「料理も作れないあんたじゃ、この料亭も終わりだな」 父の葬儀を終え、私が老舗料亭を継いだ翌朝だった。 板長は12人の従業員を連れ、駅前で独立すると宣言した。 「客も仕入れ先も、全部俺についてくる」 私は引き止めず、「分かりました」とだけ答えた。 13人が去った板場には、包丁一本残っていなかった。 ところが予約帳を調べると、宴会7件に謎の《保留》が記されていた。 新店舗の契約日は、父が倒れる3週間前。 酒屋にはすでに「先代は長くない」と話していたという。 さらに父の金庫から、黒ずんだ一冊のノートが見つかった。 過去に辞めた従業員の名前、その横には何度も同じ文字が残されていた。 《黒田君》 そして父が亡くなる4日前のページには、《黒田誠治 断る。二度目》の一行があった。 その下に書かれた短い文章を読んだ瞬間、私は板長を追わなかった父の本当の意図を知った。