"給食を食べなかった少女" 第3話
「そんな……」
「以から何度も腹痛を訴えていましたが、全部のを避けるためだったようです」
は畳へ座り込んだ。
「りませんでした」
林は責めなかった。
「学はをべてはいけないとは言っていません。むしろ子どもには普通にべてもらうことになっています」
「でも、おを払えてませんから」
「それはの話です」
「来には必ず払います」
「そういう話をしに来たんじゃありません」
は唇を噛んだ。
しばらくして、しずつ事を話し始めた。
夫の栄治は町の材で働いていたが、のにを械へ巻き込まれた。指は残ったものの握力が落ち、い材を扱う仕事ができなくなった。側から軽作業へ回してもらったが賃は減り、以の半分くになったもあった。
そこへ弟の病気。
米代。
賃。
教材費。
費。
払わなければならないものを並べるだけで、毎どれかが遅れる。
「子には何も言ってなかったんです」
は俯いた。
「配させたくなかったから」
「でも、分かっていたんでしょう」
「……そうでしょうね」
子どもは、がう以にの空気を見ている。
台所の米びつ。
母親が財布をく回数。
父親が料袋を置いたの顔。
弟の薬代を払ったのため息。
何も説されなくても。
子は全部見ていた。
その晩。
広告
は娘へ学で聞いたことを話した。
「先が、はちゃんとべなさいって」
「嫌」
子は即座に首を振った。
「何言ってるの。お腹空いてるでしょう」
「空いてない」
「嘘つきなさい」
「嫌だよ」
子が声をげることは珍しかった。
「先が特別にしてくれたら、みんなに分かる!」
「何が」
「うちが貧乏だって!」
は黙った。
「私だけ払ってないって、みんなにられたら嫌だ!」
「誰も笑わないよ」
「分かんないじゃない!」
子は泣いた。
「私、普通でいたいんだよ」
その言葉を聞き。
母親は。
何も言えなくなった。
翌から子はのも教へ残るようになった。林はしたが、それは最初のだけだった。よく見ると、子は配られたパンを半分しかべず、残りを袋へ包んで机のへ入れている。脱脂乳もしをつけるだけで、汁物やおかずを周りへ分けることさえあった。
「全部べなくていいのか」
林が聞くと、
「朝ご飯をべすぎました」
と答えた。
佐伯の事をったでは、とても信じられない。
それでも教ので追及すれば、子が最も嫌がっている「特別扱い」になる。林はしばらく様子を見ることにした。
数。
庭の端で見覚えのある幼い男の子を見かけた。
以、佐伯で布団に寝ていた子の弟・正夫だった。体調が良くなったらしく、母親の用事について学くまで来たようである。
広告
そのに。
のパンがあった。
林はしれた所から見ていた。
子は弟へ袋を渡し、
「半分ずつべな」
と言った。
もうの弟もそばにいた。
は嬉しそうにパンをちぎってべ始めた。
子自は何もべない。
その景を見て。
林は初めて気づいた。
子は費を払っていないことへの慮だけで、昼を抜いているわけではない。
べ物を。
へ持ち帰っている。
そのの放課。
「子、し残れ」
教にきりになると、林は静かに尋ねた。
「パンを弟に持って帰ってるな」
子の顔が張った。
「捨ててません」
「そんなことは言ってない」
「べきれないから持って帰ってるだけです」
「毎か」
子は答えなかった。
「あなたがべる分だろう」
「私は丈夫です」
「丈夫じゃない」
林の声がしくなった。
「午に体育があるも何もべないで、午まで授業を受けてる。そんなこと続けたら本当に具が悪くなる」
子は俯いた。
林は続けた。
「そんなにが困っているなら、お母さんともう度――」
「違う!」
突然、子が叫んだ。
林は驚いた。
女は唇を噛み、しばらく机を見つめていた。
やがて。
机の奥へを入れた。
取りしたのは。
さな茶封筒だった。
何度もけ閉めしたらしく、の部分が柔らかくなっている。
「何だ、それ」
子は渡そうとしなかった。
「先には関係ありません」
「をべないことと関係あるのか」
女の指が封筒をく握った。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
「もう来なくていい」17歳の姉が偽名で働き続けた理由
「高瀬さん、今日から工場へ来なくていい」 集団検診の翌朝、17歳の姉だけが門前で止められた。 寄宿舎へ戻ると、作業着も櫛も裁縫箱も、すべて紙箱に詰められていた。 理由を聞いても、姉は「知らん」としか答えない。 周囲では、盗みをしたのではないかという噂まで広がった。 3日後、妹は姉の前掛けから一枚の紙を見つける。 赤鉛筆で書かれていたのは、 《要精密検査》 姉は病院へ行かず、寄宿舎からも姿を消した。 一週間後、別人の名前で小さな縫製工場に勤めていることが分かる。 「病気やと決まったら、家族へ金を送れへん」 だが翌月、その名前の本当の持ち主が大阪へ来ることになった。 しかも工場では、全員の胸部検診が予定されていた。時代|歴史|昭和1.6万字5 2 -
完結第10話
昭和39年、姉の「元気です」に隠された嘘
「元気です。心配しないでください」 昭和39年、15歳で東京へ集団就職した姉は、毎月その一行だけを送ってきた。 手紙好きだった姉が、家族へ何も書かなくなった。 しかも葉書の消印は、北区、荒川区、足立区、墨田区と毎回違っていた。 「姉ちゃん、本当はどこにいるの?」 妹が尋ねても、返事はまた同じだった。 《ちゃんと同じ工場で働いています。元気です》 正月にも帰らず、工場の住所さえ知らせない姉。 やがて同じ町から東京へ出た少女が、体を壊して帰郷した。 「春ちゃん、何度か私の寮へ来たよ」 そう言って少女が差し出したのは、青森の両親へ送った一通の手紙だった。 差出人は少女の名前――しかし、そこに並んでいた文字は間違いなく姉の筆跡だった。時代|歴史|昭和1.4万字5 31 -
完結第11話
「名前を書くな」公害病の申請を止めた父と、娘の「息がしたいだけ」
「その申請書に、名前を書くな」 昭和49年、ぜん息で学校の校庭に倒れた12歳の娘へ、父はそう言った。 父が18年間働いてきたのは、町の空を煙で覆う臨海工場。 申請すれば、治療費の負担が軽くなるかもしれない。 だが同じ頃、父には念願だった班長昇進の話が出ていた。 「会社と地域の間に立つ人間として、よく考えてほしい」 係長の言葉に、父は申請書を引き出しへしまった。 数日後、食卓に置かれた書類には、娘の名前だけが書かれていた。 「私、お父さんの会社を潰したいんじゃない」 娘は咳をこらえながら、父を見上げた。 「ただ、息がしたいだけ」 その週の土曜日、父は娘と役所を訪れた。 保護者署名欄を前に、父のペンは長い間止まったままだった。時代|歴史|昭和1.6万字5 1 -
完結第11話
13歳の娘だけ、保険証にいなかった
「お母ちゃん、どうして私の名前だけないの?」 昭和36年、藤井家に届いた新しい国民健康保険証。 父、母、10歳の弟、7歳の弟――家族全員の名前が並んでいた。 けれど13歳の美津子だけが、どこにも載っていなかった。 母は保険証を取り上げ、「役場の間違いだから」と隠した。 父も黙ったまま、一度も娘の顔を見なかった。 不安になった美津子は、翌朝一人で役場へ向かった。 職員は台帳をめくると、急に表情を曇らせた。 「お母さんと一緒に来た方がいい」 「私、藤井美津子ですよね?」 返事はなかった。 そして最後に、職員は重い口調で告げた。 「あなたは、修一さんと和子さんの戸籍には入っていないんだよ」 その夜、美津子が「私は誰の子なの」と問い詰めると、母は13年間隠してきた女性の名前を口にした。歴史|昭和|ミステリー1.6万字5 441