"赤いバイクと最後の新聞" 第4話
何も、自分もここで同じように机へ座っていた。
しかしそのことを田所は言わなかった。
「3まではやるんでしょう?」
「もちろんです」
田所は頷いた。
「なら、まだ学ですね」
先はその言葉を何気なく聞いていた。
このはまだ、その言が田所にとってどれほどいものなのからなかった。
閉が決まってから、ノ分にはしずつ「最」が増えていった。
に届いた教材の注文には、
「来度分」
と記された。
学習雑誌も次度から止。
役から届く事務類の量も減った。
郵便局では、学宛ての配達物をまとめる箱が目に見えて軽くなっていった。
以なら教材会社からきな封筒が届き、先宛ての教育資料や学用品の案内も入っていた。だが閉のがづくにつれ、配達物は数に通ということも珍しくなくなった。
川が仕分け台を見て言った。
「学って、なくなるからなくなっていくんですね」
田所は封筒の所を確認していた。
「建物が消えるわけじゃない」
「でも郵便物を見ると分かりますよ。よりずっとないです」
「そうだな」
田所の声はかった。
12。
いよいよ子ども聞についても購読止の連絡が入った。
帳簿を確認していた川が、田所を呼んだ。
「田所さん」
「何だ」
「ノ分の聞、今いっぱいで終わりですよ」
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田所はを止め、帳簿を覗いた。
確かに止の印がついている。
「学側から?」
「そうみたいです。閉まで3かしかないし、経費理じゃないですかね」
「ああ」
田所はそれ以何も言わなかった。
川も気に留めなかった。
分へ届くものがつ減った。
ただそれだけのことだった。
12最の配達。
田所はいつもと同じように聞を持ってへがった。
「今は何?」
玄関へてきた子どもがすぐに聞いた。
「正の記事だ」
「も来る?」
「郵便局にも休みはある」
「聞は?」
「そのうちまた来る」
田所は曖昧に答えた。
子どもたちは聞の購読が打ち切られたことをらなかった。
先も、末の慌ただしさので、最の部がいつ届いたのかまで識していなかった。
休みに入る。
舎は数静かになった。
その、田所は郵便局くにある聞販売へを運んだ。
の主は田所の顔を見るなり尋ねた。
「どうした、聞の申し込みか?」
「子ども聞を部」
「で読むのか?」
「いや」
田所は所をいたをした。
ノ分。
主は眉をひそめた。
「ここ、購読止めたところじゃなかったか?」
「学では止めた」
「じゃあ何で?」
田所は財布をした。
「俺が払う」
主はしばらく田所を見た。
「いつまで?」
「3まで」
「閉までか」
「そうだ」
「学には言うのか?」
「言わなくていい」
主は笑った。
「別に隠すようなことでもないだろ」
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田所は銭を数えながら答えた。
「子どもが読む聞だ。誰がをしたかなんて関係ない」
主はそれ以聞かなかった。
「分かった。毎朝の分、用しておくよ」
「頼む」
がけた。
始業の朝。
ノ分の子どもたちは久しぶりに教へ集まった。
ストーブにが入り、先が黒板への文字をく。
8。
ブブブブ……。
聞き慣れた音がした。
「あ、田所さん!」
赤いバイクがをがってくる。
田所は玄関へ着くと、いつも通り聞を差しした。
「おはよう。今も勉しろよ」
「聞ある!」
級の子どもがんだ。
先も特に議にわなかった。
購読止の続きはしたはずだったが、止期がしずれたのだろうとっただけだった。
翌も来た。
その次のも。
1が終わっても聞は届き続けた。
誰も、それを特別なことだとはわなかった。
毎朝聞が届くことは、それまでずっと続いてきた当たりだったからだ。
2になると、こののは段と厳しさを増した。
の両側には除されたが壁のように積みがり、所によってはの腰よりくなった。朝のえ込みがいはの表面が凍り、田所のバイクのタイヤが何度も横へ滑った。
それでも聞は毎朝届いた。
郵便局では、川がしずつ疑問を持ち始めていた。
ある朝。
田所が配達袋へ聞を入れているのを見て、川がを止めた。
「田所さん」
「何だ」
「それ、ノ分の聞ですよね」
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