"母に届かなかった10円" 第1話
昭55。駅にはまだ公衆話ボックスが何台も並び、朝になると聞を脇に抱えた会社員や、定期券をにした学たちが次々と改札へ吸い込まれていった。を歩れば話を持ち歩くことなどできず、急な連絡が必になれば、駅や喫茶、商のに置かれた公衆話を探すのが当たりの代だった。
朝の駅には、毎ほとんど同じ景が繰り返されていた。始発にいへ駆け込む、売で煙を買う、聞の面だけを眺めてから銭を差しす、その脇をランドセル姿の子どもたちが追い越していく。
駅で聞を売っていた森田も、その流れを何も見てきた。誰が何頃に駅へ来るのか、どの会社員がどの聞を買うのかまで、識しなくても自然に覚えてしまうほどだった。
そんな森田が、ある朝、公衆話の横に置かれたさな貨へ目を留めた。
10円玉だった。
落としたにしては妙な所だった。話のでもなければ、が歩く通の真んでもなく、公衆話を使おうとしたならすぐ目に入るように、話ボックスの脇へきちんと置かれていた。
森田はをけながら、しばらくその10円玉を見ていた。
誰かが話をかけたあと、取り忘れたのかもしれない。あるいは子どもが遊び半分で置いていったのだろう。
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その程度に考え、特に触れなかった。
午になると10円玉はなくなっていた。
森田も、それ以気にしなかった。
ところが翌、同じ所にまた10円玉が置かれていた。
聞を並べながらそれを見つけた森田は、しを止めた。にも同じようなものを見た気がしたが、それがいつだったのかまではすぐにいせなかった。
さらにその翌。
また10円玉があった。
森田はそこで、初めて付を確かめた。
25だった。
のも25だったような気がする。
そのも、確か25だった。
偶然だろうかとった。
それから森田は、末がづくたび、公衆話の横を気にするようになった。
そして次のの25。
まだ朝の通りがそれほどくないにへ来ると、やはり同じ所に10円玉が置かれていた。
「またあるな」
森田はわず声にした。
拾いげて交番へ届けるほどの額でもない。かといって、毎決まったに同じ所へ現れるとなれば、単なる落とし物ともえなかった。
誰かが図に置いている。
そう考えるほかなかった。
だが、何のために。
聞を買いに来た常連客へ話してみても、答えはなかった。
「話代じゃないのか」
「話代なら、自分で使えばいいだろう」
「誰かとの待ちわせの図かもしれないぞ」
そんな冗談までた。
当、公衆話の内通話には10円玉が欠かせなかった。
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財布に幣が何枚入っていても、10円貨がなければ、そので話をかけることはできない。
それでも、見ずらずの誰かのために毎10円玉を置いていくがいるなど、森田には像しにくかった。
置かれるも分からなかった。
森田が朝、聞を並べ始める頃には、すでにそこにある。
駅員が置いているのかとったが、尋ねても誰もらなかった。
くののでもなかった。
何かか経つ頃には、公衆話の10円玉は駅のさな話題になっていた。
事件ではない。
聞に載るような話でもない。
ただ、毎25の朝だけ、公衆話の横に10円玉が枚置かれる。
そのさな議だけが、同じ駅を使う々の暮らしのに静かに入り込んでいった。
たちが首を傾げているうちに、10円玉のことを最も楽しみにするようになったのは所の学たちだった。
誰が教えたわけでもない。学へ向かう途、公衆話の横に貨が置かれているのを何度か見た子どもが友達へ話し、それがしずつ広まったらしい。
25の朝になると、ランドセルを背負った子どもたちが普段よりしく駅へ現れるようになった。
「今、10円のだぞ」
1がそう言うと、何かが斉に公衆話へっていく。
まだあればびし、すでになくなっていれば、「誰かに先に取られた」
と残そうな顔をした。
森田は最初、その様子を黙って見ていた。
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