"売らなかった紙" 第8話
棚にした途端、みんな何個も抱えて……私、子ども連れてたから取れなくて」
女性のには、3歳くらいの男の子がつかまっていた。
源蔵は必な商品が入っているか確認し、つ渡した。
「いところから来んでも、次から話して聞いたらええ」
「取っておいてくれます?」
「取り置きはせえへん」
女性はし残そうな顔をした。
源蔵は続けた。
「でも、子ども連れて並ばんでええようには考える」
それ以の約束はしなかった。
できない約束を。
しないことも。
源蔵なりの。
誠実さだった。
そのの午、百の主・佐々がへ遊びに来た。客が途切れたを見計らい、蜜柑をつ持って帳に腰を掛けるのが昔からの習慣だった。
「おんとこ、最えらい評判やな」
「何が」
「個しか売らへん」
「面倒くさい客みたいに言うな」
佐々は笑った。
「でもな、うちも真似しようかてんねん」
「何を?」
「油や。昨、で6本買うたがおってな」
百でも調料や用油をし扱っており、入荷数が減っていた。今までなら売れるだけ売るのが商売だったが、夕方に来た常連へ「もうありません」と言うのが苦しくなってきたという。
「2本くらいにした方がええかな」
源蔵は蜜柑の皮を剥きながら答えた。
「自分のや。自分で決めたらええ」
「相談し甲斐ないなあ」
「俺も正しいかどうからん」
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それは本だった。
源蔵は。
自分のやり方が。
正義だとは。
っていない。
族のいなら。
包では。
りない。
もある。
まとめて買えば。
何度も。
へ来ずに済む。
事は。
それぞれ。
だった。
ただ、全員が「のためにつく」と考えた結果、本来なら分だった商品が本当に消えることはある。源蔵はそれを理屈ではなく、の棚が空になっていく速度で実していた。
例えば100分の商品が100個あるとする。100がつずつ買えば全員に届くが、半分のが「のためつ」とえば、ろの50には何も残らない。すると「やっぱり品だ」という噂がまり、次の入荷ではさらにくのが買いだめへる。
源蔵は数字を使って客へ説したわけではない。
そんな話を。
々とするのは。
性にわない。
ただ。
棚を。
度に。
空にしない。
そのために。
包。
それだけだった。
やがて百でも用油の販売数を制限し、魚は凍品の予約を先着順ではなく必量を確認して受けるようになった。誰かが会議をいたわけでも、商全体で決まりを作ったわけでもない。丸福商で起きたことを見ながら、それぞれの主が自分なりの方法を考え始めただけだった。
もちろん、それで町から買いだめが消えたわけではない。くの型には依然としてい列ができ、テレビでは積みの商品へが押し寄せる映像が流れていた。
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夕の、澄がその映像を見ながら「みんな怖いんやね」と呟くと、源蔵は黙って噌汁をんでいた。
「お父さん、もしうちの庫が本当に全部なくなったらどうする?」
澄が尋ねた。
源蔵はしばらく考えた。
「謝るしかないやろ」
「られるで」
「そらるやろ」
「怖くないの?」
源蔵は噌汁の椀を置いた。
「物がないことより、信用なくす方が怖いわ」
澄はその言葉を聞いて、夫がなぜあの夜、売れる商品を売らなかったのか、ようやく完全に理解した気がした。
守ろうとしていたのは。
だけでは。
なかった。
この町で。
何も。
積みねてきた。
ととの。
信用だった。
12に入ったある晩、丸福商の閉に源蔵の息子・浩が訪ねてきた。浩は内のメーカーで働いており、結婚して別の町にんでいるが、両親のを配してに何度か顔をしていた。そのもニュースで物価の話を見て、商売は丈夫なのかと気になったらしい。
「親父、最えらい名やって?」
浩が笑いながら言うと、源蔵は帳簿から顔もげなかった。
「誰が名や」
「会社のまでってたで。摂の方に、トイレットペーパー売らんかったがあるって」
「しょうもない」
「いや、普通できへんとうわ。売れば全部売れたんやろ?」
源蔵は鉛を置いた。
「全部売れたやろな」
「だったら売ったらよかったやん。
商売なんやし」
浩に悪はなかった。
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