"60代からの第二の人生" 第8話
おたちも親孝できて良かったじゃないか』
叔父の悪気のない温かい言葉が受話器から流れた瞬、直哉のから力が抜け、スマートフォンが絨毯のにボトリと滑り落ちた。
顔からサーッと血の気が引き、瞳孔が見かれる。
「直哉さん……? お義父さんたち、なんて……?」
震える波さんの問いかけに、直哉は絞りすような掠れ声で答えた。
「母さんたち……旅にってたんだ……。自分たちの正休みを取り戻すために……夫婦入らずで……」 「え……? うそ……まさか……」
その瞬、は同に悟ったのだ。 自分たちが都よく子供を押し付け、奪い取ったはずの母親の正休みを、両親は自らの志と力で、鮮やかに奪い返しにっていたのだということを。
そのの夜、私たちはワイキキ屈指の老舗フレンチレストランでディナーを楽しんでいた。 キャンドルの揺らめくテーブルで極のフィレステーキとロブスターを堪能した、私はバッグからスマートフォンを取りした。
「ねえあなた、ちょっとだけ内モードを解除してみてもいい?」 「ああ、見てみろ。どうなっているか」
私が通信をオンにした瞬、スマートフォンがまるで発作を起こしたかのように激しく振し始めた。画面を埋め尽くす通の数字に、私は目を丸くした。
直哉からの着信:百件
波からの着信:件
広告
LINE着メッセージ:百件
「ものすごい数ね……」 「読むのか?」 「いいえ。読んだら美しい料理とデザートのが台無しになってしまうわ」
私はふふっと微笑み、再び「内モード」のスイッチを押して画面を暗転させた。
「あなた、私、今とっても幸せよ」 「俺もだ。、こんなにきりで誰にも邪魔されず笑いったこと、度もなかったもんな」 「いつも息子のため、孫のためって、自分たちのを回しにしてきたものね。でも、これからは違うわ。私たちのは、私たちのものよ」
を取りう私たちのグラスに注がれた熟成の赤ワインが、レストランのシャンデリアに照らされて美しく煌めいていた。
、帰国夜。 ホテルのスイートルームでパッキングをしながら、浩司が神妙な面持ちで尋ねてきた。
「、帰国したらあいつらと対峙することになるな。どうするつもりだ?」 「どうもこうも、きちんと話をするだけよ。私たちが何をじ、これからどうきていくのかをね」
私はスマートフォンの内モードを解除した。最のLINEメッセージには、涙ながらの痛な叫びが並んでいた。
『母さん、お願いです。連絡をください。子供たちが配で狂いそうです。今すぐ帰りますから、お願いですから無事だと教えてください。』 『お母さん、本当にすみませんでした。
広告
私たちが違っていました。お願いです、返事をください。』
私は徹に、しかし丁寧にい返信を打ち込んだ。
『の夜に帰宅します。そのにきちんとお話ししましょう。子供たちのことは配いりません。所の佐藤さんに頼んで、毎様子を見てもらい、事も作ってもらっています。その費用はで請求しますので。』
送信ボタンを押すと、秒も経たずに直哉から返信が来た。
『母さん! 無事だったんですね! でも佐藤さんに費用って……』
私はややかに最の文を返した。
『「領収取っといて、で精算するから」。あなたたちが私に言った言葉ですよ。』
それ以、画面がることはなかった。
、夜。 成田空港からタクシーをらせ、ようやく自宅のへ辿り着いた。灯の、寒空のでち尽くす直哉と波さん、そしての孫たちの姿があった。
「ばあば! じいじ!」
孫たちが泣きじゃくりながら駆け寄ってくる。歳の次女・結菜も、所の元護師である佐藤さんのい当てのおかげですでにはがっていたが、母親の元にしがみついてをすすっていた。
私たちは静かに玄関の鍵をけ、スーツケースをに運び入れた。
「母さん……父さん……今までどこにってたんだよ……!?」
直哉の声は掠れ、目は充血し、着古したはシワだらけだった。
ハワイの差しを浴びたはずの顔は、幽鬼のように痩せこけている。
私は穏やかな笑みを浮かべ、淡々と答えた。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
エレベーターの7時間
5月7日。 東京の大型デパートで突然の停電が発生した。 妊娠6か月の雪は、8人の乗客とともにエレベーターへ閉じ込められる。 救助が来るまでの7時間、彼女は自分の命よりも先に、高齢者や子供たちを守り続けた。 しかし、扉が開いた瞬間―― 救助隊長である夫・明が最初に抱き上げたのは、妻ではなく元恋人の桜だった。 「私と赤ちゃんは、もう彼を待たない」 意識を失う直前、雪が救助隊員へ託した結婚指輪と最後の言葉。 その日から、夫婦の関係は完全に崩れ始める。 なぜ明は、命の危険にある妊娠中の妻より、別の女性を選んだのか。 そして、10年間信じ続けていた桜との“過去”には、誰も知らない秘密が隠されていた。 救助記録と証言が明らかにした真実。 それは、雪が失ったのは夫だけではなく―― 自分を守るはずだった家族そのものだった。夫婦2.0萬字5 20 -
完結第14話
一杯の鍋が変えた人生
柏優太は、職場でのパワハラが原因で心を壊し、半年間ほとんど誰とも話さず部屋に閉じこもっていた。 そんなある日、隣に引っ越してきた母子3人の姿を見かける。 「何も買えなくてごめんね」と泣く母親と、空腹を我慢する子供たち。 過去に大切な友人を救えなかった後悔を抱えていた優太は、思わず声をかける。 「よかったら……うちで鍋しませんか」 一杯の鍋をきっかけに、孤独だった男と傷ついた母子の人生が少しずつ変わり始める。 しかし、温かな時間の裏には、母親が隠していた過去と、子供たちを取り戻そうとする元夫の存在があった。 誰かを救おうとした優太が、実は自分自身も救われていた――。 小さな優しさから始まった、再生と家族の物語。人生逆転|第二の人生|親子関係2.2萬字5 131 -
完結第11話
退職金より失ったもの
「退職金は俺が39年間働いて得た金だ。お前には1円も渡さない」 定年を迎えた夫の一言で、39年間家族を支えてきた妻・佳代の心は静かに壊れた。 夫は、家事も育児も介護も、妻がしてきた全てを「家にいただけ」と言い切った。 しかし翌朝、佳代が残した青いファイルを開いた夫は、初めて知らなかった事実を目にする。 そこには、39年間の家計の記録と、誰が何を支えてきたのかを示す証拠が残されていた。 「では、全部清算しましょう」 妻が選んだのは、夫の退職金を奪うことではなかった。 夫婦として積み重ねてきた時間、その価値をもう一度問い直すことだった。 2760万円の退職金よりも先に、夫が失った本当のものとは――。夫婦|退職金|金銭問題|熟年離婚1.7萬字5 301 -
完結第16話
閉ざされた玄関の暗証番号
田園調布の豪邸で暮らす田中勇気と妻・桜。勇気は一人暮らしになった母・澄子を思い、妹の弓とともに同居を始める。しかし、その優しさは次第に家族の境界線を曖昧にしていった。 勇気が海外出張中、桜は高熱で倒れながらも義母の来客対応を強いられる。初めて「できません」と拒んだ彼女に、澄子は怒りを募らせ、桜本人の意思を無視して荷物をまとめ、家から追い出してしまう。 夫に心配をかけまいと黙って耐える桜。しかし異変を感じた勇気は急いで帰国し、隠されていた真実を知る。 妻を守れなかった自分の過ち、そして母が家族への感謝を「支配する権利」と勘違いしていたことに気づいた勇気は、家族の在り方を見直す決断をする。 本当の家族とは何か。愛情と依存の違いを描く、再生と絆の物語。嫁姑|第二の人生|修羅場2.4萬字5 13 -
完結第13話
余命半年からの再出発
余命を告げられた日、夫は離婚届を置き、息子も「必要なことがあったら連絡して」と距離を置いた。 58歳の桐谷佳代子は、病気だけでなく、33年間築いてきた家族まで同時に失った。 誰もいない台所で一人分の味噌汁を作りながら、絶望の中にいた佳代子だったが、病院で出会った人々との縁をきっかけに、少しずつ自分の人生を取り戻していく。 治療、離婚、家を失う危機。 それでも彼女は、針と糸を手に取り、病気と向き合う人のための帽子作りを始める。 家族に必要とされることでしか自分の価値を感じられなかった女性が、人生のどん底から見つけた本当の生き方とは――。人生逆転|夫婦|第二の人生2.0萬字5 225 -
完結第13話
消えた託児代7万円
2001年、東京の外れにある義実家で暮らす保育士のゆいは、夫の妹・安奈から何度も娘の子守りを押しつけられていた。 「保育士でしょ?」 「家族なんだから」 「今日だけお願い」 そう言われるたび、ゆいは仕事帰りに1歳のクレアを風呂に入れ、寝かしつけ、夜泣きにも起きてきた。けれど夫も義母も、それを“当然の手伝い”としか見ていなかった。 ある朝5時半、安奈は39度の熱を出したクレアを抱えて現れる。 「娘の子守りよろしく」 仕事を理由に断ろうとするゆいへ、夫は笑って言った。 「保育士なんだから慣れてるだろ。ケチくさいこと言うなよ」 その一言で、ゆいの中で何かが切れた。 なぜ安奈は、そこまで頻繁に娘を預けていたのか。 なぜ“仕事”と言って家を空ける日が増えていたのか。 そして、クレアの父親だけが知らなかった事実とは――。 便利な保育士として扱われ続けた嫁が、初めて「無理です」と告げた日、義家族の隠された嘘が静かに崩れ始める。兄弟姉妹|夫婦1.9萬字5 8 -
完結第13話
100億の身代わり花嫁
貧しさに追い詰められた28歳の美咲は、妹の命を救うため、68歳の不動産王・大鳥幻蔵との結婚を受け入れた。 5000万円の借金は消え、妹の手術費用も用意される。そう信じて臨んだ結婚式で、美咲は親族たちから「金目当ての女」と嘲られながらも、ただ耐え続けた。 だが初夜、幻蔵は優しい夫の顔を捨て、恐ろしい真実を告げる。 美咲は妻として迎えられたのではなかった。100億円の借金と危険な会社を押しつけられる“身代わり”として選ばれたのだ。 妹を人質に取られ、逃げ道を失った美咲。夫、親族、裏社会、病院までもが敵に回る中、彼女は静かに涙を拭う。 誰も知らなかった。 彼らが「底辺の女」と笑った美咲こそ、10年間、父の死の真相を追い続けてきた人物だったことを――。夫婦|金銭問題1.9萬字5 6 -
完結第13話
福嫁の逆転茶屋
江戸の日本橋にある茶屋「泡雪屋」の若旦那・宗介は、店の立て直しのため、評判の商人・泉屋五兵衛の娘を妻に迎えることになる。 宗介が望んでいたのは、江戸でも噂になるほど美しい姉・お花だった。美しい女将がいれば、傾きかけた店にも客が戻る。そう信じていたからだ。 しかし、五兵衛が宗介に差し出したのは、お花ではなく、ふくよかで目立たない妹・福だった。 祝言の日、客たちは陰で笑い、宗介自身も心のどこかで落胆を隠せなかった。だが、福が作る菓子と入れる茶は、少しずつ泡雪屋の空気を変えていく。 派手ではないのに忘れられない味。人の心の奥にしまわれた記憶を呼び起こす菓子。福は、宗介が見落としていた“商いで本当に大切なもの”を静かに見せていく。 やがて泡雪屋は、思いがけない形で評判を取り戻していく。 なぜ、泉屋五兵衛は美しい姉ではなく、福を宗介に嫁がせたのか。 そして若旦那が、かつて落胆した嫁に深く頭を下げることになった理由とは――。嫁姑|夫婦1.9萬字5 0 -
完結第13話
十六歳の毒薬花嫁
江戸中期、奥州郡山の大店・高野家には、余命三月と告げられた若旦那・湊がいた。 歩くこともままならず、医者からは「春までもたぬ」と見放された男。誰も嫁ぎ手など現れないと思われたその家の門を、ある冬の朝、十六歳の娘・凛が一人で叩く。 「三月なら三月、三日なら三日でも構いません」 そう言って自ら若旦那の嫁になった凛だったが、彼女には誰にも明かしていない目的があった。 苦くないはずのない薬。帳簿に増え続ける不自然な数字。井戸へ捨てられた父の形見。 病とされていた若旦那の命、罪人にされた父の名、そして大店に二十一年隠されてきた嘘。 十六歳の娘が嫁いだ本当の理由が明らかになる時、高野家の運命は大きく変わり始める。夫婦2.0萬字5 0