"最後の上映会" 第4話
翌週の曜、6本目のケースが届いた。には、これまでと異なる言葉がかれていた。
〈この町を覚えていると見てください〉
清治はその夜、商会の役員を座へ呼んだ。最初は10ほどだったが、噂を聞いた々が次々と集まり、客席の方に30ほどが座った。
映ったのは昭37の商だった。画面のに自分や族を見つけるたび、客席からさな声ががった。くなったが現れると、誰もが息をのみ、そのに懐かしそうな笑みを浮かべた。
映が終わると、商会の岡野がちがった。
「清治さん、これを曜ごとに見せてくれないか。館は閉まったけど、フィルムが届くだけでも」
清治はすぐには答えなかった。閉館を決めた、もう映写を回すことはないとっていた。しかし、久しぶりにが座った客席を見渡すと、座が再び息をしているようにじられた。
「入料は取らない。も分には使えない。それでもよければ、次の曜もけよう」
その言葉に、客席から静かな拍が起きた。
こうして閉館したはずの座で、毎週曜だけの映会が始まった。
映会が始まると、フィルムを待つは週ごとに増えていった。町をれた族へ連絡する者も現れ、隣町からで来るもいた。座席の破れた部分には商の女性たちが布を当て、用の灯油は志が持ち寄った。
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清治はびながらも、複雑な気持ちを抱いていた。座を残したいと言われても、建物は老朽化し、根と配線の修繕に額の費用が必だった。はすでに町の建設会社へ売却する話がんでおり、翌のには取り壊される予定だった。
「映会を続ければ、館を残せるとうがてくる」
清治が子へ話すと、彼女は座席の埃を払いながら答えた。
「残せないなら、そう説すればいいじゃない。でも、なくなるまで何も見ないより、見られるものを見た方がいいわ」
子の言葉は正しかった。それでも清治は、再び集まり始めた々へ、もう度別れを告げるが来ることを恐れていた。
7本目のフィルムには、昭33のが映っていた。町の子供たちが川辺で弁当を広げ、教師が笛を吹きながらり回っていた。
映、ろの席での女性が泣き始めた。計を営む森田だった。画面には、10歳頃のと、その隣でおにぎりをべる弟の夫が映っていた。
夫は翌、川の事故でくなっていた。に残る写真は葬儀のに使った枚だけで、笑ってく弟の姿を、はそれ以来度も見ていなかった。
「こんな顔をして笑っていたのね」
映、はスクリーンのからけなかった。清治はフィルムを傷めないよう保管し、で写真館に頼んで画面を枚の写真にして渡すと約束した。
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しかし、映像にを救われるばかりではなかった。
8本目に映った昭36の商で、品を営む島栄は突然席をった。スクリーンには、島の父親が見らぬ女性と親しげに歩く姿が映っていた。族には仕事だと説していたの映像だった。
映、島は清治へい調で詰め寄った。
「昔のことを勝に見せて、族を傷つけるつもりか。誰が何のために撮ったかも分からないんだぞ」
清治は言い返せなかった。映像は懐かしさだけでなく、本たちが忘れようとした秘密や痛みまで連れ戻すことがある。撮された者の許を得ていない以、映する責任は清治にもあった。
翌週からは、フィルムを先にで確認することにした。を傷つける能性がある面はどう扱うべきか、子や商会の数と相談し、映を見送る判断も必だと決めた。
そんな、町学の元教師だった松井良平が清治を訪ねてきた。79歳の松井はが悪く、映会には来られなかったが、昔の運会が映っていると聞き、清治の自宅で見せてほしいと頼んだ。
映像を見終えた松井は、撮者についてなことを話した。
「正は、ただ町の記録を撮っていたんじゃない。弟を捜していたんだよ」
正には、正雄という3歳の弟がいた。
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