"忘れられなかった一つの名前" 第10話
写真やをたどれば、も族も冗談もあったのが見えてくる。
隆は涯、本との約束をで守ろうとした。しかし最には、その約束は息子と本の族へ渡され、くのが記憶するものになった。
錆びたボタンは、もう押し入れの奥へ隠されることはなかった。
箱をけば、その裏側には今も、細い傷で刻まれた名が残っている。
本 弘。
それは戦争を美化するための名ではない。戦争によって未来を奪われ、それでも最まで友の帰りを願った、の青がこの世にいたことを伝える名だった。
それから数、健は父の遺品のから、冊のい帳を見つけた。表は擦り切れ、何度もに濡れたように波打っていた。そこには、父・隆が戦訪ね歩いた役所や寺、元兵士たちの所が、さな字でびっしりとき込まれていた。本弘の消息を求めてしたの控えも何通か挟まっていたが、そのほとんどには「該当者なし」「記録」という返事しか残されていなかった。
最のページには、昭57の付とともに、い言葉が記されていた。
「弘、今も見つけられなかった。だが、おの名を息子に話せないままぬことだけは、してはいけないとう」
その文章のには、何度もいては消した跡があった。
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父は語ろうとしていたのだ。けれど、戦で自分だけがを受け取り、きて帰ったのことをにすれば、今まで押さえ込んできた何かが壊れてしまうと恐れていたのかもしれない。
健は帳を胸に抱き、子どもの頃に父へ投げつけた言葉をいした。
「あんな古いボタン、捨てればいいのに」
父はらなかった。ただ、「おには、まだ分からないだろうな」と答えただけだった。その静かな声の奥に、どれほどい悔いと謝があったのか。健は、ようやく父と同じ齢にづいてから理解した。
翌の、健は自分の息子と娘を連れ、本弘の故郷を訪れた。本の墓には遺骨がなく、墓の側面には「戦没」とだけ刻まれていた。健は箱からボタンを取りしたが、墓へ置くことはしなかった。父が涯守ったものを、にさらす気にはなれなかったからだ。
代わりに、父の帳をき、最のページを子どもたちに読んで聞かせた。
「このがいなければ、おじいちゃんは帰ってこられなかった。おじいちゃんが帰ってこなければ、私も、君たちもここにはいない」
息子はさなボタンを見つめながら尋ねた。
「本さんは、怖くなかったのかな」
健はすぐには答えられなかった。勇敢だったから恐れなかったのではない。きっと帰りたかったはずだ。
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きたかったはずだ。それでも最のを誰かに渡した。その選択を、きれいな英雄物語にしてはいけないとった。
「怖かったとう。だからこそ、忘れてはいけないんだ」
墓を吹き抜けたのが、々の葉を静かに揺らした。健は父ができなかったことを、ようやくつ果たせた気がした。記憶を守るとは、古い品物をしまい続けることだけではない。その品物に込められた名と痛みを、次の誰かへ渡すことなのだ。
に軍のボタンと隆の帳は、本の親族の同を得て、域の平資料館へ寄贈された。展示ケースには、父の言葉をもとにしたい説が添えられた。
「これは戦争を称えるための品ではありません。帰れなかったと、帰されたが交わした約束の証です」
展示を訪れた々のくは、錆びたボタンのでを止めた。それは勲章でも、価な遺品でもない。しかし、さな属片の向こうには、未来を持っていたの青がいた。は故郷へ帰り、族をつくった。もうは帰ることができず、ただ名だけを友に託した。
父が絶対に捨てなかったものは、戦争のいではなかった。
自分をかしてくれた友への謝と、き残った者としての責任だった。そしてその責任は、父のとともに終わったのではない。
健へ渡り、さらにその子どもたちへと受け継がれていった。
は度失われるのかもしれない。度目は命が終わった。
度目は、そのを覚えている者がいなくなった。
だから健は、毎になると子どもたちへ本弘の話をした。戦の勇ましい物語としてではなく、筒を差しし、友にきて帰れと言ったの若者の話として。
錆びたボタンは、もう佐藤の押し入れにはない。
それでも父の約束は、以よりくののので、静かに守られ続けていた。
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