"忘れられなかった一つの名前" 第7話
「本は族が全員いなくなったとっていた。だから隆に、おには帰るがあると言ったんだ」
しかし、その報が正しかったかどうかは確認されていなかった。戦の混乱では、したと伝えられた者が別のできている例もあった。
健はの役所、旧所の寺、炭鉱会社の記録を調べた。父がに送ったのくは、古い所だけを頼りにしたため届いていなかった。
本の戸籍をたどるにはがかかったが、弘の妹・美代が昭18に結婚し、姓を変えていたことが判した。空襲でくなったのは母親だけで、美代は疎先にいたため助かっていた。
美代はすでにくなっていたが、娘の坂井紀子が埼玉県で暮らしていた。健は事を記したを送った。
1週、紀子から話が入った。
「母には弘という兄がいました。戦から戻らなかったと聞いています」
紀子の声は落ち着いていたが、健が軍のボタンについて話すと、息をのんだ。
「母は、兄が自分たちのことをらないままくなったのではないかと、ずっと気にしていました」
美代は疎先から何通もをしていた。しかし部隊の移によって届かず、本は母と妹がくなったという誤った報だけを信じたまま戦へ向かった。
戦、美代も兄の方を捜した。
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旧姓の本弘で復員者名簿を確認したが、所属部隊を正確にらず、消息へたどり着けなかった。
紀子のには、弘が征に妹へ送った写真とが残されていた。写真の青は、瀬が見せた集写真よりし若く、学姿で自転の横にっていた。
には、戦争が終わったらさな修理をきたいとかれていた。本は械を分解するのが好きで、炭鉱で壊れた計やラジオを直していたという。
〈美代が結婚して子供ができたら、俺が玩具を作ってやる〉
紀子はその文章を読みげ、途で声を詰まらせた。
「叔父は、私がまれたこともらなかったんですね」
健は、箱からボタンを取りした。紀子へ返すべきではないかと考えて持参していた。
「これは本さんのご族が持つべきものだといます」
紀子は両を伸ばしかけたが、途で止めた。
「佐藤さんのお父様が、40守ったものなのでしょう」
「でも、名を残した本の族はあなたです」
2はすぐに答えをせなかった。ボタンは本の所物であり、隆との約束の証しでもあった。どちらか方の族だけのものではなく、2のが交わった所に残されたものだった。
紀子は、しばらく健の元で保管してほしいと頼んだ。その代わり、写真とを複写し、本弘がどのような物だったかを両で記録することを提案した。
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「叔父を、帰れなかった兵士としてだけ残したくありません。修理を持ちたかったことも、私に玩具を作るつもりだったことも残したいです」
健はく頷いた。それは、父が涯かけても見つけられなかった本のの続きだった。
隆があと数かきていれば、美代の娘がいることを伝えられたかもしれない。自分だけが帰ったという罪から、しは解放されたかもしれない。
そのいは健の胸を締めつけた。しかし過ぎたを悔やむだけでは、父と同じように自分を責め続けることになる。
父が果たせなかったのは、本をきて見つけることだった。けれど、本の名とを族へ返すことなら、息子である自分にもできる。
紀子と会った、健は実の遺品をもう度調べた。戦友会の会報を冊ずつ確認し、父が残したメモを代順に並べた。
箱が包まれていた古い聞をくと、内側にさな封筒が貼り付いていることに気づいた。糊が劣化して剝がれ、聞の折り目へ入り込んでいたため、最初の理では見落としていた。
封筒には、〈健へ〉とかれていた。
の付は昭58815だった。父が孫への話をしかけ、途でやめたのである。
〈健へ。おがこのを読む、私は自分ので話せなかったのだとう。
話さなかったことを、父親として申し訳なくう〉
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