海外からの緊急電話に、とっさにスペイン語で応対してしまう。 習った覚えのない言葉。 なぜか知っていた金庫の暗証番号。 初対面のはずなのに、彼を見て泣き崩れた会長夫人。 20年前に失われた会長の息子と、記憶を失った運転手。 偶然にしては重なりすぎる謎の先で、悠人は自分が本当は誰なのかを知っていく。 しかし、その真実を誰よりも恐れる人物が、彼を静かに消そうとしていた――。人生逆転|第二の人生1.9萬字5 339 -
完結第9話
ブサ婿の正体
毒親に支配され、家の借金を返すための道具として生きてきた長嶋咲。 父は恐怖で縛り、母は涙で罪悪感を植えつける。進学も、仕事も、お金も、すべて親の都合で奪われてきた咲は、ついに資産家の息子・御堂剛との結婚まで勝手に決められてしまう。 相手は地味で冴えない男性。愛情などない、ただの取引結婚――咲はそう割り切るしかなかった。 しかし結婚初夜、2人きりになった途端、剛は静かに口を開く。 「実は俺、7年前からあなたのことを知っていました」 差し出されたのは、両親の借金に関する書類。そして、咲自身も忘れかけていた冬の夜の記憶だった。 利用するつもりだった結婚相手は、本当に咲を縛る人間なのか。 それとも、初めて彼女を自由にしてくれる人なのか。 これは、誰にも見てもらえなかった2人が、遠回りの果てに互いを選び直す物語。夫婦|親子関係1.4萬字5 859 -
完結第11話
追放母の25億売却
お盆のため、長崎から東京の息子夫婦のペントハウスを訪れた田中春江。 亡き夫に手を合わせ、息子の好物を詰めた重箱を抱え、半日かけて上京した彼女を待っていたのは、温かな家族の食卓ではなかった。 嫁・里奈は春江の手料理を目の前で捨て、安いホテルの予約票を差し出す。さらに息子夫婦は、自分たちが旅行へ行く間、愛犬の世話だけを春江に押しつけようとしていた。 長年、息子のために働き続け、すべてを与えてきた母。だがその日、春江はようやく気づく。 自分は家族として呼ばれたのではない。ただ都合よく使われるために呼ばれただけだった。 その夜、春江は20年以上連絡を取っていなかった“ある人物”に電話をかける。 翌日、息子夫婦が暮らしていた天空の城は、静かに動き始めた――。人生逆転|親不孝|親子関係1.6萬字5 2884 -
完結第10話
夕焼けの後継者
差し押さえ寸前の修理店を守るため、26歳の佐々木満は、財閥会長の豪邸にある小劇場の照明修理を引き受ける。 母を知らず、亡き父が残した工具と古いノートだけを頼りに生きてきた満。だが、屋敷の照明設備は、なぜか父のノートに記された特殊な配線と完全に一致していた。 さらに修理を終えた満は、廊下に飾られた古い写真の中に、若き日の父の姿を見つける。 「あれ……これ、僕のお父さんの写真だ」 その一言で、財閥会長夫妻の表情は一変する。30年前に消えた息子、隠された事故、偽られた死、そして満の出生に関わる秘密。 やがて一通の鑑定書が開かれた時、豪邸に閉じ込められていた長い嘘が崩れ始める――。兄弟姉妹|親子関係1.5萬字5 909 -
完結第6話
七五三の不要人物
孫娘の七五三の日、69歳のすみは、亡き夫が褒めてくれた着物を着て神社へ向かった。 写真代、衣装代、食事会の費用まで出したのは、すべて孫の晴れ姿を祝いたかったから。けれど当日、息子夫婦から告げられたのは、あまりにも冷たい一言だった。 「家族だけで撮るから」 カメラの前に並ぶのは、息子と嫁と孫の3人だけ。すみは輪の外に立たされ、食事会でも末席に座らされる。 それでも孫のために黙っていたすみだったが、後日、写真館から届いた連絡で、彼女はすべてを知る。 自分は写真に入れなかっただけではない。写り込んだ姿さえ、“不要人物”として消されようとしていたのだ。 その夜、すみは古い帳面を開く。 そこに残されていたのは、息子夫婦へ渡してきた数々の援助記録。積み重なった金額と、消された祖母の証拠を前に、すみはついに静かな決断を下す。祖父母と孫|親子関係8.5千字5 3166 -
完結第17話
母の墓に立つ母
10歳の少年・ハルトは、3年間、亡き母の墓に通い続けていた。 しかし、イギリスへの養子縁組が決まったある日、最後の別れを告げるために訪れた墓前で、彼は見知らぬ女性と出会う。 その女性は、母と同じ顔をしていた。 「……お母さん?」 震える声で呼びかけた瞬間、女性の顔色が変わる。彼女もまた、ハルトの顔に信じられないものを見ていた。 なぜ、亡くなったはずの母と同じ顔の女性が墓の前にいたのか。 なぜハルトは、突然海外へ送られようとしているのか。 そして、彼の出生に隠された真実とは何なのか。 10年前に引き裂かれた恋、双子の姉妹、山奥で守られ続けた小さな命。 すべての秘密が動き出した時、少年は初めて、自分を守るために誰が何を犠牲にしてきたのかを知ることになる。人生逆転|兄弟姉妹|親子関係2.6萬字5 429 -
完結第9話
月あかりの逆転食卓
孫の誕生日のために、梨沙子は3日ほとんど眠らず料理を作った。 ちらし寿司、煮物、天ぷら、だし巻き卵。すべては「バーバのご飯が食べたい」と言ってくれた孫・光の笑顔を見るためだった。 しかし誕生日の食卓で、嫁の奈々はその料理を見て笑った。 「他人の手料理って、ちょっと気持ち悪くて」 さらに嫁の母まで、皿を遠ざけるようにして言った。 「私、こういうの受け付けないの」 息子は何も言わず、ただ目をそらした。 その夜、梨沙子の中で何かが静かに終わる。 翌日、彼女は通帳、保険証書、援助記録を机に並べ、これまで息子夫婦へ注いできた支援をすべて見直し始めた。 だが、彼らはまだ知らなかった。 自分たちが「気持ち悪い」と笑ったその料理が、やがて家族の運命を大きく変えることになるとは――。嫁姑|親子関係1.4萬字5 2008 -
完結第9話
食卓追放の1億3000万
「お母さんは、ここでは食事しないでくれる?」 67歳の佐々木洋子は、息子一家との夕食の席で、突然そう告げられた。 その料理を作ったのは、30年間ホテルの厨房に立ち続けた元料理長の洋子本人。家族のために腕を振るったはずの食卓で、彼女だけが別室へ追いやられる。 嫁は台所から洋子を遠ざけ、息子は妻の味方をし、夫までも見て見ぬふりをする。小さな違和感は、いつしか明確な排除へと変わっていった。 その夜、客間で眠れずにいた洋子は、リビングから聞こえてきた家族の本音を耳にしてしまう。 「洋子はもう用済みなんだから」 さらに彼らは、洋子を施設へ入れ、実家の土地まで売ろうとしていた。 けれど彼らは知らなかった。洋子が守り続けてきた資産の本当の名義も、彼女がまだ失っていない“料理人としての誇り”も。 食卓から外された母が、静かに取り戻したものとは――。親不孝|絶縁|親子関係1.3萬字5 3094 -
完結第10話
弁当箱の中の復讐
長年寝たきりだった娘・ゆりえを、夫とともに介護し続けてきた百合子。 夫を亡くした後は、長男夫婦と同居しながら、残された娘を必死に支えていた。嫁の美和は表向きは優しく、家事も手伝ってくれる理想的な嫁に見えた。 しかし、娘の葬儀の日。 休憩室のそばで、百合子は美和の本音を聞いてしまう。 亡くなったばかりの義妹を侮辱し、介護を「迷惑だった」と笑う声。さらに、美和が普段から周囲に見せていた顔とはまったく違う一面も、少しずつ明らかになっていく。 娘を傷つけられた母は、何も知らないふりをしたまま静かに動き出す。 優しい姑の笑顔の裏で、百合子が仕掛けたものとは何だったのか。 そして、美和が会社でも家庭でも居場所を失うことになった“ある弁当箱”の中身とは――。親不孝|親子関係1.4萬字5 3961