"消された母の名前" 第5話
「怖かったんです」
「何が?」
「本当に、あなたが私を拒んでいることが」
里美はちがった。
53、2の母親はそれぞれ自分が傷つかないために、娘へ何も選ばせなかった。
清子は、里美を失うのが怖かった。
直子は、娘に拒まれるのが怖かった。
そので、里美だけが何もらずにきてきた。
「今は帰ります」
直子が顔をげた。
「また、来てくれますか」
「分かりません」
里美は正直に答えた。
「今は、あなたを母親だとえない」
「はい」
「でも、清子さんのことも、と同じようにはえない」
直子は何も言わなかった。
施設をると、午からり始めたがくなっていた。
里美は傘を持っていなかった。
濡れながら駅へ向かった。
途でスマートフォンが鳴った。
所のからだった。
清子がからいなくなったという。
玄関はいたまま。
財布も携帯話も置いてある。
仏壇から、例の辺の写真だけが消えていた。
清子が見つかったのは、翌朝だった。
警察と所のが夜通し探し、以族で何度か訪れたのくで保護された。実から10キロ以れており、途までバスに乗ったあと、方向が分からなくなって歩き続けたらしい。
発見された、清子はベンチへ座り、辺の写真を胸に抱えていた。
「へかなきゃ」
警察官に、何度もそう言っていたという。
清子は軽い脱症状を起こしていたため、そのまま病院へ運ばれた。
広告
里美が病へ入ると、母は目をけていた。
「どこへったの?」
里美が尋ねると、清子は井を見つめた。
「直子を迎えに」
「にいるとったの?」
「待ってるから」
「直子さんは、施設にいた」
母の目がいた。
「会ったよ」
清子はしばらく娘を見つめた。
「そう」
「私を産んだのは直子さんなのね」
清子は目を閉じた。
否定しなかった。
「どうして20歳の、何も言わなかったの?」
「らなくていいとった」
「私が決めることでしょう」
「ったら、あなたはていく」
清子の声はかった。
「京へったも、戻ってこなかった。仕事も友達も向こうにいた。直子のことを話したら、私は本当に母親じゃなくなる」
「だから、直子さんに嘘をついたの?」
清子は答えなかった。
「私が会いたくないと言ったって」
「あなたは、私を嫌ってた」
「嫌ったことはある。でも、それと直子さんに会いたいかは別でしょう」
清子は顔を窓の方へ向けた。
「私が、あなたを育てたのよ」
「分かってる」
「がた夜も、学へけないと泣いた朝も、全部私がいた。直子は何もしなかった」
「分かってるって言ってるでしょう」
声がきくなった。
里美は度、息をえた。
「育ててくれたことを否定してるんじゃない。私に嘘をついたことを聞いてるの」
清子の目から涙が流れた。
里美は、母の涙をほとんど見たことがなかった。父の葬儀でも、では泣かなかった。
広告
「怖かったの」
清子は言った。
「あなたを直子に返すのが」
「私は物じゃない」
「分かってる」
「分かってない。返すとか、取られるとか、ずっと2で決めてる。私は53歳よ。誰と会うかも、誰を母親とうかも、自分で決められる」
清子は泣きながら、布団を握った。
「私を捨てないで」
その瞬、里美のりがし揺らいだ。
目のにいるのは、娘へい言葉を浴びせ、へ何度もをした母親である。
同に、妹の子どもを引き取り、失う恐怖を53抱えてきたの女性でもあった。
理解はできる。
だからといって、すぐに許せるわけではない。
「今は、何も約束できない」
里美は答えた。
清子は、さらにく布団を握った。
「でも、今すぐをるつもりはない」
清子が目をけた。
「介護が必だから残るんじゃない。私がこれからどうしたいか考えるまで、ここにいる」
里美は子へ座り直した。
母のを握ろうとはしなかった。
その距が、今の2には必だった。
清子は数入院したあと、実へ戻った。
でさせるのは危険になり、域包括支援センターと相談して、週3回デイサービスを利用することになった。
清子はく反対した。
「寄りばかりの所へきたくない」
「お母さんも寄りでしょう」
「私は、あのたちとは違う」
「向こうも同じことってるよ」
最初の朝、清子は玄関の柱につかまり、へ乗ることを拒んだ。
里美と職員が30分かけて説得し、最はったまま発した。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
元夫の再婚式に招かれた私には、秘密がある
離婚から五か月後、元夫が若い再婚相手を連れ、結婚式の招待状を届けに来た。だが由美が抱く生後二か月の男児を見た瞬間、元夫の笑顔は凍りつく。 由美は離婚時、すでに妊娠していた。さらに彼女の手元には、元夫の裏切りと消えた夫婦の財産を示す証拠も残されていた。 捨てられた妻が過去を暴くだけでなく、息子とともに自分の人生と安心して帰れる家を取り戻す再生の物語。夫婦|親子関係|不倫2.6万字5 3 -
完結第23話
母の小さな食卓
三年ぶりに実家へ帰った直人は、母の誕生日の食卓に、ご飯と味噌汁、漬物しかないことに驚く。冷蔵庫もほぼ空なのに、玄関には弟へ渡す高価なりんごが三箱も積まれていた。 さらに母の通帳には、弟へ毎月八万円を送った記録が残されていた。弟ばかりを優先する母への古い不満がよみがえるが、その金は、直人が失業した三年前から、息子・悠人の学費として渡されていたものだった。裡の顔|親子関係|修羅場2.8万字5 827 -
完結第20話
妻の事故と、五歳の娘が見抜いた嘘
事故で下半身不随になった妻を前に、夫・大介は「僕が君の足になる」と誓う。ところが五歳の娘・春だけは冷たく「帰る」と言い、父に病室の毛布の下を見るよう促した。 そこに隠れていたのは、事故当時に妻と一緒にいた浮気相手。家族を置いて密会していた妻は、事故の賠償や介護まで夫に押しつけようとする。 幼い娘の一言で裏切りを知った父が、離婚と親権確保を決断し、娘と二人で新しい生活を始める物語。夫婦|真実|真相|親子関係2.0万字5 2 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 3 -
完結第20話
路線バスで来た父を笑った婚約者一家の誤算
娘の顔合わせに路線バスで訪れた庄三は、相手の両親から「車も持てない乞食」と嘲笑される。婚約者まで黙って見ていたため、庄三はわずか五分で破談を告げた。 しかし庄三の正体は、県下一の交通グループを一台の中古バスから築いた創業者。翌日、社運を懸けた大型工事のコンペ会場で、相手親子は上座に座る庄三と再会する。職場逆転|人生逆転|第二の人生|金銭問題2.6万字5 100 -
完結第15話
白米だけの夕飯を出されたので、家を出ました
年度末の仕事を終えて帰宅した麻子を待っていたのは、冷めた白米だけの夕食。夫と義母は特上寿司を食べながら、「反省したらおかずを出す」と笑った。 「外で牛丼でも食べてきたら?」という夫に、麻子は静かに「分かりました」と答える。しかし彼女は半年前から新居や弁護士の手配を進め、大切な荷物も運び終えていた。嫁姑|夫婦|第二の人生|修羅場2.0万字5 130 -
完結第20話
妻の予定表に書かれた「最終日」
妻の予定表に記された、結婚記念日の「最終日」。夫は離婚を疑うが、その言葉には、十四年間積み重なった妻の孤独が隠されていた。 毎年同じレストランに二人分の席を予約し、来ない夫を一人で待ち続けていた妻。彼女は今年を最後に、待つことをやめようとしていた。夫婦|真相|第二の人生2.8万字5 70 -
完結第12話
母に贈った家を狙う親戚夫婦
母への恩返しに建てた家へ帰ると、親戚夫婦が勝手に住み着き、食卓を囲んでいた。しかも二人は近所に「自分たちの新居だ」と触れ回り、家まで奪おうとしていた。 裕子は怒鳴らず、警備会社への一本の電話をきっかけに、入退室記録、録音、登記、映像を着実に集めていく。 これは家を取り戻すだけでなく、断れずに生きてきた母が初めて「ここは私の家です」と声を上げる物語。静かな反撃と、母娘が本当の安心を取り戻す再生の一篇。裡切られた|兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|修羅場1.8万字5 1743 -
完結第12話
二十六年目の告白
余命わずかな夫・浩司は、妻ゆみに衝撃の告白をする。二十六年前、ゆみが産んだ息子と愛人の子を、病院で密かにすり替えたというのだ。 だが、ゆみはすべてを知っていた。夫の行動を目撃し、名札を元へ戻していたため、浩司が愛人の子だと信じて溺愛してきた誠は、紛れもなくゆみの実子だった。夫婦|真相|親子関係|修羅場|不倫1.7万字5 1292