"「もう来なくていい」17歳の姉が偽名で働き続けた理由" 第10話
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完結第10話
昭和39年、姉の「元気です」に隠された嘘
「元気です。心配しないでください」 昭和39年、15歳で東京へ集団就職した姉は、毎月その一行だけを送ってきた。 手紙好きだった姉が、家族へ何も書かなくなった。 しかも葉書の消印は、北区、荒川区、足立区、墨田区と毎回違っていた。 「姉ちゃん、本当はどこにいるの?」 妹が尋ねても、返事はまた同じだった。 《ちゃんと同じ工場で働いています。元気です》 正月にも帰らず、工場の住所さえ知らせない姉。 やがて同じ町から東京へ出た少女が、体を壊して帰郷した。 「春ちゃん、何度か私の寮へ来たよ」 そう言って少女が差し出したのは、青森の両親へ送った一通の手紙だった。 差出人は少女の名前――しかし、そこに並んでいた文字は間違いなく姉の筆跡だった。時代|歴史|昭和1.4万字5 31 -
完結第10話
給食を食べなかった少女
「先生、お腹が痛いです」 昭和30年、11歳の少女は給食の時間になると、毎日決まって教室を出ていった。 熱はなく、午後の授業には何事もなかったように戻ってくる。 不審に思った担任があとを追うと、少女は校舎裏で水だけを飲んでいた。 家では、何か月も給食費を払えていなかった。 「私だけ払ってないのに食べたら、ただでもらうみたいだから」 担任が給食を勧めても、少女はパンを弟へ持ち帰るようになった。 そして冬、机の中から硬貨の入った小さな封筒が見つかる。 「これは何のお金?」 「中学校へ行くためのお金です」 少女は自分の食べる分を減らし、受験費用を貯めていた。 だが父は、卒業したら働いて家計を助けるよう命じていた。 担任が封筒を父の前へ置くと、少女は震える声で初めて本心を告げた。時代|歴史|昭和1.5万字5 12 -
完結第11話
「名前を書くな」公害病の申請を止めた父と、娘の「息がしたいだけ」
「その申請書に、名前を書くな」 昭和49年、ぜん息で学校の校庭に倒れた12歳の娘へ、父はそう言った。 父が18年間働いてきたのは、町の空を煙で覆う臨海工場。 申請すれば、治療費の負担が軽くなるかもしれない。 だが同じ頃、父には念願だった班長昇進の話が出ていた。 「会社と地域の間に立つ人間として、よく考えてほしい」 係長の言葉に、父は申請書を引き出しへしまった。 数日後、食卓に置かれた書類には、娘の名前だけが書かれていた。 「私、お父さんの会社を潰したいんじゃない」 娘は咳をこらえながら、父を見上げた。 「ただ、息がしたいだけ」 その週の土曜日、父は娘と役所を訪れた。 保護者署名欄を前に、父のペンは長い間止まったままだった。時代|歴史|昭和1.6万字5 1 -
完結第11話
13歳の娘だけ、保険証にいなかった
「お母ちゃん、どうして私の名前だけないの?」 昭和36年、藤井家に届いた新しい国民健康保険証。 父、母、10歳の弟、7歳の弟――家族全員の名前が並んでいた。 けれど13歳の美津子だけが、どこにも載っていなかった。 母は保険証を取り上げ、「役場の間違いだから」と隠した。 父も黙ったまま、一度も娘の顔を見なかった。 不安になった美津子は、翌朝一人で役場へ向かった。 職員は台帳をめくると、急に表情を曇らせた。 「お母さんと一緒に来た方がいい」 「私、藤井美津子ですよね?」 返事はなかった。 そして最後に、職員は重い口調で告げた。 「あなたは、修一さんと和子さんの戸籍には入っていないんだよ」 その夜、美津子が「私は誰の子なの」と問い詰めると、母は13年間隠してきた女性の名前を口にした。歴史|昭和|ミステリー1.6万字5 441