"捨てられた妻の逆転人生" 第4話
美智子の反対を押し切るようにして退職し、退職と融関からの借入をすべて注ぎ込んで、郊の空きにプレハブを借りた。「カトウ・プレシジョン」の板を掲げたの揚を、輔は今でも鮮に覚えていた。
だが、現実は甘くなかった。
実績も信用もない無名の零細企業に、精密械の加や納品を任せる企業などどこにもしなかった。輔は毎朝にをて、いサンプルケースを両に提げ、何社、何百社とび込み営業を繰り返した。
待っていたのは、淡な払いと屈辱の連続だった。
受付で担当者に取り次いでもらうことすら叶わず、名刺をゴミ箱に捨てられたことも度や度ではなかった。資は見る見るうちに底をつき、毎の事務所賃の支払いすら危うくなった。自宅の卓からは肉や魚が消え、輔は毎晩、酒をあおっては美智子に当たり散らした。
『俺の技術が分からない馬鹿どもばかりだ! 見ていろ、いつか本の企業が俺にをげるが来る!』
美智子は何も言い返さず、ただ静かに輔の背をさすり、ウコンの瓶を差しすだけだった。
そして、創業から半が過ぎたあるの午、運命のが訪れた。
輔はダメ元で、本屈指の業グループの頂点に君臨する「」
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の本社ビルにを踏み入れた。守に追い返されることを覚悟していた輔のに、なぜか調達本部の職にある佐々という男が直接姿を現したのだ。
応接に通された輔は、汗で滑るサンプルケースをき、必の形相で試作品のギアを説した。佐々本部は腕を組み、輔の拙い説を終始穏やかな表で聞いていた。
そして、最にこう言ったのだ。
『君の、そしてその技術に対する真摯な姿勢に賭けてみよう。まずは来期の型タービン用部品、ロットから発注させてもらう』
ではないかとがを疑った。
契約を受け取った瞬、輔の全を歓の震えが突き抜けた。
そのでアパートへ駆け戻った輔は、玄関のドアをけるなり、台所にいた美智子を抱きげた。
『美智子! 見ろ! が決まったぞ! 俺の営業力だ! 俺のが、の企業をかしたんだ!』
美智子は目を丸くし、それから涙ぐみながら微笑んだ。
『まあ……素らしいわね、あなた。本当にすごいわ。あなたの努力が実を結んだのね』
輔はその言葉を、自らの才能に対する絶対の賛辞として受け取った。
以来、輔はこの「へのび込み営業」を自らの伝説として、社員の入社式や息子の教育ので幾度となく誇らしげに語り継いできたのだ。
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「嘘だ……全部、鱈目だ……!」
輔の喉から、掠れた鳴が漏れた。
ファイルに挟まれていた佐々本部からの私信には、輔のの誇りを根底から覆す事実が、残酷なまでにに綴られていた。
『美智子お嬢さん。お父(元通商産業省・業局)には、業界全体が言葉では言い尽くせぬほどのご恩を受けました。お父の娘であるあなたが、にまみれて「夫の技術を見てやってほしい」とをげに来られたのです。断る理由などあろうはずがありません。しかし、ご主のいプライドを傷つけぬよう、あくまでび込み営業のに打たれたという体裁を取らせていただきます。ご主には決してかさぬよう、お約束いたします』
輔の界がく滅した。
美智子の父――結婚、病で界したと聞いていた物静かな義父。輔は彼をただの引退した役だとい込み、美智子からも実の素性を詳しく聞いたことなどなかった。美智子自が、自らの自をにかけることを極端に嫌う性格だったからだ。
輔が「自らので掴み取った」と信じて疑わなかった奇跡は、美智子がき父の威と自らの尊厳を差しし、輔のプライドを守るために仕組んだ、完璧な演に過ぎなかったのだ。
輔の額から、粒の脂汗がテーブルへと滴り落ちた。
え切ったリビングの静寂の、輔の荒い息遣いだけが響いていた。
彼は震える両でファイルを押さえつけ、憑かれたように次のページへと指を滑らせた。
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