"五輪を見なかったテレビ屋" 第4話
空襲でが焼けたことくらいは聞いていた。
だが、どこで、どうやってき延びたのか。
誰と暮らしていたのか。
戦の数をどう過ごしたのか。
何もらなかった。
「父ちゃん」
浩が尋ねようとすると、信夫は孫に向かって別の話を始めた。
「このラジオ、つまみを回すと音が変わるぞ」
話は終わった。
昭から平成へ代が移った頃、信夫は体調を崩すことが増えた。
それでもへようとした。
「もう休んだらどうだ」
浩が言っても、「予約が入ってる」と聞かなかった。
最まで信夫は、仕事をすることをやめなかった。
そして平成に入ってもなく、静かにくなった。
葬儀が終わった、浩は父のについて考えた。
しかし、分からないことの方がかった。
父自が何も語らなかったからだ。
京オリンピックののことも、そのまま答えのない記憶として残った。
父がくなったことで、その答えは永に分からなくなった。
浩はそうっていた。
信夫がくなってから数、藤田器の古い舗を取り壊すことになった。
型の量販が増え、商そのものも昔の賑わいを失っていた。信夫が守り続けたをそのまま残しておく理由もなくなり、浩は族と相談して建物を理することにした。
久しぶりにシャッターをけると、のには独特のにおいが残っていた。
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埃。
古い。
気部品。
子どもの頃から嗅ぎ慣れたにおいだった。
先にテレビが並んでいた所は空っぽだったが、壁には父が打った釘が残り、帳の引きしには鉛の削りかすまで残っていた。
浩は何度もを止めた。
父がくなってからは経っていた。
それでもに入ると、奥から「そこ触るな」と信夫の声が聞こえてきそうだった。
数かけて内を理し、最に倉庫へ入った。
そこには修理能になった古い部品や空箱、具、帳簿類が積まれていた。
浩はつずつ確認していった。
奥の棚をかしただった。
壁際に古い箱が見えた。
浩はを止めた。
見覚えがあった。
昭391010。
京オリンピックの会式の。
父が倉庫ので向きっていた箱だった。
「まだあったのか……」
わず声がた。
箱はの埃をかぶり、角が黒ずんでいた。
蓋には錆びた具がついていたが、鍵はかかっていなかった。
浩はにしゃがんだ。
なぜか、すぐにける気になれなかった。
父があの、このに座っていた姿が蘇った。
「父ちゃん、始まったよ」
「おは見てこい」
「何で見ないんだよ」
そして自分が投げつけた言葉。
「オリンピックなんて、本当はどうでもいいんだろ」
信夫は何かを言おうとした。
しかし結局、何も言わなかった。
あの、この箱のに何があったのか。
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浩はゆっくり蓋をけた。
は拍子抜けするほどなかった。
古びた帳。
布で包まれた数枚の写真。
の帳簿とは違う、さなノート。
そして古い封筒がいくつか。
浩はまず写真をに取った。
黒写真だった。
かなり傷んでいる。
そこには5のが並んでいた。
全員、痩せていた。
は体にっておらず、きすぎる着を着ているもいた。靴を履いていない子もいる。
背景には壊れた建物が見えた。
現の京からは像できない景だった。
写真を裏返した。
鉛でくかれていた。
「昭21 野」
それだけだった。
浩はもう度写真を見た。
5のうち、から2目。
頬がこけ、髪をく切った。
目元に見覚えがあった。
「父ちゃん……?」
声にしてから、自分でも信じられない気持ちになった。
父が12歳か13歳の頃の写真。
浩がこれまで度も見たことのない、代の信夫だった。
残りの4は誰なのか。
親戚ではない。
浩は父方の親族をほとんどらなかったが、信夫が戦争で族を失ったことは聞いている。
次の写真には、同じたちがしれて座っていた。
誰かが笑っている。
信夫も、かすかに笑っていた。
浩はその顔をく見つめた。
になってからの父は、写真に写るもほとんど笑わなかった。
こんな表をするだったこと自体がだった。
古い帳をいた。
最初の数ページは文字がかすれて読めなかった。
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