"捨てられた妻の逆転相続" 第6話
その堂々たるスピーチを、会の最列から見つめているがあった。
粗末なコートの襟をて、子を目に被った青――翔太だった。
方の営業所を無断欠勤し、インターネットのニュースで恵子の向をった翔太は、藁をも掴むいで京へ戻り、この会に潜り込んでいたのだ。
式典が終わり、ロビーへてきた恵子に向かって、翔太は目を憚らず駆け寄った。
「母さん! 母さんッ!」
恵子の傍らに控えていたスタッフが驚いて制止しようとしたが、恵子は静かにを挙げてそれを留めた。
翔太は息を切らし、恵子のに膝をつかんばかりの勢いでをげた。
「母さん、頼むよ! 俺が悪かった! 父さんのに乗って、母さんに酷いことを言ったのは本当に反省してる! だから、俺をあの施設で雇ってくれ! 加納所の役員にしてくれとは言わない、どんな仕事でもするから……俺はもう、会社にも居所がないんだ!」
かつて母親を見し、「世体が悪い」「父さんの邪魔をするな」と言い放った息子の見るもない惨めな姿。
恵子はち止まり、静かに翔太を見つめた。その瞳には、りも、復讐のもなかった。ただ、い憐と、決して揺らぐことのない厳格なが宿っていた。
「翔太。顔をげなさい」
翔太がおずおずと顔をげると、恵子は静かに言葉を紡いだ。
広告
「あなたは加納のの名に守られ、誰かが用したレールのを歩くことしからずにきてきました。お父さんがお祖母様を粗末にし、私を侮辱した、あなたはその姿を正しいと信じて従った。それが、あなたの選んだです」
「母さん……そんな……見捨てるのかよ!? 俺はあんたの本当の息子だろ!?」
翔太が縋り付こうとしたを、恵子はそっと、しかし毅然と押し返した。
「親だからといって、の尊厳を踏みにじったの責任を肩代わりすることはできません。今のあなたに必なのは、私の財産に寄りかかることではなく、自分の犯した過ちを認め、自分のでからを啜ってき直すことです」
恵子は鞄から通の封筒を取りし、翔太のに握らせた。
「これは、あなたがお祖母様から受ける正当な権利である遺留分を、弁護士を通じて精算した類です。法な分配はこれで全て完しました。もう、ここへ来てはいけません」
「母さん……!」
恵子は度も振り返ることなく、迎えのへと歩きした。
ドアが静かに閉まり、黒塗りのが滑らかに発していくのを、翔太は握りしめた封筒を見つめたまま、ただ呆然と見送るしかなかった。
の柔らかな差しが、美しく改装された「静メモリアルケアセンター」の庭園を黄に染めげていた。
広告
子に乗った齢者たちが、介護スタッフやボランティアの若者たちと談笑しながら、枯れの々のに咲く寒椿をでている。かつてはい塀に囲まれ、俊の傲と徹さが支配していた旧の敷は、今や温かい笑い声との温もりが絶えない希望の拠点へとまれ変わっていた。
建物の最も当たりの良い角には、静の遺が飾られたさな祈りのスペースが設けられていた。
写真のの静は、晩の苦痛から解放されたかのように、穏やかで慈に満ちた笑みを浮かべている。
恵子は入れのき届いた百のを瓶にけ、静かにをわせた。
「お義母様、今も無事にしいを迎えることができました」
ろから音がづき、条弁護士が穏やかな笑顔で歩み寄ってきた。
「条先、お忙しいところを運んでいただき恐縮です」
「いえいえ、加納代表。のご挨拶をといましてね。それにしても、本当に見事な施設になりました。静様も、葉のでどれほどんでおられることか」
条弁護士は遺に向かって々と礼し、それから懐から通の報告を取りした。
「俊氏に関する裁判所の破産続きと、横領の回収分配続きがすべて完いたしました。彼は現、方の警備会社で働きながら、細々と活を送っているようです。
翔太氏もまた、方の運送会社でから配送員として勤務を始めたと報告が入っております」
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
風呂を禁じた義母と、家を出た嫁の反撃
由香は出版社で働きながら、無職になった夫・正斗を支え、家計も家庭も一人で背負っていた。 しかし、義母・松恵が突然同居を始めると状況は一変する。家事や生活費を押し付けられ、深夜帰宅した由香に対して「文句があるなら稼いでから言え」と言い放つ義母。 限界を迎えた由香は、静かに決断する。 「では今後は、すべて夫に払わせますね」 その一言を境に、崩れかけていた家族の関係が動き始める。 さらに、義母が持ち込んだ大量の段ボールの中から発見された怪しい情報商材。そして隠されていた家族の秘密。 由香が離れたことで、夫は初めて自分が逃げ続けていた現実と向き合うことになる。 奪われた時間、壊された信頼、そして明らかになる義母の本当の目的――。 一人で耐え続けた妻が、自分の人生を取り戻すために選んだ静かな反撃が始まる。怒り|嫁姑|夫婦|修羅場2.2万字5 614 -
完結第12話
寝室のベッドの下に隠されていたもの
寝室のベッドの汚れが気になり、清掃業者を呼んだ高島怜奈。 ところが、六年間動かしていなかったベッドの裏から見つかったのは、枕元へ向けられた小型カメラとマイク、そして謎の装置だった。 さらに奥には、叔母から相続した一億八千万円の財産資料と、怜奈の日常を細かく記した〈生活能力観察記録〉が隠されていた。 頭痛、物忘れ、薬を飲んだ時間、夜中に起きた回数――。 半年間、自分でも「最近おかしい」と感じていた症状まで、なぜかすべて記録されている。 そして最後に残されていたのは、夫の筆跡による一文だった。 〈本人が自己管理不能と認めた段階で、委任状へ署名させる〉 十二年間信じてきた夫の優しさは、本当に愛情だったのか。 ベッドの下から始まった小さな違和感は、やがて怜奈の財産、仕事、そして「自分の記憶」さえ奪おうとする長年の計画へとつながっていく。夫婦|裡の顔2.2万字5 156 -
完結第20話
50歳の再婚、披露宴で知った夫の嘘
「玲子さん、仕事は辞めて、明日から私の介護をよろしくね。息子がそう約束してくれたの」 五十歳で迎えた再婚披露宴。 姑が満面の笑みでそう告げると、親族から拍手が起きた。 隣の夫は否定せず、青ざめた顔で目をそらした。 私は何も問い詰めず、マイクを握り、夫から届いたメッセージを読み上げた。 《仕事は絶対に辞めなくていい。母との同居も介護の押しつけもしない》 その夜、私は新居へ行かず、自分のマンションへ戻った。 翌朝、勤務先から連絡が入る。 夫の会社が、私の退職証明と「親族介護専従手当」を勝手に申請していたのだ。 さらに区役所で確認すると、私の住民票は偽造委任状によって新居へ移され、書類上、私はすでに“無職の被扶養者”にされていた。 その直後、姑から電話がかかってきた。 『玲子さん、助けて……正人が、私の五百万円を全部持っていったの』嫁姑|夫婦|介護2.1万字5 353 -
完結第18話
夫は私を最低な妻として配信していた
夜勤明け、同僚から見せられた動画には、家族へ暴言を吐く“私”が映っていた。 《看護師の妻、夜勤後に家族へ八つ当たり》 再生回数は百二十万回。投稿者は夫だった。 私の言葉は前後を切り取られ、十四歳の娘まで台本を読まされていた。 帰宅して問い詰めると、夫は悪びれずに言った。 「動画を公開されたくなければ、娘の親権を争わないと約束してくれ」 家を調べると、台所や廊下から四台の隠しカメラが見つかった。 さらに夫は、虐げられた父親を演じ、広告や寄付で一年に一千三百万円以上を得ていた。 そして次回予告には、私が娘へ暴力を振るった“決定的証拠”を公開すると書かれていた。 しかし、削除されたメモリーカードを復元すると、映っていたのは泣く娘へ台本を渡す夫の姿だった。 「もう一度。今度は『お母さんに叩かれた』と言って」夫婦|裡の顔2.4万字5 336 -
完結第18話
ただの経理パート
「君の仕事は誰にでもできる。今日で辞めてもらう」 結婚二十八年。夫は社員全員の前で、私を“週三日の経理パート”として解雇した。 代わりに経理責任者となったのは、夫が連れてきた三十四歳の女性顧問。 私は退職届に署名せず、会社の鍵だけを置いて帰った。 ところが翌朝、売上の六割を占める主力取引先三社が、一斉に新規発注を停止した。 夫は私の報復だと騒いだが、通知に書かれていた理由は―― 《安全監査資料の重大な欠落》 新しい顧問が、都合の悪い事故記録を削除していたのだ。 さらに調べると、私は会社案内だけでなく創業者名簿からも消され、二千万円を出資した記録まで書き換えられていた。 役員を外す書類に残された私の署名。 その作成日、私は手術を受け、病院から一歩も出ていなかった。職場逆転|夫婦1.8万字5 397 -
完結第13話
妊娠八か月の私に姑は四十人分のおせちを作らせた
「妊娠は病気じゃないでしょう。座るなら、四十人分のおせちを作り終えてからにして」 妊娠八か月の私は、姑に母子手帳とスマートフォンを取り上げられ、夜明け前から台所に立たされていた。 腹の痛みに耐え切れず床へ崩れた時、店の裏口から両親が入ってきた。 父は椅子のない台所と、姑が握る金庫の鍵を見て静かに尋ねた。 「娘の母子手帳を、なぜあなたが持っているんですか」 この店も住居も、夫の実家の物ではない。経営危機を救うため、私の父の会社が買い取り、相場の三分の一以下で貸していた建物だった。 入院後に調べると、私は知らないうちに店の取締役にされ、毎月二十八万円の報酬を受け取ったことになっていた。 けれど私が渡されていたのは、生活費の五万円だけ。 さらに辞めた板前から届いた花には、一枚のカードが添えられていた。 《金庫の中に、あなた名義の通帳が三冊あります》嫁姑|裡の顔1.1万字5 347 -
完結第12話
娘の就職祝いで夫は私を泥棒と呼んだ
「会社から二千万円を移しました。見つかる前に、帳簿も処分します」 娘の入社祝いの席で、夫は“私の声”が入った録音を再生した。 義母にはワインを浴びせられ、夫からは離婚届を突きつけられた。 「今日署名すれば、警察には届けない」 録音日時は三月十四日、午後八時十二分。 けれどその時、私は病院の手術室で全身麻酔を受けていた。 さらに翌朝、娘の携帯には、私のアカウントから送られた覚えのないメッセージが残っていた。 調べると、消えた二千万円の送金先には義母名義の会社があり、入社したばかりの娘まで五千万円の補助事業の責任者にされていた。 そしてある夜、娘が突然姿を消す。 会社の経理室に残されていたのは、娘の実印が押された一通の自白書だった。 《二千万円の送金は、すべて母の指示で行いました》夫婦|金銭問題1.3万字5 316