"帰れなかった15歳" 第1話
昭353。
のあいにあるさな町では、半く面を覆っていたが、ようやく解け始めていた。駅へ続くの両脇には、に汚れたがまだ膝ほどのさまで残り、その隙から黒いとの枯れが顔をのぞかせている。
午6をし過ぎたばかりだというのに、町のさな駅には勢のが集まっていた。見送りに来た父母、幼い弟や妹、学の教師、所のたちまでが、普段なら静かなホームを埋め尽くしている。
そのの列に乗るのは、学を卒業したばかりの女たちだった。
真しい学鞄を抱えている者もいれば、柳李に着替えを詰め、呂敷を肩へ掛けている者もいる。の真似をするように胸を張っているの横で、泣き腫らした目を隠そうと俯いている女もいた。
全員、まだ15歳だった。
彼らが向かうのは京である。
度経済成の波に乗り、都部のでは若い働きがしていた。方の学を卒業した女が学や職業定所を通してまとめて採用され、列で京や阪へ向かう。のちに彼らは「の卵」と呼ばれることになる。
けれど、その朝のホームにっていた子どもたちのくは、自分たちが本の成を支えるになるなどとは考えていなかった。族へ仕送りをするため、弟や妹を学へ通わせるため、あるいは故郷に働く所がないため、それぞれの事を抱えて列を待っていた。
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ホームの端に、15歳の佐藤佐子がっていた。
濃紺の制のには、母親が古い毛織物から縫い直してくれたの着を着ている。元にはさな柳李が1つあり、その横には弁当と拭いを入れた学鞄が置かれていた。
佐子の父は、彼女が学5の、仕事の事故でくなった。
それ以来、母のトヨはさな畑を耕しながら内職を続け、佐子と2の弟を育ててきた。になると農作業ができないため、夜遅くまで藁仕事をし、指先をひび割れさせながらしずつ活費を稼いだ。
へきたいという気持ちが、佐子になかったわけではない。
国語が得で作文では何度も賞を取り、担任教師からも学を勧められていた。本を読むことが好きで、いつか自分も学の先になれたらいいとった期さえある。
しかしには、入学も制代もなかった。
「京で3働けば、弟たちの教科代くらい送れるから」
面談の、佐子は自分からそう言った。
担任はしばらく黙っていた。隣に座っていたトヨは膝ので両を握り、「そんなことまで考えなくていい」と何度も首を振った。
だが佐子のは変わらなかった。
「正は来、学でしょう。信夫だって、そのうちへきたいって言うかもしれない。私が働けば、しは楽になるよ」
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娘が笑うほど、トヨにはつらかった。
15歳の娘が自分の将来より弟たちの学費を配している。それを止められない自分がけなくて、帰り、トヨは佐子に気づかれないよう何度も目元を拭った。
発の朝、トヨは夜けから台所へった。
米だけではりなかったので麦を混ぜ、握り飯を3つ作った。それぞれの真んには、のに自分で漬けた梅干しを1つずつ入れた。
握り飯を包んだのは古いの皮だった。何度も洗って使ったため柔らかくなり、端にはさな裂け目がある。トヨはそこへしい紐を結び、佐子の鞄の奥へ入れた。
「向こうへ着いたら、すぐをくんだよ。らないにはついてっちゃ駄目だ。料がなくてもしすぎるんじゃないよ」
をてから駅へ着くまで、トヨは同じことを何度も繰り返した。
「分かってるって。私、もう子どもじゃないんだから」
佐子は笑って答えた。
けれど、そのは母の袖をさなかった。
15歳は、故郷をれて働くには分な齢だとたちは言った。しかしトヨの目には、が鳴るたび布団へ潜り込んできた幼い娘の姿がまだなっていた。
やがてくから汽笛が聞こえた。
黒い煙を吐きながら列がづいてくると、それまで耐えていた々の声が斉にきくなった。
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