"母が着続けた一枚の着物" 第3話
昨まで話していた友が、もうどこにもいない。
緒に笑ったも、仕事帰りに歩いたも、すべて過になってしまう。
戦の本では、そんな別れを経験したがなくなかった。
戦争で族を失った。
病気で切なを失った。
が必ず来るとは限らない代を、くのがきていた。
だからこそ、子は節子の言葉を忘れられなかった。
「この着物を着るが、ずっと幸せでいられるように」
その約束が、いつしか子のできなを持つようになった。
数、子は結婚した。
夫となった男性は、町で働く真面目なだった。
活は決して裕福ではなかった。
毎の事を夫し、ない収入ので族を守る。
そんな々だった。
結婚したばかりの頃、子は度だけ節子の着物を着て夫の実へったことがある。
義母は着物を見て言った。
「ずいぶん切にしている着物ね」
子はし迷った、答えた。
「はい。切なから預かったものなんです」
それ以詳しく話すことはなかった。
節子との約束を、誰かに説する必はないとっていた。
これは自分だけがっていればいいことだった。
娘の美紀がまれてからも、子は変わらなかった。
計が苦しいでも、着物だけは捨てなかった。
古くなった部分は自分で直した。
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袖が傷めば縫い直した。
がくなれば、それもの証だとった。
周囲から見れば、ただ古い着物だった。
しかし子にとっては違った。
そこには、若くしてくなった親友のが残っていた。
そして、自分がきている証でもあった。
美紀が幼い頃、正になると母が必ずその着物を着る理由を尋ねたことがある。
「どうしていつも同じ着物なの?」
その、子はし考えてから答えた。
「この着物を着るとね、昔の友達がくにいる気がするの」
幼い美紀には、そのが分からなかった。
ただ、母は変わったことを言うなとっただけだった。
が流れ、美紀がになった頃。
周囲ではしいや流が話題になっていた。
友達のでは、しい具や化製品を買う話も増えていた。
そんなで、母だけが古い着物を切にしている姿が、美紀には代遅れに見えてしまった。
だから結婚式の。
美紀は母を傷つける言葉を言ってしまった。
「その着物だけはやめて」
あの、子は何も言い返さなかった。
ることもなかった。
ただ、娘の幸せそうな顔を見るために、自分の切なものをしまった。
しかし美紀はらなかった。
母があの、着物を諦めた理由は、恥ずかしいとわれたからではなかった。
節子から託された着物よりも、娘ののを優先したのだ。
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それが、子が守ってきたもうつの約束だった。
「切なが幸せでいられるように」
母は何も、その言葉を胸にきていた。
そして美紀は今になって、初めてそのをろうとしていた。
美紀は母の友から話を聞き終わったも、しばらくそのからけなかった。
のには、これまで何度も見てきた母の姿が浮かんでいた。
正になると、誰よりもく起きて着物をす母。
古くなった袖を自分で縫い直す母。
周囲から「まだその着物を着ているの?」と言われても、笑って流していた母。
美紀は、それをただの節約だとっていた。
母がしているだけだとっていた。
しかし、真実は違った。
あの着物には、母が若い頃に交わした切な約束が込められていた。
「お母さん……そんなこと、度も言わなかった」
美紀はさく呟いた。
母は、どうして自分に話してくれなかったのだろう。
どうして20以も、誰にもられないまま着物を守り続けたのだろう。
母の友は、静かに答えた。
「子さんはね、節子さんのことをしいいにしたくなかったんだとうよ」
「しいい……?」
「そう。くなったの話をするたびに、周りは『かわいそうだったね』って言うでしょう。でも子さんは、節子さんをかわいそうなとして覚えてほしくなかったんだよ」
その言葉を聞いて、美紀は胸を締め付けられた。
母にとって節子という女性は、失った友ではなかった。
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