"「もう来なくていい」17歳の姉が偽名で働き続けた理由" 第2話
美代はいつも通り作業着に着替えた。
澄子と並んでのをくぐろうとしたところで、守が片をげた。
「瀬さん、ちょっと」
美代がを止めた。
「何ですか」
守は美代の顔を見なかった。
「事務所へってください」
「今ですか?」
「今です」
澄子もを止めた。
「私もきます」
「妹さんは職へってください」
「でも姉ちゃんが――」
「遅刻になりますよ」
美代は澄子へ振り返り、いつものように笑った。
「丈夫や。あとでくから」
その笑顔を見て、澄子は職へ向かった。
けれど、美代は朝礼にも来なかった。
午の休憩にも姿を見せず、昼休みに堂で待っても現れなかった。
夕方、仕事を終えて寄宿舎へ戻ると、美代の寝のに茶い箱が置かれていた。
には作業着、櫛、拭い、裁縫箱、替えの袋。
へ置いていた美代の私物が、全部入っていた。
「何これ……」
澄子が呟くと、部の隅から声がした。
「澄子」
振り向くと、美代が窓際に座っていた。
制でも作業着でもなく、朝ていったには着ていなかった普段着へ着替えている。
「姉ちゃん、何でここにおるん」
美代はしばらく答えなかった。
「今から、来なくていいって」
澄子はを理解するまで数秒かかった。
「どういうこと?」
「そのまんま」
「何かしたん?」
美代の表が瞬だけ変わった。
「してないよ」
「じゃあ何で?」
「らん」
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「らんわけないやろ」
澄子が声をくすると、同の娘たちがこちらを見た。美代はそれに気づき、「あとで話す」とさく言った。
しかし、その夜。
何を聞いても。
美代は理由を話さなかった。
翌朝、ベルが鳴ると美代も度は体を起こした。けれど隣の娘たちが布団を畳み始める、作業着のない箱へ目を落とし、そのままもう度座った。澄子は何か言おうとしたが、結局「ってくる」とだけ声をかけてで部をた。
これまで1半、はほとんど毎同じにへ向かっていた。堂の列へ並ぶも、のに傘をさしてまで歩くも、帰りに売へ寄るも隣には美代がいた。その姉がいないだけで、寄宿舎からまでのわずかなが異様にくじられた。
職では、すぐに噂が始まった。
「瀬さんのお姉さん、どうしたん?」
同じ班の娘が尋ねてきた。
「らん」
「昨、事務所呼ばれてたやろ」
「うん」
「何かしたんかな」
別の娘が声で言った。
「事務所のおなくなったって話、聞いたで」
「誰から?」
「らんけど」
「適当なこと言わんといて」
澄子はわずきつく返した。
すると今度はしれたところから、「製品持ちしたんちゃう?」という声まで聞こえた。噂には根拠がなかったが、理由が分からない空は、それだけでの像を膨らませる。
昼休み、澄子は堂の隅で麦飯をべた。
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美代がいたなら、噌汁がいだの、今度の休は洗濯を先にしたいだの、どうでもいい話をしていた。そんな普通のが急になくなると、姉が何も話してくれないことへの腹ちまでくなっていった。
仕事を終えて戻ると、美代は裁縫箱を理していた。
「今も何も言われへんかった?」
「誰に?」
「に」
「もう来なくていいって言われたんやから、何もないやろ」
「理由聞きにこうよ」
「もうええ」
「何がええん」
美代は針を布へ刺した。
「ここ辞めても、仕事なんかにある」
「姉ちゃん、17やで。何の紹介もなしに急に仕事見つかるん?」
「探す」
「故郷には何て言うん」
その瞬、美代のが止まった。
澄子はそこを見逃さなかった。
「母ちゃんにはまだ言ってへんやろ」
「言わんでええ」
「何で」
「余計な配するから」
「仕事なくなったのに?」
「すぐ見つけるから」
美代の声は妙にかった。
夜になっても、姉は事を話さなかった。
3目。
澄子が洗濯物を畳んでいると、美代が以仕事で使っていた掛けのポケットからの角がているのに気づいた。洗濯にを確かめようとい、何気なく取りした。
つ折りになった枚のだった。
広げると、に亜紡績の名があり、そのに、
《瀬美代 17歳》
と印字されている。
検診結果通。
澄子はその言葉を読み、次のでが止まった。
赤鉛できく、
《精密検査》
とかれていた。
そのには、胸部写真に「を認む」と医師の文字がある。
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