みかん小説
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"五輪を見なかったテレビ屋" 第5話

付らしき数字。

べ物の名

誰かの名

い文章。

子どもの字だった。

ページをめくるにつれて、しずつ読み取れるようになった。

「今は何もえなかった」

「夜が寒かった」

「正ちゃんが芋をもらってきた」

「5で分けた」

の指が止まった。

父は終戦、ただを失っただけではなかった。

きるためにべ物を探し、寝る所を探していた。

その事実が、子どもの字で目のに残されていた。

は倉庫のへ座り込んだ。

では解体業者のの音がしていた。

しかし、その音が急にくなったようにじた。

自分は父について、何もらなかった。

48歳の父。

主として働く父。

な父。

鳴ることもなく、笑うこともなかった父。

そのに、空腹のきた12歳のがいた。

は作業をやめた。

その箱だけを自宅へ持ち帰った。

は父の帳を読みながら、終戦直の信夫について調べ始めた。

父自はもういない。

写真に写る4の名も、帳のでは名字がかれていないものがかった。それでも断片な記録をつなぎわせるうちに、信夫が戦京でどのように暮らしていたのかがしずつ見えてきた。

20

信夫は12歳だった。

空襲で族を失った。

父親も母親も戻らなかった。

んでいたも焼け、信夫は京で1になった。

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親戚を頼れたのか。

誰かが探しに来たのか。

そこまでは帳にかれていなかった。

ただ、昭21になる頃には、信夫が野周辺で同じような境遇のたちとしていたことは分かった。

写真に写る4

正ちゃん。

鉄。

清。

帳にはの名らしき呼び方だけが残っていた。

5に血のつながりはなかった。

それでも、当の信夫にとっては族にだった。

「鉄がパンを半分くれた」

「清がした」

「正ちゃんとをくみにった」

「幸がいなくなって皆で探した」

どれも数い記録だった。

しかし浩は、そのさのに当の暮らしをじた。

べること。

眠る所を確保すること。

が朝までそこにいること。

それが最も切だった代だった。

あるページには、芋についてかれていた。

「今は芋を1個もらった。5だからしずつになった。鉄がさいところを取った。俺もさいのでいいと言ったらられた」

わず笑いそうになり、それから胸が詰まった。

父はべ物を粗末にすることを嫌った。

が子どもの頃、ご飯粒を茶碗に残すと厳しく叱られた。

えるものを捨てるな」

その言葉の理由を、浩は初めて理解した。

ただの古い価値観ではなかった。

父にとってべ物は、かつて「今き延びること」そのものだった。

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寒さについてかれたかった。

の夜、5はできるだけくに横になったという。

れると寒い」

「今は正ちゃんのたかった」

「朝までが入ってきた」

文章にはがなかった。

の信夫にとって、それが常だったからだろう。

にはらないからべ物をもらった記録もあった。

「女のがおにぎりをくれた」

「名を聞かなかった」

「古い着をくれたおじさんがいた」

堂のが残った汁をくれた」

信夫は、その々の名をほとんどらなかった。

与えた側も、12歳のがそのどうなったのからないままだったのだろう。

帳を読みながら、浩は父のでの姿を何度もした。

のない客に無理な商品を勧めなかった。

修理で直るものなら、品を買わせようとしなかった。

「これで分ですよ」

何度その言葉を聞いただろう。

、父は商売がなのだとっていた。

だが、そうではなかったのかもしれない。

自分が困っていたに、名もらない誰かがを差ししてくれた。

その記憶が、父のに残り続けていたのではないか。

さらにページをめると、昭23付がてきた。

そのの記録ので、1か所だけ異様にい文章があった。

普段は数しかかない信夫が、そのはページいっぱいにいている。

は姿勢を正した。

そこには、5で交わした約束について記されていた。

あるたちはくでを乗せたを見た。

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