"白いハンカチの約束" 第8話
正男たちも以と同じように3号棟のへ集まり、ボールを蹴ったり、缶を並べたりして遊んでいた。
ある朝。
正男が学へ向かう途、いハンカチを見げた。
隣にいた友達が言う。
「今も暗号てる」
以なら正男も、
「今は全ってだ」
などと言っていた。
けれどし、母親からいハンカチの本当のを聞いていた。
正男は首を振った。
「違うよ」
「何が?」
「スパイじゃないんだって」
「じゃあ何?」
正男はし考えた。
母親から、
「あんまり面がって話すことじゃないからね」
と言われていた。
だから詳しくは言わなかった。
「元気だよっていう印なんだって」
「誰に?」
「向かいのおばあちゃん」
友達は5号棟を見る。
「どれ?」
「茶い座布団てるだろ」
「あれ?」
今まで誰も気にしていなかった座布団が、そのから子どもたちの目にも入るようになった。
いハンカチだけではなかった。
向かいにはちゃんと返事があった。
それをると、議な暗号遊びとして騒ぐ子はいなくなった。
あるの午。
正男は階段ですれ違ったへ尋ねた。
「おばちゃん」
「なあに?」
「今はいのてたね」
は笑った。
「毎してるでしょう」
「向こうの座布団も見た」
は瞬驚き、それからし嬉しそうに言った。
「そう」
「どっちもてたら丈夫なの?」
「そうね」
「じゃあ今も丈夫なんだ」
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正男はそれだけ言って階段を駆けりていった。
はその背を見送った。
たちのでは、団という暮らし方についていろいろな話があった。
昔のやと違い、隣に誰がんでいるか分からなくなった。
関係がくなった。
都会ではが孤独になる。
そんなことを聞やテレビでもにするようになっていた。
確かに、この団でも昔ののように、誰もが互いのの事までっているわけではない。
3号棟のが5号棟の全員をっているわけでもないし、同じ階にんでいてもほとんど話したことのないはあった。
けれどは、それを悪いことだけだとはっていなかった。
距があるからこそ楽なこともある。
毎へ入り込まなくていい。
相の暮らしへ必以にをさなくていい。
それでもしだけ気にかけることはできる。
向かいの窓を見るだけなら、誰にも負担をかけない。
い布が揺れている。
茶い座布団がている。
それだけでいい。
ある夕方。
トメとは団入くで偶然会った。
トメは買い物籠に根と豆腐を入れている。
が笑った。
「今は根、かったんですか?」
「しね。でもよりいよ」
「何でもがりますね」
いつもの会話だった。
しばらく歩いてから、トメがふとにした。
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「清さん、最どう?」
「元気ですよ。元気すぎて困るくらい」
「それならいい」
数秒の沈黙。
それからも尋ねた。
「トメさんは?」
「私?」
「体」
「見てるだろう」
トメは5号棟を指した。
「毎朝座布団してるんだから」
はわず笑った。
「そうでした」
「だから聞かなくていいよ」
「はいはい」
2はそこで別れた。
特別な言葉はなかった。
それでも翌朝になれば、また互いのベランダを見る。
そのくらいの関係が、2にはちょうどよかった。
季節が巡っても、朝の習慣は変わらなかった。
7。
3号棟4階。
いハンカチ。
8。
5号棟3階。
茶い座布団。
が邪を引いてし遅れた朝には、清が代わりにハンカチをした。トメものには座布団を濡らさないよう、窓際の見える位置へ置いた。
もう3にとって、それは特別なことではなくなっていた。
清も病院での来事以来、以よりしだけ自分の体を気にするようになった。に言われなくても薬をみ、い階段を急がず、疲れたはめに休む。
「あなたもなんですから」
が言う。
清は満そうに聞をめくる。
「おだって同じような歳だろ」
「私はあなたほど頑固じゃありません」
「どっちがだ」
そんな言いいをしながら朝を取る。
窓のではいハンカチが揺れている。
しれた5号棟では、トメがそれを見ている。
トメの活もきく変わったわけではなかった。
相変わらずで起きる。
で事をする。
夫の仏壇へを供え、買い物へき、夕方にはで夕飯をべる。
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