"余ったパンの嘘" 第8話
戸を叩く先。
「健、いるか」
そして、
「今も余ったから持ってきた」
たぶん同じ言葉を繰り返しているのだろう。
健も々疑うかもしれない。
それでもは「余った」と言い続ける。
その言葉が、2のでどれほど切な役割を持っているのか、3には以より分かるようになっていた。
ある昼休み。
1の男子が、ふと教卓の方を見た。
はの器を片づけた、午の授業の準備をしていた。
革鞄は元に置かれている。
「先さ」
男子が友達へ囁いた。
「何で学に戻ってこいって健に言わないんだろ」
友達はし考えた。
「分かんない」
それ以の答えはなかった。
庭の事を子どもたちが全部ることはできない。
が健とどんな話をしていたのかも分からない。
ただなくとも先は、学に来られなくなった子を忘れてはいなかった。
教にいないから、いないものとして扱うのではない。
毎、自分のパンを持って会いにっていた。
それだけは3が自分の目で見た事実だった。
やがて彼らは、のについて以ほど頻繁に話さなくなった。
秘密に慣れたのではない。
むしろ、にしなくても分かるようになったからだった。
誰かが本当にパンをべきれない。
教卓のくへ残る。
が受け取る。
それで終わり。
「ありがとう」
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もない。
「誰に渡す」もない。
教では、ただ普通ののとして過ぎていく。
それなのに、そのさなやり取りには、子どもたちが授業で習うものとは違う何かが含まれていた。
算数なら、正しい答えは1つある。
国語なら、教科に文章がかれている。
しかしととのにある気持ちは、黒板の式のようにはけなかった。
どう助ければ相が傷つかないのか。
どこまで聞いて、どこから黙るべきなのか。
何を言わないことが優しさになるのか。
は、そのどれも授業で説しなかった。
ただ毎、パンを革鞄へ入れた。
子どもたちは、そのろ姿を見ていた。
がづいても、の習慣は続いた。
5の教では朝になると炭ストーブへが入り、昼にはい割烹着の当番が事を運んだ。の机のへ牛乳とおかずとコッペパンが並ぶ景は、毎ほとんど変わらなかった。
はおかずをべ、牛乳をんだ。
パンだけは残した。
に包む。
革鞄へ入れる。
見すれば、ただそれだけのことだった。
けれど3の男子にとって、その作のはもう以とは違っていた。
そこには川敷のさながあった。
まで学に通っていた健がいた。
父親が病気で働けなくなり、欠席が増えた。
そのろでパンを見て嬉しそうに笑った、さな妹がいた。
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そしてパンを差しされても、すぐにはを伸ばさなかった健の姿があった。
「先、本当に余ったの?」
「余ったんだよ」
「昨も?」
「昨もだ」
3はそのやり取りを忘れなかった。
もしが正直に言っていたらどうなっただろう。
「俺の分をべずに持ってきた」
そう言えば、健は受け取っただろうか。
「おのは困っているから」
そう言えば、次のも戸をけただろうか。
たぶんは、それを分かっていた。
空腹だけを満たせばよいのではない。
パンを1本渡せば終わりでもない。
に助けてもらわなければならないほど、そのは自分がけないとうことがある。
まして健は、しまで普通に学へ通っていた。
友達とり回り、をべ、授業を受けていた。
父親の病気によって庭の事が変わっただけで、健自が別のになったわけではない。
は、そこを壊したくなかったのだろう。
だから毎同じ嘘をついた。
「余ったんだ」
それは相を騙すための嘘ではなかった。
健が受け取れるようにするための嘘だった。
自分だけが方に助けられているとわずに済むように。
をげ続けなくても済むように。
妹ので兄としてっていられるように。
は度も、
「恵んでやる」
とは言わなかった。
度も、
「かわいそうだから」
とも言わなかった。
子どもたちも、それを真似した。
翌ので最初にパンを半分に割った男子も、
「健に持っていって」
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