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"60代からの第二の人生" 第2話

浩司の絞りすようない声が、刻みに震えていた。拳を握りしめる浩司のの甲には、青筋がくっきりと浮きている。、真面目筋に働き、族を支えてきた夫の背が、りとしみできく波打っていた。

私は川京子。今歳になる。 元の私病院ので調理員として働き続け、今でちょうど目を迎えた。毎朝午に鳴り響く目覚まし計の音でび起き、まだが瞬く極寒の空のには厨へとを踏み入れる。

「減塩気ないから嫌だ」と愚痴をこぼす齢の患者さんには、汁の配夫してり豊かに仕げ、「術欲がない」という患者さんには、喉越しの良い葛湯や彩り鮮やかなゼリーを夫して添える。ひとりの病状と命に向きう特別を、神経を尖らせて作り続けてきた。

「今のスープ、とても温まりました」「お魚が柔らかくて美しかったよ」

配膳の際に入院患者さんたちから掛けられるそんな温かい言葉だけが、労働に軋む私の体を支え、疲れたを救ってくれる唯の灯だった。

息子の直哉が「医師になりたい」とにしたのことを、私は昨のことのように覚えている。夕の席で緊張した面持ちでを語った息子の瞳を見て、私と浩司は顔を見わせ、何があってもこの子のを叶えようと誓いった。

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しかし、現実は過酷だった。直哉が学したのは、学費が極めて額な私学の医学部だった。数百万円にのぼる授業料と施設費。私たち夫婦は自分たちのや趣を極限まで切り詰め、ボーナスは全額学費の積みてに回し、必になって面した。その額、で実に千百万円。決して裕福ではないにとって気のくなるようなだったが、親としてが子の将来を支えるのは当然の務めだと信じて疑わなかった。

直哉が無事に国試験に格し、の医師になり、良のお嬢さんである波さんと結婚した際にも、私たちは恥をかかせまいと結婚祝いとして百万円を包んだ。さらに数、都のタワーマンションを購入すると聞いたには、しにと百万円を渡した。

そのの孫——歳の男・翔太、歳の次男・蓮、歳の女・美咲、そして歳の次女・結菜がまれるたびに、私たちは万円ずつの産祝いを欠かさず贈った。

そして今回の、ハワイ旅援助の万円。に直哉が「最当直続きで疲れている。族で旅にでもきたいが物価で厳しい」と零したのを聞き、体を配した私が面して振り込んだものだった。

暗い灯りの、私は帳をき、これまでに直哉夫婦へ援助してきた額を卓で繰り寄せた。

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学医学部の学費援助:1,200万円

結婚祝い:100万円

級マンション購入:300万円

産祝い(30万円×4):120万円

ハワイ旅援助:50万円

その、入学祝い・細かな活支援:約100万円

純粋な現だけでも、実に千万円。孫たちのやおもちゃ、お祝いごとの事代、そして無償で引き受けてきた細かな世話を含めれば、千万円を遥かに超えていた。

それでも、私たち夫婦は今まで度たりとも悔などしたことはなかった。自分たちの贅沢をしてでも、息子の族が幸せでいてくれるなら、それが親としての何よりの誇りだと信じていたからだ。

しかし、私たちにはたったつだけ、から待ち望んでいたささやかな願いがあった。

「あなた……今の正は、で久しぶりに温泉でもって、ゆっくり過ごそうって約束していたわよね……」

私はソファーにく背を預け、虚空を見つめながら静かに呟いた。浩司は私の隣に腰をろし、く、く頷いた。

「ああ、そうだ。、おは正も休まず厨ち続けてくれた。元旦の特別おせち作りで、毎指をあかぎれだらけにしていた。今で現の責任者を退き、嘱託になって初めて迎える、誰にも邪魔されない夫婦入らずの正だったはずなんだ……」

浩司の言葉が胸に痛く染み入る。

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