"忘れられなかった一つの名前" 第8話
隆は、自分が戦争の記憶を語らなかった理由をいていた。
戦の話をすれば、聞く者が戦争を勇ましい物語として受け取ることを恐れた。自分がを傷つけたこと、仲を置いてき延びたことを、族ので言葉にする勇気もなかった。
〈私は戦争を語らないことが、族を守ることだとっていた。しかし黙っていることで、かえっておたちをざけた。おがりたがったに話すべきだった〉
健は何度も文字が見えなくなり、を机へ置いた。
隆は、本から受け取ったと料についても記していた。
〈私は本の分まできる、と言うことができなかった。の分まできることなど、誰にもできないからだ。私はただ、自分のをきるしかなかった。それが番苦しかった〉
本への恩を返すため族を切にしようとするほど、隆は自分のが借り物のようにじられた。健や芳子をしているのか、本への罪悪からよい父親を演じているのか、分からなくなるがあったという。
〈それでも、おがまれたにうれしかったことは嘘ではない。おがをた夜、引き止めたかったことも本当だ。私は言葉にすることがだった〉
最には、ボタンの扱いについてかれていた。
〈本の族が見つかったら、ボタンを見せてほしい。
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返してほしいと言われれば返しなさい。ただし、私が持ち続けた理由も伝えてくれ。これは戦争の記品ではない。私が忘れてはいけないとったのの名だ〉
健はを読み終え、い声をげて泣いた。葬儀のにも流せなかった涙だった。
父は健を理解していなかったのではない。自分のにある記憶をどう渡せばよいか分からず、沈黙ので迷い続けていた。
健は、父をたいだとったことを悔した。しかし同に、何も話さなかった父の選択で自分が傷ついた事実まで否定する必はないとった。
父も完全なではなかった。戦争をき延び、族を持ち、過と現ので答えを見つけられないままを取った、の器用な男だった。
健は紀子と瀬へ連絡し、父のを含めた記録冊子を作ることにした。戦での状況だけでなく、本の代、修理を持つ、美代が兄を捜していた、隆が帰還に抱えた苦しみも記すことにした。
戦争を美しい友物語に変えず、本の犠牲を英雄に飾らないためだった。あの状況をみした戦争そのものが、2から選択肢を奪ったこともき残した。
「叔父は佐藤さんを救うためにまれたわけではありません」
紀子は冊子の原稿を読みながら言った。
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「父も、本さんを忘れないためだけにきたわけではありません」
健が答えると、2は同に頷いた。
彼らが残そうとしているのは、な伝説ではない。戦争によって途で断ち切られた2の青と、そのをきた族たちの、簡単には理できない記憶だった。
昭618、健と紀子は、隆と本の戦友だった瀬を招き、さな追悼の集まりをいた。所は佐藤の畳だった。
のには、隆の遺と本の写真を並べた。央には箱を置き、蓋をけた状態で錆びたボタンを収めた。
静、健の妹・芳子、紀子の族も集まった。本と血のつながりを持つ者と、隆の沈黙をく見守った者が、初めて同じ部へ座った。
瀬は2の写真へをげ、当の話をした。本がよく飯の冗談を言ったこと、隆が針仕事を苦にして軍の破れを何度も本に縫ってもらったこと。戦の惨さだけではなく、2が若者として過ごしたい常を語った。
「本さんは、笑うだったのですね」
紀子が尋ねると、瀬は頷いた。
「笑わなければ、皆が壊れてしまうとっていたんだろう。本も怖かったはずだが、先に冗談を言った」
静は、隆がではほとんど冗談を言わなかったことを話した。帰還の夫は、真面目で、滴も無駄にせず、何かを楽しむことへ罪悪を持っているようだった。
「本さんがきて帰っていたら、主をもっと笑わせてくれたかもしれませんね」
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