"売らなかった紙" 第1話
昭48、197311。阪府摂の宅にあるさな商では、数から々の買い物の仕方が目に見えて変わり始めていた。いつもなら夕方になっても醤油や砂糖をつずつ籠へ入れていた主婦たちが、今では先に商品が届くたび、つ、つとまとめて抱えて帰っていく。ラジオや聞が連のように「油危」という言葉を伝え、そのを正確に理解していないのにまで、「そのうち物がなくなる」というだけが広がっていた。
商の央にある乾物「丸福商」も、その空気と無縁ではいられなかった。はがほどしかない古い造で、昆布、干し椎茸、鰹節、噌、醤油、洗剤、それに用品をし扱っている。56歳の主・福田源蔵は、毎朝6半には戸をけ、い掛けを締めると、昨と同じ位置に商品を並べることを40く続けていた。
「お父さん、砂糖がまたなくなりそうよ」
妻の澄が棚ので声をげると、帳にいた源蔵は鏡をし持ちげた。砂糖袋が積まれていた棚には、もう数袋しか残っていない。午だけで普段の3分が売れたと聞いても、源蔵は驚くというより、困ったように眉へ皺を寄せただけだった。
「昨買うたも、また来てたやろ」
「来てたわ。『のため』って袋ずつ買っていったもいたよ」
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「のため、か」
源蔵はそれ以何も言わず、仕入れ帳へ線を戻した。だが、鉛を持つはしばらくかなかった。棚の商品が減る速度よりも、々の顔から余裕が消えていく速度の方が、彼には気になっていた。
丸福商の向かいにある百では、根を買いに来た客同士が「洗剤もなくなるらしい」「も来には倍の値段になる」と話していた。魚の主まで、「油がないなら魚を運ぶトラックもられへんのと違うか」と真顔で言いしている。どこまでが本当で、どこからが噂なのか、商の誰にも分からなかった。
そのの昼過ぎ、丸福商へ本の話が入った。仕入れ先の問からで、数に頼んでいたトイレットペーパーがようやく入荷し、夕方までには届けられるというらせだった。話を切った源蔵は「そうか」とだけ言ったが、横で聞いていた澄はわず胸を撫でろした。
ここ数、客から番く聞かれていたのがトイレットペーパーだった。午にも、所の主婦が5続けて「いつ入りますか」と尋ねてきたばかりである。澄は商品が届けば騒ぎもし落ち着くだろうとったが、源蔵はのをき交うをしばらく無言で眺めていた。
午3過ぎ、問の型トラックが商へ入ってきた。荷台からろされたのは数箱のトイレットペーパーで、い包装の束が入った段ボール箱が次々にの奥へ運び込まれていく。
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その様子を、通りを歩いていた何ものがち止まって見ていた。
「丸福さん、入ったんやって!」
誰かがそう言ったのをきっかけに、報は驚くほどの速さで商をった。10分もしないうちに、買い物籠を抱えた女性が先へ現れ、そのろへまた、そのろへさらにと列ができ始めた。源蔵は段ボール箱をの奥へ積ませたまま、箱もけようとはしなかった。
「源蔵さん、さんの?」
配達に来た問の若い男が尋ねると、源蔵は「今はええ」と答えた。若い男はが分からないという顔をしたが、次の配達があるため、それ以聞かずにトラックへ戻っていった。
午4を過ぎる頃には、丸福商のに10以が集まっていた。並んでいるたちの目は、の商品ではなく、簾の奥に積まれた段ボール箱へ向けられている。澄は何度も夫の顔を見たが、源蔵は黙ったまま帳に座っていた。
「お父さん、そろそろした方がええんと違う?」
「まだや」
「でも、あんなに待ってはるよ」
源蔵は答えなかった。代わりにの計を見げ、午5になると帳のからいを枚取りした。太いペンで何かをき、入の柱へ貼り付けた。
そこには、こうかれていた。
「本、トイレットペーパーは販売いたしません」
貼りを読み終えた客たちのに、最初は戸惑いのざわめきがった。
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