"消された母の名前" 第13話
案内するは、参加者を撮る側だとっていた。
そのは、ほかの参加者へスマートフォンを渡した。
を背に、女性たちと並ぶ。
肩が触れうほどいもいれば、しれてつもいる。
「もうし詰めてください」
撮する女性が言った。
皆がしずついた。
里美はそのままでいた。
無理に距をなくさなくてもいい。
づきたいはづき、今はれていたいには、その距が必だった。
シャッターが切れた。
写真を確認すると、誰も完璧な顔ではなかった。
は目を閉じ、別のはを見ている。里美の髪もで乱れていた。
それでも撮り直さなかった。
その夜、宿へ戻ると、清子の施設から話があった。
母が夕、里美の名をにしたという。
「はっきり、里美さんとおっしゃいました」
職員が教えてくれた。
何ぶりだろう。
「、帰ったらきます」
話を切ったあと、里美は直子へも連絡した。
《清子さんが、私の名を呼んだそうです》
返事はすぐに来なかった。
翌朝、いメッセージが届いた。
《姉さんは、忘れても々いすでした。昔から》
里美はその文章を読み、を見た。
は、忘れたら終わるのではない。
覚えていれば、すべて正しく残るわけでもない。
清子は53、妹の名を忘れなかった。
だからこそ、娘から妹を隠し続けた。
直子は娘を忘れなかった。
広告
それでも会いに来る勇気を持てなかった。
していることと、正しいができることは別だった。
里美自も、母たちを理解したからといって、すべてを許したわけではない。
今でも、20歳のにを読みたかったとう。
30歳の自分に、選ばせてほしかったとう。
失ったは戻らない。
だが、らされた53歳からのは、自分で選ぶことができた。
清子を介護する方法。
直子と会う距。
続けたい仕事。
で暮らす所。
誰を母親と呼ぶか。
そのどれにも、ただつの正解はなかった。
ツアーを終えて帰宅した翌、里美は清子の施設へった。
母は窓際に座り、庭を見ていた。
「お母さん」
里美が呼ぶと、清子は振り向いた。
「どちらさま?」
昨の記憶は、もう消えていた。
里美はしだけ胸を痛め、それから母の隣へ座った。
「里美です」
「里美?」
「あなたの娘」
清子は首をかしげた。
「私に娘はいないわよ」
「そういうもあるね」
里美は笑った。
バッグから辺のツアーで撮った写真をした。
「旅へってきたの」
「楽しそうね」
「楽しかったよ」
「あなた、旅の仕事をしてるの?」
「そう」
「派ね」
清子は初めて聞く話のように頷いた。
里美は、母が昔から自分の仕事を認めてくれなかったことをいした。旅会社を「を遊ばせるだけの仕事」と言われたもある。
今の清子は覚えていない。
広告
だからこそ言える言葉なのかもしれない。
それでも、里美は受け取ることにした。
「ありがとう」
清子は写真のの里美を指した。
「この、直子に似てる」
里美は息を止めた。
「分かるの?」
「目が同じ」
清子は写真を撫でた。
「でも、笑い方は私に似てる」
里美の目に涙が浮かんだ。
血のつながりは直子から受け取った。
笑い方は清子と暮らしたので似たのかもしれない。
どちらも里美を作った。
「この写真、ここに置いていい?」
「好きにすればいいでしょう」
里美は辺の姉妹写真の隣に、しい写真を飾った。
清子と直子。
里美と旅の参加者たち。
異なる代のが、同じ棚に並んだ。
清子はもう度庭へ目を向けた。
「直子は、まだ来ないの?」
「会いたい?」
「分からない」
母は答えた。
「でも、来たらお茶くらいすわ」
里美は笑った。
「伝えておく」
それが今だけの言葉でもよかった。
には忘れるかもしれない。
直子が来るかどうかも分からない。
それでも、きている限り、次の面を選ぶ余は残っている。
里美は施設をた。
午の空はるく、にはしだけの匂いが混じっているような気がした。
スマートフォンをき、直子へメッセージを送る。
《清子さんが、来たらお茶くらいすと言っています》
数分、返事が届いた。
《お茶だけなら、ってもいいです》
里美はち止まり、画面を見ながら笑った。
仲直りではない。
失われた族が元通りになるわけでもない。
清子は、直子を完全には許さない。
直子も、清子を完全には許さない。
里美も2を許し切る必はなかった。
ただ、同じ部で杯の茶をむ。
今の3にできるのは、それくらいだった。
そして、それくらいで分なもある。
里美は次のツアーの見へ向かうため、駅まで歩き始めた。
53歳で仕事を失い、故郷へ戻った、自分のは母の介護だけで終わるとっていた。
実際には、そこで初めて自分のをり、2の母親と会い直し、自分の仕事を作った。
は、最初から引かれた本の線ではなかった。
途で途切れ、隠され、別の線となりながら続いていく。
誰かが勝にいた部分もある。
自分では選べなかった名も、族も、過もある。
それでも、これから先に引く線だけは、自分で決めることができる。
駅のホームへ入ると、ちょうど列が到着した。
里美はで乗り込んだ。
窓側の席へ座り、これから訪ねる町の資料をく。
列がき始めた。
ざかる故郷の景を見ながら、里美はもう、逃げているとはわなかった。
自分で選んだ所へ向かっているのだとった。母だとっていたの名は、届から度消されていた。53、届かなかった12通のが、私に“の母”の真実を教える――。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
元夫の再婚式に招かれた私には、秘密がある
離婚から五か月後、元夫が若い再婚相手を連れ、結婚式の招待状を届けに来た。だが由美が抱く生後二か月の男児を見た瞬間、元夫の笑顔は凍りつく。 由美は離婚時、すでに妊娠していた。さらに彼女の手元には、元夫の裏切りと消えた夫婦の財産を示す証拠も残されていた。 捨てられた妻が過去を暴くだけでなく、息子とともに自分の人生と安心して帰れる家を取り戻す再生の物語。夫婦|親子関係|不倫2.6万字5 3 -
完結第23話
母の小さな食卓
三年ぶりに実家へ帰った直人は、母の誕生日の食卓に、ご飯と味噌汁、漬物しかないことに驚く。冷蔵庫もほぼ空なのに、玄関には弟へ渡す高価なりんごが三箱も積まれていた。 さらに母の通帳には、弟へ毎月八万円を送った記録が残されていた。弟ばかりを優先する母への古い不満がよみがえるが、その金は、直人が失業した三年前から、息子・悠人の学費として渡されていたものだった。裡の顔|親子関係|修羅場2.8万字5 827 -
完結第20話
妻の事故と、五歳の娘が見抜いた嘘
事故で下半身不随になった妻を前に、夫・大介は「僕が君の足になる」と誓う。ところが五歳の娘・春だけは冷たく「帰る」と言い、父に病室の毛布の下を見るよう促した。 そこに隠れていたのは、事故当時に妻と一緒にいた浮気相手。家族を置いて密会していた妻は、事故の賠償や介護まで夫に押しつけようとする。 幼い娘の一言で裏切りを知った父が、離婚と親権確保を決断し、娘と二人で新しい生活を始める物語。夫婦|真実|真相|親子関係2.0万字5 2 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 3 -
完結第20話
路線バスで来た父を笑った婚約者一家の誤算
娘の顔合わせに路線バスで訪れた庄三は、相手の両親から「車も持てない乞食」と嘲笑される。婚約者まで黙って見ていたため、庄三はわずか五分で破談を告げた。 しかし庄三の正体は、県下一の交通グループを一台の中古バスから築いた創業者。翌日、社運を懸けた大型工事のコンペ会場で、相手親子は上座に座る庄三と再会する。職場逆転|人生逆転|第二の人生|金銭問題2.6万字5 100 -
完結第15話
白米だけの夕飯を出されたので、家を出ました
年度末の仕事を終えて帰宅した麻子を待っていたのは、冷めた白米だけの夕食。夫と義母は特上寿司を食べながら、「反省したらおかずを出す」と笑った。 「外で牛丼でも食べてきたら?」という夫に、麻子は静かに「分かりました」と答える。しかし彼女は半年前から新居や弁護士の手配を進め、大切な荷物も運び終えていた。嫁姑|夫婦|第二の人生|修羅場2.0万字5 130 -
完結第20話
妻の予定表に書かれた「最終日」
妻の予定表に記された、結婚記念日の「最終日」。夫は離婚を疑うが、その言葉には、十四年間積み重なった妻の孤独が隠されていた。 毎年同じレストランに二人分の席を予約し、来ない夫を一人で待ち続けていた妻。彼女は今年を最後に、待つことをやめようとしていた。夫婦|真相|第二の人生2.8万字5 70 -
完結第12話
母に贈った家を狙う親戚夫婦
母への恩返しに建てた家へ帰ると、親戚夫婦が勝手に住み着き、食卓を囲んでいた。しかも二人は近所に「自分たちの新居だ」と触れ回り、家まで奪おうとしていた。 裕子は怒鳴らず、警備会社への一本の電話をきっかけに、入退室記録、録音、登記、映像を着実に集めていく。 これは家を取り戻すだけでなく、断れずに生きてきた母が初めて「ここは私の家です」と声を上げる物語。静かな反撃と、母娘が本当の安心を取り戻す再生の一篇。裡切られた|兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|修羅場1.8万字5 1743 -
完結第12話
二十六年目の告白
余命わずかな夫・浩司は、妻ゆみに衝撃の告白をする。二十六年前、ゆみが産んだ息子と愛人の子を、病院で密かにすり替えたというのだ。 だが、ゆみはすべてを知っていた。夫の行動を目撃し、名札を元へ戻していたため、浩司が愛人の子だと信じて溺愛してきた誠は、紛れもなくゆみの実子だった。夫婦|真相|親子関係|修羅場|不倫1.7万字5 1292